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脳梗塞 #5-9 STA-MCAバイパス術


1.バイパス術とは

 バイバス手術とは、血流不足に陥っている領域の脳血管に別領域の血管を吻合すること(=バイバス)で、不足部分の脳血流を増やす手術です。STA-MCA(superficial temporal artery-middle cerebral artery:浅側頭動脈-中大脳動脈)バイパス術が行われることが多く、頭蓋内外の血管を吻合し、頭蓋外から頭蓋内へ新しい血液の流れをつくる手術のことです。

 STA-MCAバイパス術で使用するSTA(浅側頭動脈)は、図のように、耳の前を触れると拍動している動脈です。STAは途中から2本に分岐し、頭皮を広く栄養しています。

外頚動脈の枝

2.適応疾患

 バイバス手術とは、すでに発症した脳梗塞そのものへの治療効果は、残念ながら期待できません。今後、脳虚血を起こす可能性があり、脳梗塞発症を予防するために行います。適応となる疾患は、もやもや病、内頚動脈や中大脳動脈の閉塞症もしくは狭窄症などになります。もやもや病は虚血発症症例が適応になります。脳動脈閉塞症や狭窄症は、SPECTやPETなど脳循環代謝検査により、脳血管領域に脳虚血を認める場合に適応になります。

 手術時期は、発症後慢性期に行うことが多いのですが、まれに急性期に手術を行うこともあります。虚血の程度は患者によりさまざまであり、実際に狭窄や閉塞があっても症状がないかごく軽度の人もいます。可能な限り急性期の手術は避けます。脳梗塞急性期のバイバス手術は、術中の血管一時遮断による脳梗塞の悪化やダメージを受けた脳への再灌流による脳出血のリスクが相対的に高く、手術リスクが大きいため通常は行いません。内科治療を行っていても梗塞巣の拡大やTIAを繰り返している場合には、虚血発作の急性期に手術を行うことがあります。

3.手術の概要 

 通常、抗血小板薬(アスピリン・クロピドグレル・シロスタゾールなど)を内服しています。場合によっては2剤内服(DAPT)している場合もあります。術前は、抗血小板薬は中止せずに手術をすることが多いです。2剤の場合には1剤に減らします。絶食による脱水に注意します。

 手術は全身麻酔下で行います。剝離したSTAを、開頭し側頭筋に開けたトンネルを通して脳表に誘導します。誘導したSTAをMCAの脳表の枝に吻合し、ドップラーやICG蛍光血管撮影によってバイパス血管の開存と確認血流を確認します。

STA-MCAバイパス術

 バイパス術は直接血行再建術ですが、間接血行再建術を行う場合があります。間接血行再建術には、EMS(脳筋血管癒合術)とEDMS(脳硬膜動脈血管癒合術)があります。ENSは、側頭筋の皮弁を脳表に置く術式で、密着した側頭筋から脳に向かって形成される新生血管で脳血流を確保します。EDMSは、浅側頭動脈を脳表に置き、浅側頭動脈の組織を硬膜と縫合する術式で、密着した浅側頭動脈から脳に向かって形成される新生血管で脳血流を確保します。

4.術後看護

創部癒合不全

 手術は頭部の筋肉や皮膚を栄養している浅側頭動脈を用いて頭蓋内の脳動脈に吻合し、バイパスを作成します。頭部の皮膚や筋肉は、浅側頭動脈や後頭動脈などさまざまな血管により栄養されているため、浅側頭動脈を切断しても頭皮や筋肉の血流は通常は間題ありません。しかし、症例によっては術後の頭皮の血行不良により、縫合不全、感染、脱毛、重度の場合は皮膚の壊死などが起こる危険性があります。「創部の皮膚の色調をよく観察する」ことは術後ケアの重要なポイントの1つです。皮膚の色調が暗紫色(チアノーゼ様)であったり、発赤が強かったり、縫合部に乖離があったりした場合は、すぐに担当医に報告します。  

創部癒合不全から骨感染を起こした症例

バイパスの閉塞

 浅側頭動脈は外耳孔のすぐ前で容易に触れることのできる、文字通り皮膚の浅いところを走る動脈です。したがって、術後はこれを閉塞させないよう頭位や体位を工夫する必要があります。術側の頭を下にしない。枕を柔らかいものにする、体位変換時は仰臥位とバイパス側が上になる側臥位で対処するなど。

 バイパス術は、脳梗塞発症予防のための手術ですので、脳虚血の回避が必要です。低血圧や脱水はバイパスの閉塞の原因となるため、術後の水分バランスを適切に保つことが重要になります。水分出納の管理をしっかりとします。また循環血液量を保つために代用血漿であるデキストラン製剤などを使用する場合があります。

過灌流症候群

 過灌流症候群とは、バイパス術後に特有な病態で、術後局所的に血流が増えることによる片麻痺や意識障害、けいれん発作などの神経症状の出現をいいます。バイバス手術では、脳血流の不足の程度に応じ吻合する血管の太さと本数を決定します。そうすることで、バイバス血管による血流増加量をある程度想定することができます。しかし、実際はバイバス手術により血流量のみでなく、血流の方向も変化するため、術後にどの程度脳血流が増加するのかは完全には把握できません。そのため、血流が良くなりすきる(=過灌流)という事態が発生します。

 術後にMRI(ASL)やSPECTで脳梗塞の有無や脳血流を評価します。過灌流症候群を認めた場合、十分な鎮静と厳密な高圧が重要になります。痙攣を合併している場合は、全身麻酔管理とすることも必要になります。血圧管理では頻繁な血圧測定や持続測定を行い、降圧薬をつかいながら、おおよそ100~140mmHgでコントロールをします。過灌流症候群の症状として、典型的な麻痺や意識障害だけでなく、「なんとなく落ち着きがない」「多弁である」「易怒性である」「興奮状態」など不穏症状や、「すぐに眠ってしまう」「ぼんやりしている」などの傾眠傾向などもあります。

 また、過灌流症候群だけではなく、バイパス部の血流低下によるて脳虚血を起こすこともあります。過灌流症候群による症状と区別をつけにくく、その後の対処、治療も異なりますので、注意が必要です。

 過灌流症候群でもけいれん発作が起こることがありますので、術後に抗痙攣薬の投与、痙攣発作時の対応が必要になります。

術後出血

 術前から抗血小板を内服している場合が多く、術後出血に注意が必要です。多くの場合、周術期も継続して抗血小板薬を内服するため、通常の開頭手術以上に術後の硬膜下血腫や硬膜外血腫をきたすリスクが高くなります。ドレナージが急に増えたり、動脈色(動脈血性)になったりした場合はすぐにDrコールが必要です。

EMSによる脳実質の圧迫

 EMSを行った場合、術後しばらくして側頭筋が腫脹し、脳実質を圧迫することがあります。脳への強い圧迫を認めた場合は、開創して骨弁圧迫を除去する再手術を行います。

皮下髄液貯留

 バイパス血管を脳表へ通すため、硬膜を密に縫合できず、皮下に髄液が貯留することがあります。抜糸後も貯留を認める場合には、創部から髄液漏れがないか確認します。皮下に髄液が貯留すると手術創の治癒の遅延や感染のリスクが高まるため注意します。

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