野安の電子遊戯工房 ~映画「若おかみは小学生!」に潜む、"正統なジュブナイル"かつ"大人を号泣させる物語"の二層仕立て~


 ネットの評判につられて観に行きました。映画「若おかみは小学生!」。素晴らしい映画でした、今年のナンバーワンアニメ映画なんじゃないかなと個人的には思います。

 小さな女の子にとって、これはとびきりのファンタジーです。

 原作がベストセラー小説でもありますし、だからネタバレを気にせず書いてしまいますが、冒頭、主人公・オッコの両親は死去します。交通事故で亡くなってしまいます。オッコは旅館を経営する祖母に引き取られ、その旅館で「若おかみ」として活躍するという物語が始まるのです。

 大人をターゲットにした映画なら、ここで主人公の悲しみを描くことでしょう。あるいは、がんばったて悲しみを押さえこんで気丈にふるまう少女、といった描写をするでしょう。つまりは「両親を亡くした、でも健気にふるまう女の子」としての側面に光を当てるでしょう。

 でも「若おかみは小学生!」は違う。

 オッコは泣いたりしない。拗ねたりもしない。自立した一人前の大人としてふるまうのです。そして周囲の大人たちも、主人公・オッコに対し、ちゃんとした大人として対応するのです。旅館を訪れた客も、オッコの未熟さについて怒りこそすれ、子どもだからしょうがないよな、といったエクスキューズをしません。「若おかみ」として対応してくれるのです。

 うむ。これこそ、女の子にとってのファンタジーですよね。

 きちんと大人と同等に扱われる。自立した人間として対応してもらえる。小さな女の子にとって、それは現実世界では望んでも得られないポジションです。そんな主人公の姿を、この映画は淡々と描いていくのですよ。そこが、まずは素晴らしいのです。




 両親がいない。

 というのは、ジュブナイルの基本形でもあります。少年少女を主人公とした童話や昔話では、なぜか両親の存在感がないまま、兄弟だけで暮らしているといった描写があったりします。あるいは継母と暮らしていて、いつも苛められているというパターンも多いです。

 血がつながった親がいない。

 無条件に庇護してくれる存在がない。

 だから、自立した人間として行動しなくてはならない――という立場に主人公を置くことによって、さまざまな冒険に巻き込まれ、それを自力で突破していくという物語展開に説得力を持たせることが可能になるわけです。これは王道中の王道パターンでありまして、近年では「ハリー・ポッター」シリーズが、その典型といっていいでしょう。多くのジブリ映画も同様ですね。

 テレビゲームもそうです。だから「ドラクエ」「ファイナルファンタジー」の主人公たちは、親がいないことが多いのです。親がいないからこそ、若いときから自力で冒険するという物語展開に説得力が生まれるわけですね。

 その応用パターンは「MOTHER」とか「ポケモン」、あるいは「ドラゴンクエスト3」などでしょう。これらは母親の存在感だけがあるというパターン。子供が旅に出ることを「がんばっておいで」といったスタンスで見守るわけですね。

 そうすることで、子供が自分の力だけでがんばる、という物語が始動しやすくするわけですね。――と分析的に書いてしまうと実も蓋もないわけですが、親を不在にするというのはジュブナイルの基本形であり、「若おかみは小学生!」も、その王道パターンに沿っていると分類していいでしょう。




 こうして、主人公が自立していく姿を描く――というだけなら、それは少年少女の双方が共感する物語にすぎません。

 「若おかみは小学生!」が凄いのは、そこから女の子が憧れる物語を畳みかけてくることです。

 自分でがんばって作ったスイーツが、旅館の料理長から「これはお客様に出せるレベルだ」と褒めてもらえたりします。お客様の気晴らしのために付き合ったショッピングセンターで、いろんな洋服を次々に試着できます。自分より小さな男の子に、「もっとこの旅館にいたい」と甘えられたりします。女の子にとって、いつか大人になったらこうなりたい! という姿が、次々に描写されるのです。

 小さな女の子にしてみると、自分よりちょっとお姉さんな主人公が、自分にとっての憧れの行動をとっている――という、これは素晴らしいファンタジー映画になっているのですね。それを淡々と描いていく脚本の素晴らしさに、ただただ拍手を送りたいところです。ジュブナイルとは、こうあるべきだ! という手本のような映画です。




 とはいえ、それだけの映画だったなら、ここまでネットで評判になることはなかったでしょう。

 この映画の白眉は、物語終盤に訪れるシーンにあります。主人公・オッコは、最後の最後で、自分が両親を亡くした可哀そうな女の子である、という現実を避けようのない形で突きつけられます。オッコは、ついに涙を浮かべてしまう。

 だけど、ここからのオッコの言動が素晴らしいんですよ。

 子供向けの映画とはいえ、いま行くと映画館の観客の7~8割は大人たちでしょう。ネットの評判を聞いて訪れた人たちです。この大人たちが、いっせいに泣いちゃうのです。鼻水をすする音が、劇場のあちこちから聞こえてくるでしょう。

  映画館で涙が流れたとき、「泣いてるのを周囲に(あるいは同行者に)知られたら恥ずかしい」という感覚に襲われることもありますが、このシーンは違う。不思議なことに、なぜか「これは泣いていいんだ」と素直に思えるのです。だから、みんな涙をぽろぽろと流してしまうのですね。

 このエピソードが挿入されたことによって、「若おかみは小学生!」は、大人たちの心をわしづかみにして、しかも物語にきっちりと起承転結が訪れることとなり、だからネットで大いにバズることになったといっても過言ではないでしょう。大拍手です。

 このシーンについては、ネタバレに配慮して、詳しくは書きません。物語の結末を知りたい方は、ぜひ映画館に行きましょう。大人だけで行くのは恥ずかしいのでは? という心配は無用です。ぶっちゃけ、この映画、そんな客ばっかりですよ(笑)。


(2018/10/09)

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