世界の名ボクサー:ヘンリー・アームストロング①「驚異的タフネスの三冠王」

同時世界三階級王者。伝説の拳豪。アームストロングの生涯、ライバルのベビー・アリスメンディとの四戦目、伝説のバーニー・ロス戦を紹介します。

ヘンリー・アームストロング(アメリカ)
身長166cm:オーソドックス(右構え)

①伝説に対抗した男
ミシシッピ州コロンバス出身のアームストロング。本名「ヘンリー・メロディー・ジャクソン」。生年月日「1912年12月12日」。ニックネームは「Homicide Hank(殺人ハンク)」という物騒なものだが、試合で相手を死なせたという記録は無い。貧しい家庭の生まれ。幼い頃に父母を失い、祖母に育てられたという。他のボクサーとは違い(?)、マジメな性格。学校を卒業し、働きに。しかし、貧しさは変わらない。キューバの名選手キッド・チョコレートの試合ぶりと稼ぎっぷりを見て、ボクサーに。「カネが欲しかった」というのがボクサーになった理由であるがプロモーターから相手にされず、試合自体ができなかった日々も。プロデビューは3RでのKO負け。その後も負けはあったが、カリフォルニア州フェザー級王座を獲得。そして決定戦でベビー・アリスメンディ(メキシコ)を判定で下してカリフォルニア州&メキシコ世界フェザー級王座獲得(1936年)。その後、王座を防衛。ノンタイトル戦で白星を重ねる。しかしながら、当時は世界ヘビー級王者ジョー・ルイスの時代(アームストロングはルイスと一緒にトレーニングしたことがあるそうだ。いつのことかは不明)。「地域バージョン」の世界フェザー級王者にすぎないアームストロングはマイナーな存在。そこで存在をアピールするには「とんでもない偉業」が必要と当時のマネージャーは考えた。その具体的な内容は「同時に三階級を制覇する」というもの。

(注:「カリフォルニア州&メキシコ世界王座」とはどういうものなのだろう? 正直なところ、よくわからない。昔のボクシングは現在と同様、分裂していた。各地域がそれぞれ独自の「世界王者」を認定していたようだ。)

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