見出し画像

絵で読む『源氏物語』これはどんな場面?〜源氏物語絵色紙帖 若紫

ヒロイン登場

『サザエさん』のように、登場人物の年齢がずっと変わらない作品もありますが、『源氏物語』は年代記、私たち読者は、源氏の君が生まれる前――お母さんの桐壺更衣が宮中で意地悪されているところから、ずっと彼の成長を追いかけています。そこにもう一人、成長が楽しみな、愛らしい少女が登場!

 源氏の君18歳の春、瘧病わらわやみ(マラリアの一種かといわれている)にかかってしまった源氏の君は、治療のため北山にいる聖のもとを訪れます。短期間、そこに滞在しますが、宮中で育った源氏の君にとっては初の遠出、ちょっと開放感。山の上から眺めていると、小柴垣をきちんとめぐらした由緒ありげな僧坊に、美しい女性や女童たちが出入りしています。源氏の君もよく知ってる僧都の坊でしたが、僧都が女性と暮らしている?そりゃ、確かめたくなりますよね。

 ――――――
 源氏の君は、一日がとても長いので、することがなく退屈で、夕暮れに、霞がたちこめているのにまぎれて、さっき見つけた小柴垣のあたりにお出かけになった。お供の人たちはお帰しになって、惟光朝臣とのぞいたところ、ちょうどこちらに向いている西面に、持仏を据えて経を読んでいるのは尼であった。簾をすこし上げて、花をお供えしているようだ。
 中の柱に寄りかかって座って、脇息の上に経を置いて、ひどく気分がすぐれない様子で読経している尼君は、並の身分ではない人のようである。四十歳を超えたぐらいで、とても色白で気品があり身体は痩せているけれど、顔つきはふくよかで、目もとの様子、愛らしく切りそろえている髪の毛も、かえって長いよりもこの上なく今風だ、と感じ入っておられる。

 美しく清楚な女房が二人ぐらい、そして、女の童たちが出たり入ったりして遊ぶ。その中に、十歳ぐらいだろうかと見えて、白い衣に山吹色のやわらかい上着を着て、走ってきた女の子は、おおぜいいる子どもたちとは較べようもなく、美しく成長する姿が自然に浮かんでくるような、とてもかわいらしい顔かたちである。髪は扇を広げたようにゆらゆらして、顔はこすったあとが赤くなって、立っている。
 「どうしたの。ほかの子たちとけんかしたの」といって、尼君が見上げた顔に、すこし似ているところがあるので、尼君の子どものようだとご覧になる。「雀の子を、犬君が逃がしちゃったの。伏籠の中に閉じ込めておいたのに」ととても悔しがっている。近くに座っていた女房が、「いつものうっかり者が、そんなことをして怒られるのはほんとうに困ったものね。雀の子はどこに行ってしまったのかしら。ようやくなついてかわいくなったのに。からすに見つかったら大変だわ」といって立ち上がって行く。髪はたっぷりあってとても長く、好い感じにみえる。少納言の乳母とまわりの人が呼んでいるようなのは、きっとこの子の後見人にちがいない。 

 日もいと長きにつれづれなれば、夕暮れのいたう霞みたるにまぎれて、かの小柴垣のもとに立ち出でたまふ。人々は帰したまひて、惟光朝臣とのぞきたまへば、ただこの西面にしも、持仏すゑたてまつりて行ふ尼なりけり。簾すこし上げて、花奉るめり。
 中の柱に寄りゐて、脇息の上に経を置きて、いとなやましげに読みゐたる尼君、ただ人と見えず。四十余ばかりにて、いと白うあてに痩せたれど、つらつきふくらかに、まみのほど、髪のうつくしげにそがれたる末も、なかなか長きよりもこよなういまめかしきものかな、とあはれに見たまふ。

