ニュークリアエアリア7

 この時間帯は通勤や通学の人混みに巻き込まれる。1人の身体は大きな流れに組み入れられ、流体の一部となる。そうあって、肇の身体も意思も脆弱なモノと化し、加害や被害も入り混じった社会の奈落へと突き落とされる。ここでは、電車の中でしがみつき押しつぶされることはあっても、ホームでは立ち止まることは許されない。自由を手に入れようと思っていたのに、その目的や言葉すら失った流体は表情もなく、かつての欲望が形成した終着駅とたどり着く。
 流体に埋もれていた我を救い出し、踵を返そうとする反動を利用して、肇はホームのそれらしい場所に一本の竿をさす。立ち止まることもなく、質的には全く違わないさっきとは違う流れに合流して、またぎゅうぎゅう詰めになった箱の中へと意思と身体を生贄にして、創さんが住む駅へと向かう。親しい人とも触れあうことが躊躇われるのに、毎日のようにこのハードなスキンシップをしなくてはならない日常を、肇は知らないわけではなかった。この呼吸もままならない流体としての身体は、都会から少し離れたところで、加害や被害と無縁になれるはずはない。肇はこの浅い呼吸での生活に慣れてしまっている一方で、流体を拒絶する身体を持て余していた。


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