野安の電子遊戯工房 ~「ゼルダの伝説BOTW」が仕掛けた、成功者バイアスの無効化(後編)~


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「ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド」は不思議なゲームです。

 なにしろ、序盤から、プレイヤーは広大な世界に放り出されます。何をしても自由。これぞオープンワールド! というゲームになっています。

 とすれば本来、これはゲームに慣れている人向けのゲームデザインです。面倒くさいチュートリアルがなく、思うままに行動できるという自由度の高さは、ゲームに慣れている人にとっては心地いいもの。旅慣れた人ならば、海外で見知らぬ街に迷い込んてしまっても、これもいい経験さ、と楽しめちゃうようなものですね。

 その一方、旅慣れていない人が海外で見知らぬ街に迷い込むと途方に暮れてしまうように、ゲームに慣れていない人は、この手のゲームが苦手です。ゲームスタート直後から「なにをすればいいのか、わからない」と戸惑い、そのまま投げ出してしまう人も少なくないでしょう。

 それを避けるためには、ゲーム序盤での懇切丁寧な説明が必要不可欠。を「ゼルダ」シリーズも、前作「スカイウォードソード」までは、ボタンを押すと何かが起きますよ、スティックを倒すと移動できますよ、といった初歩の初歩から操作方法から始めて、ゲームの基本アクションをひととおりマスターするまでを導くためのパートが、ゲーム序盤にたっぷりと用意されていました。

 そのパートが、ゲームに慣れている人にとっては「めんどうくさい」と感じさせるものであることは承知の上で、大衆向けゲームでの最低限の義務のようなものなのだから不可欠だと判断され、そこには必ず用意されることになるのです。




 しかし、「ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド」では、その手順が、ばっさりと切り落とされています。

 冒頭から、プレイヤーは、いきなり広大な世界の中に放り出されます。任天堂の看板シリーズの最新作として、全世界のあるゆる人を楽しませる義務を負っているゲームで、初心者向けのチュートリアルは完全に消し去られています。

 ゲームに慣れていない人を切り捨てて、マニアだけにターゲットを絞ったのでしょうか?

 いえ。どうやら違うようです。

 というのも、ゲームに慣れていない人が、いざ「ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド」をプレイすると、不思議なことが起きるのです。なぜか投げ出さないんです。チュートリアルのパートがないのに、「なにをすればいいか、わからない」と戸惑うことなく、上級者向けのゲームデザインを苦にすることなくゲームを楽しむという現象が、そこでは発生します。

 どうして、こんな現象が起きるのでしょう?

 ネット上にある「ゲーム話プレイしてみた」という動画の中から、あまりゲームに慣れていない人の作品を選んで見ていったのですが、しばらくすると、その理由が、おぼろげながら見えてきました。

 うまく言葉にして説明するのは難しいのですが、異論があることを承知であえて言葉にすると、それはマジック(手品)における「フォーシング」というテクニックにも似た手法が用いられているからだ――と説明できるかもしれません。




 「フォーシング」というテクニックについて、説明しましょう。

 これは、客側が自由に選択しているように感じているのに、じつはマジシャンが誘導した通りの選択をさせられている、というテクニックです。

 マジシャンが2枚のカードをテーブルに置き、客に向かって「では、一方を選択してくたさい」と問いかけます。客が選んだのが、もともと取らせたいカードだった場合は、「では、あなたが選ばなかったカードは脇にどけてしまいましょうか~」と話を繋げます。もし逆を選んだら、「では、そのカードは脇にどけてください。さて、残されたのは、まだ誰も触れていないこちらのカードで~」と話を繋げるのです。こうすれば、必ず狙ったカードをテーブルに残すことができます。これが、もっとも初歩的なフォーシングです。

 種も仕掛けもないフォーシングも存在します。52枚のトランプを扇状に広げながら、「お好きなカードを1枚、引いてください」と客に促します。客は自分の意志で一枚のカードを引くのですが、腕のいいマジシャンは、ここで狙った通りのカードを引かせることが可能です。手を伸ばしてきたときの呼吸に合わるかのように、取らせたいカードを扇の中央に持ってくることにより、客の指先を無意識のうちに誘導してしまうのです。より正しく言うと、観客の中から誘導しやすいタイプの人を見抜き、その人にカードを選ばせることにより、ほぼ100%の確率で狙ったカードを引かせるのです。

