野安の電子遊戯工房 ~「アンデッドガール・マーダーファルス」(青崎有吾)が素晴らしい~


 小説家・青崎有吾さんの才能は、「アンデッドガール・マーダーファルス」によって、ついに世間に発見されることになりそうですね。

 かなり前から、青崎有吾さんは推理小説ファン(ミステリファン)には知られた名前でした。多作タイプではありませんが、1作ごとのクォリティーが高く、高評価を受けていたのです。デビュー時に出版社サイドが付けたキャッチコピーが「平成のエラリー・クィーン」なのですから、その才能は、業界筋からも高く評価されておりました。

 推理小説に格別の興味を持っていない世間一般の方々は、エラリー・クィーンという名前を聞いても、あまりピンと来ないかもしれません。アガサ・クリスティと並ぶ、推理小説界の2大巨人のひとりです。シャーロックホームズを生み出したコナン・ドイルを王将とするならば、クィーンとクリスティが飛車角ですね。

 これほどの巨人なのに世間一般の知名度が低いのは、クリスティの著作がいまなお頻繁に映画化されているのに対し、クィーンの著作はほとんど映画化されないからでしょう。クィーン自身、その才能を買われてハリウッドで働いていた時代があったのですが、そこで不遇な時代を過ごしたらしく、自身の著作の映画化に積極的ではなかったことがその要因だ――などと噂されたりもしますが、本当かどうかは知りません。ただの都市伝説かもしれません。

 ハッタリ感満載の大事件が起きることが少なく(ゼロではないんだけどね。『エジプト十字架』とか)、ふつうの殺人事件を緻密な推理で解き明かしていくところに醍醐味があるタイプの作品が主体であるため、もともと映画化されにくいという面もあったでしょう。

 とはいえ、「探偵が、緻密な推理によって事件が解きほぐしていく」という展開が丁寧で、これぞ推理小説! という読書体験を与えてくれる作家であり、推理小説黄金期を支えたひとりなのです。そんな作家名をつけたキャッチコピーで彩られた青崎有吾さんが、どれほどの高く評価されているのか、おわかりいただけるかと思います。




 当初は、デビュー作『体育館の殺人』から始まるシリーズが、いずれ映像化されることになるのかな――と期待しておりました。

 とはいえ年に何冊も書くような作家ではなく、テレビドラマ化されたりするまでには時間がかかるかなぁ――とも思ってました。最近になり、デビュー作『体育館の殺人』から始まったシリーズが、短編集も含めると、ようやく8つほど事件が用意さたのて、ワンクールのドラマ化はぎりぎり可能かもしれません。

 学園を舞台にした物語なので、ジャニーズの若手あたりを売り出すようなドラマ枠でなら実現できるような気がするんですよね。誰かやってくれないかな。期待したいところです。

 ただし、本家エラリー・クイーンと同じように、映像化が難しい小説でもあるのも事実。基本的に地味なんです。たとえば、傘立てに置いてあった1本の傘から、怒涛の論理展開によって事件の姿が明らかになっていく――といったあたりに最大の魅力があるんだけど、これって活字で読むときはワクワクするような楽しさがあるものの、映像化しても、たぶん感動的にならないのでしょう。

 なので、優れた小説を書く才人ではあるんだけど、それらが映像化され、世間に名が知られるようになるには時間がかかるのかもしれないなぁ、と思っていたところなのです。




 ところが。

 講談社タイガというブランドで書かれた新シリーズ「アンデッドガール・マーダーファルス」が、一気に風穴を開けることになりそうです。

 これが抜群に面白いんですよ。小説して発売されるのと同時進行のようにコミカライズが決まり、いまではアニメ化も決定したという噂を聞いておりますが、それも当然だよな、と納得するしかない面白さです。

 舞台は19世紀のヨーロッパ。

 つまり、そこにはホームズがいて、怪盗ルパンがいて、名探偵ポワロがいるという世界です。それだけでなく、吸血鬼もいて、フランケンシュタインのような人造人間もいて、人狼も生き残っている世界でもあります。これらの古典推理小説の有名人たち、そして古典大衆小説の怪物たちが総登場する物語でありまして、いわば『大乱闘! 古典推理小説&大衆小説スマッシュブラザーズ』とでも形容できる作品なのです。

 ふつう、ここまで大量のキャラを登場させると、物語の収集がつかなくなりそうなのですが、青崎有吾さん、これほどの「なんでもあり」な世界の中で、ガチガチの本格推理小説を展開してみせるのですよ。怪異の王であり、不死である吸血鬼が殺害される事件が発生! そのトリックは何か? といった謎が、怪物が存在する世界だからこその論理展開によって推理され、解き明かされていくのです。これが凄い。

 世の中には、気づいたら主人公が異世界にいた、といった小説が多々ありますが、それらの「現実とは違うルールに支配される世界での冒険物語」というフォーマットに本格推理小説の旗手が挑むと、こんなにも凄いものになるのか! と驚かされるばかりです。

 シリーズは、まだ2冊しか刊行されていませんが、今後シリーズを重ねるうちに、その知名度を世間一般に広げていくことになるでしょう。

 

  


 個人的には、こういった優れた才能には、ぜひともゲーム界も声をかけてほしいなぁ、と思っております。もう声をかけているところ、あるのかなぁ?

 推理小説は、はるか昔には「ゲーム小説」などと揶揄されることもあったジャンルでもあり、そもそもテレビゲームとの相性がいいんです。どちらも「固定されたルールのもとに展開する」という物語になるからですね。

 推理小説のファンとして、そしてゲームに関わってきた者として、ぜひとも、その優れた才能を活かしたゲームが、いつの日か作られることを祈るばかりです。

(2018/10/04)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?