 きよげなる大人二人ばかり、さては童べぞ出で入り遊ぶ。中に、十ばかりやあらむと見えて、白き衣、山吹などの萎えたる着て走り来たる女子、あまた見えつる子どもに似るべうもあらず、いみじく生ひ先見えてうつくしげなる容貌なり。髪は扇をひろげたるやうにゆらゆらとして、顔はいと赤くすりなして立てり。
 「何ごとぞや。童べと腹立ちたまへるか」とて、尼君の見上げたるに、すこしおぼえたるところあれば、子なめりと見たまふ。「雀の子を犬君が逃がしつる。伏籠の中に籠めたりつるものを」とて、いと口惜しと思へり。このゐたる大人、「例の心なしの、かかるわざをしてさいなまるるこそいと心づきなけれ。いづ方へかまかりぬる、いとをかしうやうやうなりつるものを。烏などもこそ見つくれ」とて立ちて行く。髪ゆるるかにいと長く、めやすき人なめり。少納言の乳母とぞ言ふめるは、この子の後見なるべし。

『源氏物語』若紫巻 原文は小学館新編古典文学全集による。

垣間見かいまみ

源氏の君はすごく熱心にのぞいていますね。この絵では、若紫が山吹色の着物を着ていないので、二人の女の子のうち、どちらが若紫なのかわかりませんが、源氏の君の熱い視線は、オレンジ色の着物の女の子の方にむいているような気がします。いかがでしょう。

源氏の君は「この上なく恋い焦がれているあの人に、とてもよく似ていらっしゃるから、自然と見つめてしまうのだ(さるは、限りなう心を尽くしきこゆる人に、いとよう似たてまつれるがまもらるるなりけり)」と、この時、気づきます。あの人とは、父帝のお后、藤壺の宮のことですよ。

その後、源氏の君がいろいろ探ったところ、尼君は若紫の祖母であることがわかります。夫の大納言の死後、尼君の娘と兵部卿宮との間に女の子が生まれます。兵部卿宮と藤壺の宮は兄妹、つまり、若紫と藤壺の宮は姪と叔母の関係でした。だから似ていたのです。

▲は故人。兵部卿宮と藤壺は、先の帝の子どもです

若紫を手に入れたい

尼君は病気がちで、若紫のことをとても心配していました。源氏の君は、自分が、若紫のお世話をしたいと申し出ますが、のぞき見(垣間見)されていたことを知らない、尼君や女房たちは、若紫ちゃんはまだ子どもで、恋愛の対象にはならないのに、だれかほかの人と勘違いしているのではないかしらと、困惑します。

一方、源氏の君に言われて、京から戻ってきた尼君たちの家を探っている、惟光の朝臣は、北山でいっしょにのぞき見して、若紫ちゃんを見ていますから、どうして源氏の君は、あんなに小さい子どもに執心するのかと、こちらも不思議に思っています。

藤壺の宮への恋心はトップ・シークレットですからね。

自分の邸に連れ去ったのには理由がある

尼君が亡くなって、事態は切迫します。父の兵部卿宮が自分の邸に若紫を引き取ることに決めたからです。以前から、兵部卿宮はその意向でしたが、尼君や女房たちは反対していました。

若紫の母は、兵部卿宮の北の方からひどい嫌がらせをうけ、体調を崩して死んでしまっていたからです。

お坊ちゃまで脳天気な(失礼)兵部卿宮は、妻も若紫を迎えるのを楽しみにしていると言いますが、邸には北の方が産んだ娘もいるのに、どう考えても、継子いじめがはじまる危険が大きい。

少納言の乳母をはじめ、女房たちが、実の父の兵部卿宮ではなく、源氏の君の味方になったのは、そういう理由からだと思います。

兵部卿宮が迎えに来る約束の日の前夜、源氏の君は、若紫を二条院(源氏の君の邸)に密かに移します。翌日、女房たちは、兵部卿宮が聞いても、若紫の行方を教えませんでした。

詞 青蓮院尊純
釈文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?