 本当にそんなことできるの? と半信半疑の方もいらっしゃるでしょうが、これは優れたマジシャンは指先が器用なだけでなく、話術も巧みだからこその芸当です。「マジシャンが喋っている間はカードを引くのを躊躇する」という心理を利用して、狙ったカードが出てくる少し手前で会話を止め、客がカードを引きたくなるタイミングを意図的に作り出し、そのタイミングで狙ったカードを中央に持ってきて、フォーシングを成功させてしまうのですね。

 ときどき、客が予期せぬ反応をして、マジシャンが取らせたいカードを避けてしまうこともありますが、それでもだいじょうぶ。そのときは、どのカードを引かれても成立するようなプランBの手品に切り替えます。当初予定していたものよりもインパクトは薄くなるかもしれませんが、きっちりと客を驚かせるだけのクォリティーのプランBを、優れたマジシャンは用意しているのですね。

 こうして、客は自分の意志で行動したと確信しているのに、じつはマジシャンの思い通りの行動をとらされている、という状況になるのです。これが、フォーシングというテクニックの凄いところです。




 「ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド」は、これに似たテクニックを使い、プレイヤーを巧みに誘導します。

 このゲーム、あまりにも広大な世界のどこに立っていても、そこから見える光景の中に、いくつかの「なんか気になるもの」が目に飛び込んでくるように、マップの地形が設計されています。

 朽ちた建造物だったり、そびえ立つ山だったり、巨大な塔だったり、不思議な色に光る祠だったりと、大きさも形も多種多様ではあるけれど、なんか「気になる」ものが、そこかしこにあるのです。そして、そちらに向かって移動していくと、その道中でまた新しい「気になるもの」が見えてきて、ああ、いつかこっちにも行ってみようかな――と、行きたいところが次々に心の中に生まれ続ける、という構造になっているんですね。そのように感じるよう、マップの地形そのものがデザインされています。

 プレイヤーにしてみると、気になるものが見えたから、自発的にそちらに向かっているだけなのですが、それは製作者が想定していた行動です。52枚のカードの中から自由な1枚を選んでいると確信しているのに、じつはマジシャンに誘導されているようなものなのです。

 一方、プレイヤーは、つねに自発的に行動し続けているのですから、「何をすればいいか、わからない」という状況に陥ることはありません。このため、ゲームに慣れていない人が、ゲームを投げ出しにくい構造になっている、というカラクリなのですね。




 このカラクリを活用するため、「ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド」のゲーム冒頭からは、チュートリアル要素が消えました。

 そのかわり、ゲームの最序盤では、プレイヤー「何か気になるもの」をみつけさせ、そちらに進んでいくといいことがあるよ! というご褒美を込めたシナリオが、畳みかけるように用意されます。

 冒頭から順を追って列挙すると、まずゼルダ姫の声に導かれて目的地まで行くと巨大な塔が出現します。その塔の上から周囲を見回すうちに、プレイヤーは自発的に祠を発見します。その祠に行くとアイテムが手に入り、4つのアイテムをコンプリートすると、次の目的地として朽ち果てた建造物が指示されます。そして、その建造物に行くとパラセールが手に入る――といった具合に、「気になるもの」のところに行くと「いいことがある」というパターンを執拗に繰り返します。なお、ここまでで塔、祠、建造物といったものが「なんか気になるもの」であり、「行くと、いいことがあるもの」としてプレイヤーの心に刷り込まれていることにご注目ください。

 そして、ゲーム序盤の始まりの台地でのイベントが終わり、広大すぎる世界を自由に動き回れるようになるタイミングでは、「双子山の先に行くといい」といったセリフが、ハイラル王から発せられます。これがフォーシングのトドメです。じつは、この「双子山」こそが、このゲームにおける最大のパワーワード。マジシャンの巧みな話術です。

 プレイしていない方のために説明すると、これは「変な形をした山」に過ぎないのですが、ここを目印に進め! と指示され、いざ双子山を突破すると、そこに初めての集落が用意されているんですね。

 この瞬間、ただの山であっても、ちょっと「気になる形をしたもの」であれば、そこを目指していくと、いいことがある――という、このゲームを楽しむための最後のポイントが、この瞬間、プレイヤーの心の中に植え付けられます。

