ゲームファン的視点からの「安倍マリオ」考

 リオオリンピックの閉会式。東京のプレゼンムービーが素晴らしかったですね。本物のアスリートの中に、アニメやゲームのキャラを混ぜながら登場させつつ、虚構と現実が入り混じることによって発生してしまう違和感は、めまぐるしいカット割によって吹き飛ばしていくという、映像編集の芸を堪能させていただきました。

 とりわけ、映像のラストで、一国の首相にマリオのコスプレをさせて土管から出現させるというオチは素晴らしかったです。これ、きっと世界を驚嘆させたことでしょう。

【NHKリオ】2020へ期待高まる!トーキョーショーhttps://www.youtube.com/watch?v=sk6uU8gb8PA

 このムービーを、ロンドンオリンピック開会式の「エリザベス女王+007」の演出の二番煎じだね――と評する人もいるかもしれませんが、いやいや、これは骨格部を再利用した、いわば本歌取りだと評価すべきですよ。

 というのも、ロンドンオリンピックの「エリザベス女王+007」は、世界を驚かせた素晴らしい演出でしたが、同時に「イギリス人が陥りやすい罠」にハマっていて、いくつかの欠点があったからです。その点、今回の東京のプレゼンムービーは、それらの失敗を克服し、きちんと本家作品よりも高クォリティーに仕上げてきました。ならば、これは本歌取りに大成功している! と、高く評価すべきだと思うのです。


●「エリザベス女王+007」の欠点とは

 「エリザベス女王+007」のムービーを知らない方のために、ひととおり説明しておきます。

 これはオリンピック開幕式の途中に流れたムービー。まずはエリザベス女王が、映画の主人公である007(を演じるダニエル・クレイグ)にエスコートされ、ヘリで開会式会場へ向かうシーンが描かれます。そしてヘリが会場の上空に達したクライマックスで、女王自らがヘリからジャンプ! スカイダイビングで地上に降りていく姿が描かれました。そしてムービーが終わると、実際の開会式の現場では、いままさにヘリから飛び降りた(というムービーが流れたばかりの)エリザベス女王が貴賓席に登場しました。なんとも洒落た演出といえましょう。

 では、野暮は招致で、この演出が「どうして洒落ているのか」を故・林家三平よろしく説明してみます。

 第一に「007は架空のキャラじゃん」ってところが面白いわけです。わたしたちは、架空のキャラが、本物のエリザベス女王をエスコートするのかよ! と心の中でツッコミを入れながら観ることになるからです。そして映画内の007は、英国を守る任務の中で何度となくスカイダイビングをしているわけですが、このムービーの中では、それを女王陛下自らやってしまいます。女王がダイブするのかよ! とんでもないオチだな! と、またまた心の中でツッコミを入れながら観ることになるわけで、そこもまた面白い。そしてなにより、そんなムービーに、伝統と格式を重んじる英国王室が協力し、高齢のエリザベス女王(当時で86歳!)が全面協力しているわけですから、これまたよく考えると抜群に面白いのです。なんとも洒落た演出といえましょう。

 でも、よく考えてみてください。

 これ、007映画を知らない人には、まったく伝わらない「お洒落さ」ですよね。007映画を知らない人にしてみれば、よくわからないオジサンが女王陛下とともにヘリに乗り、そして女王陛下が飛び降りただけの話です。オチの意味が、まったくわからないんです。


●知らない人を楽しませる配慮

 一方、東京のプレゼンムービーは、それらの欠点を、きちんと潰してました。

 「スーパーマリオブラザーズ」の世界では、土管はワープのための出入り口です。だからマリオ(に変身した安倍首相)が東京の土管に入り、リオの土管から出てくるというストーリーにするだけで、なにひとつ問題はないんです。

 だけど、このムービーは、そこにひと手間を加えてきました。渋谷のスクランブル交差点の上に設置した土管から、わさわざドリルで穴を掘り、地球の反対側のリオまで穴を通したシーンを、ちゃんと描いているのです。こうすることで、ゲームを知らない人であっても「地球の両端にある土管は繋がっているから、東京から入ればリオから出てきても不思議じゃない」と感じるように作ってあるのです。

 だからこそ、マリオとドラえもんは共演することになったのだと、わたしは思いますよ。本来「スーパーマリオブラザーズ」の土管には、ドリルのような機能なんかありません。だから、今回の東京とリオを繋ぐ土管はドラえもんのひみつ道具だ、という設定にしたわけですね。そうすることで、ストーリー上の整合性をとったのです。

