野安の電子遊戯工房 ~テレビゲームの魅力のひとつは「前置きが存在しない」ことにある~


 わたし、前置きが長い小説が苦手です。

 昨今だと、ある日、主人公はいきなり異世界に飛ばされた――といった小説がたくさんありまして、「なろう系」といった言葉で分類されておりますが、わたし、こういった小説が好きなんです。前置きなんかなく、いきなり物語が動いてくれるのって、読んでいて楽ですから,ね。

 不思議なのは、こういう書かれ方をした小説に対して、20~30年前までの文芸評論家たちは、眉をひそめていたことです。


「どうして、いきなり異世界に行ってしまうのだ?」
「まずは、きちんと現実世界の描写をしておくべきだろう」
「そして、それから異世界に飛んでしまったという順序で描くべきだ」
「それでこそ、現実と異世界の対比が出せるじゃないか」


 ――といったクレームをつける人が、けっこういたんですよ。正直、なにを言っているのか、わたしには理解できませんでした。

 だって、「なろう系」の小説って、つまりはカフカの「変身」みたいなものじゃないですか。主人公・ザムザは、目覚めたら虫になっていた。前置きなんかないまま、こうして1行目から一気に物語が動き出すほうが、読みやすくていいと思うんですよね。




 一回、そういった評論家の人たちの言葉を信じて、ちゃんと現実の学校生活を描き、しばらくしてから異世界に飛んでいくタイプの小説を読んでみたことがありました。

 そしたら、ぜんぜん楽しめなかったんですよ。

 というのも、わたしは帰国子女でありまして、日本での平均的な学校生活を体験したことがないのです。だから、その小説に書かれている現実の学校生活の描写が、まるでピンと来ないのですよ。わたしにとって、その学園生活の描写のほうがリアリティが感じられないのです。学校生活こそが、わたしにとっては異世界なんですね。

 これだったら、やはり最初からファンタジー世界に飛んでくれたほうがいいや――と、以降のわたしは、それらの文芸評論家の言うことを信じなくなりました。

 それらの評論家の方々が眉をひそめようとも、いまでは「いきなり異世界にいる」という始まり方をする小説が山ほど書かれるようになりました。まり、こっちのほうが、より多くの人を楽しませるという意味において正しい技法だった、ということなのでしょう。




 このように、「いきなり異世界にいる」という物語の始まり方が増えたのは、きっとテレビゲームの影響が大きいのでしょう。

 テレビゲームってのは、いきなり異世界にいる主人公になる、といったところから始まる娯楽ですからね。プレイヤーは、「どうして自分が配管工になり、ピーチ姫を救うためにキノコ王国を旅しなくちゃならないのか?」なんてことを疑問に思ったりしないのです。

 「変身」において、目が覚めたらザムザが虫になっていたように、テレビゲームにおいては、電源を入れたらプレイヤーはマリオになっているのです。そういうものだよ――と、すべての設定を受け入れるところから始まる娯楽だ、ということですね。

 このような娯楽が普及し、多くの人が慣れ親しんだ結果、それが小説にも影響を与え、「なろう系」の小説がたくさん生まれることになったのだということに、疑問の余地はないように思います。




 このような「いきなり異世界にいる」という、まったく前置きを準備しない娯楽だからこそ、テレビゲームは全世界に普及したのだと考えることも可能でしょう。

 帰国子女であるわたしは、現実の学校生活を描写した小説に、リアリティを感じることができませんでした。いきなり異世界を描いてくれたほうが、いっそ楽しめたんです。

 とすると、たぶん世界中の人々にとって、誰もが共通して楽しめる最大公約数的な物語というのは、そういった「いきなり異世界を描いた物語」になるんだと思うんですよ。文化的なバックボーンが違う人々であっても、いきなり異世界を舞台にしてスタートする物語ならば、等しく楽しめることになるからですね。

 テクノロジーの進化により、テレビゲームがどんどん進化しているにもかかわらず、「いきなり異世界での冒険が始まる」というフォーマットを守り続けているのは、そのためなのでしょう。

 とすると、全世界を楽しませるゲームを作るための条件は、特定の文化的バックボーンの影響から離れ、どの国の人々にとっても「ここは異世界だ」と感じられる世界を作れるかどうか? にかかっているのかもしれませんね。

 その成功例が「ゼルダ」であり「マリオ」であり、海外産のゲームとしては「マインクラフト」などが挙げられるのかもしれないなぁ――なんてことわ、つらつらと考えている昨今です。

 というわけで、今回の話には、とくにオチはありません。書きっぱなしのコラムでありました。でわでわ。

(2018/07/22)

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