 操作方法を教えるためのバートがないかわりに、塔、祠、建造物に加え、さらには変な地形をみつけると、ついついそっちに行きたくなる癖を、知らず知らずのうちにプレイヤーの心にしみ込ませるよう組み立てられたシナリオが、ゲーム序盤に組み込まれているのですね。

 これで、マジシャンの下準備は完了です。もう、プレイヤーは自発的に「気になるもの」を見つけては、そちらに移動するという行動を繰り返すことになり、一見すると上級者向けのゲームを、誰もが投げ出すことなく楽しめるようになるのですね。




 だからこそ、世界の各地に「塔」が用意されているのでしょう。

 よくよく考えてみると、マップを入手するためのキーポイントが、わざわざ高いところにある必要なんてありません。地面に置いてあったとしても、ゲームのシナリオ上、まったく問題ないんです。

 なのに、わざわざ塔を用意しているのは、それが遠くからでも視認できる「なんか気になるもの」としての機能を持つと同時に、見晴らしのいい塔の上にプレイヤーを登らせることにより、「その周囲にある、なんか気になるものを自発的に発見させる」という役目があるからです。変な地形を発見させるためにこそ、塔は存在していると言い換えてもいいでしょう。

 馬も同様です。通常、ゲーム内で馬に乗るとき、その進行方向はプレイヤーが操作するのが一般的ですが、「ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド」では、馬は道なりに走ってくれます。プレイヤーは進行方向を操作する必要がなく、ゆえに乗馬してるいと、ふと周囲を見回すことが可能になっています。すると、また「気になるもの」が目に飛び込んできて、そこに行きたくなるという仕掛けなのですね。

 ちょっとした山の頂上まで行くと、最低限、そこにはコログ(妖精みたいなもの)がいて、ささやかなアイテムがもらえるのも、同じ理由からです。プレイヤーは、気になる地形があると、そこに行きたくなるという心理に陥っています。だから、ちょっとした「変な地形」を見つけ、訪れたプレイヤーに「ここに来たのは無駄じゃなかった」と感じてもらうため、そこにはコログが配置されているのです。コログは、そのために存在するのですね。




 と、このゲームのカラクリを説明してみましたが、いかがでしょう。

 これはオープンワールドのゲームです。360度、どちらの方向に進むことも可能です。プレイヤーは、すべて自分の意志で行動しているように感じながら世界を駆け巡ります。

 しかし、どの方向に、どんなルートで進んでいこうとも、「何か気になるものが見える→そちらに進むと、また新しく気になるものが見えてくる」の連鎖が発生するように計算されてて、わたしたちは、次々に見えてくる「気になるもの」を目指して移動し続けているだけなんですよ。マジシャンのフォーシングのように、じつは巧みに誘導されているんです。

 これによって、「何をすればいいか、わからない」という、ゲーム初心者が陥りがちな戸惑いを消し去り、一見すると上級者向けとしか思えないゲームを、じつは誰でも楽しめるように仕上げられている、というカラクリになっているのですね。

 こんなゲームデザイン、ちょっと見たことありません。

 だからこそ、熱心なゲームファンのみならず、幅広い層を夢中にさせることに成功し、全世界的な高評価を受けたのだと、わたしは思います。このゲーム、一見するとよくあるオープンワールドのように見えるのですが、じつはとてつもなく革新的なことをやっているんですよ。これは、今後のテレビゲームの基本フォーマットのひとつになるんじゃないかなぁ。




 とはいえ、「ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド」で採用された、フォーシングにも似た仕組みは、たぶん元ネタがあるんですけどね。オープンワールドという言葉に惑わされることなく、ゲームの構造だけを抜き出してみると、似たようなモチベーションを発生させる作品は、過去にもあるように思います。

 ただ、そちらを説明するには、そもそもオープンワールドとは何か? それはどう定義されるのか? といったところから解説していかないといけないし、長くなりすぎるので今回はパスします。

 いずれ機会をあらためて、書いてみようと思います。というわけで、今回は、こんなところで終了いたします。長文にお付き合いいただき、お疲れさまでした。

(2018/07/31)

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野安ゆきお

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