 ドラえもんもマリオも、他のキャラ(ハローキティ、パックマン、キャプテン翼、そして石川五右衛門)のように、ムービー内に単独で出演するだけなら、もっとムービー制作は楽だったでしょう。これほどの人気キャラを同一シーンで競演させるなんて、その調整のための気苦労を考えるだけで、気が遠くなりそうです。しかも完璧にかん口令を敷く必要もありますから、間を取り持った人たち、何人か胃に穴が空いたと思います。

 でも、そんな気苦労をしてでも、ちゃんと「ゲームを知らない人にも、理解してもらう」ための配慮を、きちんと行き届かせたわけですよ。このムービーの凄さは、そういった配慮が行き届いていることにあるのだと、わたしは思います。


●COOL JAPANとは「おもてなし」である

 大袈裟にいうならば、これこそが「COOL JAPAN」の神髄なんです。

 日本のコンテンツ産業で、もっもと世界進出に成功しているのはゲーム産業です。どうしてゲームは海外進出に成功できたかというと、「取扱説明書は読んでもらえない」ことを前提に作られるコンテンツであることが大きいでしょう。「取扱説明書を読まないと楽しめない」ようなゲームを作ってしまうのは、ゲームクリエイターとしては穴に入りたいほどの恥である――といった矜持とともに、ゲームは作られています。

 これは文章が読めないような小さい子供でも楽しめるようにするためでもありますし、もともと日本のゲーム文化はゲームセンターから始まったこともあり、そこには取扱説明書なんかないわけで、100円玉を投入したらすぐに楽しめるゲームでなければ生き残れなかったという制約のもとにゲームを作り始めた歴史があることに起因するのですが、この「取扱説明書なんか読まなくても、ちゃんと楽しめるようにする」というノウハウが、違う言語の国に進出するときに、きわめて効果的だったんですね。

 そのためには、ユーザーが疑問に思いそうなところを先回りして予測し、疑問を抱かせないよう配慮するという膨大な労力が必要になるわけですが、こうすることで、言葉が通じなくても、相手を心地よくさせることに成功したのです。これって、いわば「お・も・て・な・し」の精神と言い換えてもいいでしょう。じつは、この精神こそが、日本製コンテンツが、世界で愛されCOOL JAPANと呼ばれていることの正体なんじゃないかな、とわたしは思っています。

 前述の「エリザベス女王+007」に足りなかったのは、その部分なんですよね。世界中の人ががんばって英語をマスターしているおかげで、イギリス人は、母国語を喋るだけで世界中の人と意思疎通ができてしまいます。このため「自分たちがわかっていることは、世界中の人もわかっている」と錯覚することがあって、「英語が通じない人たちに、どのように楽しませればいいのかの配慮を忘れる」という罠に、ときおりハマってしまうのです。まあ、ときおり、そういう罠にハマるところが、イギリス人の可愛いところでもあるわけですが。


●足りなかったのは首相の演技力

 東京のプレゼンムービーには、おもてなしの精神が、ちゃんと貫かれていました。だからこそ「安倍マリオ」は、世界中の人を驚嘆させ、評価されたのでしょう。

 なにしろ、このムービーは、ゲームをまったく知らない人であっても、急いでリオに駆けつけなければならなかった日本の首相が、ドリルで穴を掘って通路を作り、一気に東京からリオまでやってきた――というストーリーを理解できるように作られています。取扱説明書なんか読まなくても、誰もが楽しめるように配慮されているテレビゲームのように、細部まで配慮が行き届いたムービーになっていて、そこが素晴らしいなぁ、とわたしは思うのです。

 だから、このムービー、わたしは100点満点で99点の得点をつけたいと思います。1点減点したのは、途中で「I will not make it to Rio in time(意訳→これじゃ、リオに間に合わない)」という字幕が表示されたからです。

 ほんとは、これじゃリオに間に合わない、と焦っていることを、安倍さんが演技力だけで表現できれば完璧でした。とはいえ安倍さんは俳優じゃないので、そんな演技力はありません。だから字幕を出さざるをえなかったのでしょう。英語が読めない人は、あのシーンで、ちょっとだけ混乱したかもしれません。

 だから、あの字幕を表示するかどうかで、ものすごーく話し合いがあったんじゃないかなぁ、と想像します。そして「本当は表示したくなかったけど、安倍さんの演技力では急いでいることが伝えきれない」という苦渋の決断ともに表示することにしたと予想している次第です。さて、真相はいかに?


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