助監督道②

■第一章 『恐怖の大先輩』

正直言うと私は今までの人生で
(ヲタクということもあり)
有名ドラマはほとんど見てこなかった

また、ここだけの話
自分よりも芸歴の長い伊藤沙莉大先輩が出ている
ドラマを見たことがなかった

伊藤沙莉さんとは
2017朝ドラ『ひよっこ』米屋の娘/安部米子役で初めて出会った

…だからこの時、正直、舐めていたとしか思えない

現場に入って、初見でとんでもない娘だと思った
まず、声がやたら低い。思わず二度見した。
あと、すごく怖い。ツッコミが鋭すぎる。
アレを食らって嬉しそうな三男(主人公みね子の友達)はドMか

あと、お芝居。上手すぎて何も言えない。群を抜いていた。
とんでもない娘がいたものだ…としみじみ思った記憶がある

ただ、本人的にはそんな意識はないと思うが、何か距離を感じた
やべぇ何を話していいかわからないタイプのアレだ…
こういう『芸能人』はコミュ障助監督には荷が重い(理由は①参照)
怖いけど、ダンチですげぇ人だ…

次に出会ったのは『いいね!光源氏くん』のヒロイン役であった
怖い人の再来だった
実はビビっていた

『ひよっこ』は規模が大きい
朝ドラだったので助監督は10人程度いたから
たぶん覚えてないだろう…

衣装合わせで久しぶりに再会
…覚えてくれていた
めっちゃ良い人だった(単純)

■第二章 『役者は変態的』

ドラマや映画の撮影は、幾つものカットの積み重ねである
キャストに何度も同じお芝居をして貰い
たくさんのカメラアングルからお芝居を切り取っていく作業である

こんなシーンがあるとする

①Aが走っている
②Bが追いかけて、Aを右手で捕まえる
③Aが抵抗する
④BがAにキスをする

こんなシーンがあるとすれば、シーン自体を最初から最後まで
3回くらい繰り返して、別アングルで撮影する

この時

①Aが走っている
②Bが追いかけて、Aを左手で捕まえる

④BがAにキスをする

こんな感じで、別アングル撮影の際に③を忘れるとNGになる
もっと厳密にいうと②の時に右手と左手を間違えるのもNGである

前のカットを撮った時と少しでも違う動きをされると
編集で前後が繋がらなくなり、せっかく撮ったカットが使えなくなる

あと、①のカットはもう十分撮れたから
②の後半、捕まえるところからスタートします
という事がよくある

その直前の動きを覚えてないと途中からやることは難しい
だから、役者は自分の動きを大体覚えている

これはセリフの場合でも同じことが言える
超長いセリフのシーンがあっても、途中からやってもらうのである

記憶力の低い自分からしたら
こんなことを当たり前にこなす『役者』は変態的だとしか思えない

■第三章 『伊藤沙莉は超変態的』

さて、本題に戻そう
我らが伊藤沙莉大先輩のお芝居を見てみよう

沙織が部屋のベットで起きて
部屋のドアの方に歩く短い1カットがあった
カメラワークの問題で何度かリテイクになった

カットがかかり彼女がスタート地点に戻る時
彼女は寸分の違いなしに、計ったように
ベットの同じ場所に潜り込み

もう一度撮影がスタートすると
全く同じカメラフレームに入ってきた

只でさえ布団の位置が乱れ
印もつけてないのに
まるでツバメが巣に戻るみたいに定位置に戻った

これを何度も繰り返した
ゾクッとした

こういうのは本当に些細なことであるが
当たり前のようにやる事は本当に難しいと思う

こんなことを撮影中、何度も経験した
声を大にして言いたい、並みの役者では絶対に出来ない
(←言い過ぎ失礼)

おそらく、変態的ではない
『超変態的』である

■第四章 『笑顔の力』

今回の撮影はスケジュールが超タイトで
スタッフ&キャストが超頑張って、なんとか撮影を終える毎日であった
チーフ助監督の自分は、現場のスケジュールキーパーでもあるので
毎日、神経をすり減らしていた

伊藤沙莉大先輩は、常にどんな状況でも『笑顔』だった

そして周りに『笑顔』をうつす

いつも誰かとじゃれ合っていた
千葉さんや桐山さんとじゃれ合って笑い
入山さんや郁恵さんとじゃれ合って笑い
スタッフとじゃれ合って笑い
この現場を笑いで満たしていた

そして『笑い上戸』である
本番前に千葉さんとじゃれ合いすぎて何らかの笑いのスイッチが入って
笑いが止まらくなりNGを出し、現場が止まることがあった
(密告すみません…!)

あともう一回笑ってNGを出したら怒ろうと何度か思った…笑
幸い、そんなことにはならなかったので、もはや時効である

現場は生き物、和気あいあいだけでは成立しないものである
みんなプロなのでスタッフ同士で衝突しピリピリすることもある…

現場で笑うことって実は難しい

明るい現場か暗い現場かピリピリした現場か
どんな現場を作るかは、現場を回す役割の助監督の力が大きい
(と勝手に思っている)

しかし、今回の自分は常に時計と睨めっこで難しい顔をしていたと思う
そんな自分が、テストや本番になると笑ってしまう
コミュ障助監督を笑わすなんて、末恐ろしい娘ですこと

気づいたら彼女は、いつの間にか笑顔で『現場』を作っていた

すごい力である

■最終章 『芸能人と商品と伊藤沙莉』

ドラマなんかは毎回スタッフが40人以上関わる
しかも毎現場、違うスタッフに変わるので覚えられない

自分も一現場が終わったらスタッフの名前をすっきり忘れる
たまに前回の作品の監督の名前を忘れるまである…

だから、彼女も、きっと『ひよっこ』の現場では皮を被っていたのだろう
(と勝手に思っている)


めっちゃ長くなったので、まとめると
前回の『芸能人』=『商品』理論を思い出すと

伊藤沙莉大先輩は『商品』の定義を飛び越えてきた
彼女は、スタッフと一緒に『現場』を作ってくれた
こんな役者はなかなかない
というより、初めてである

もはや、コミュ障助監督は何も怖くない

ヒロインが笑顔で超変態的な人で本当に良かったと心から言いたい


…NHKよるドラ『いいね!光源氏くん』の現場は
こんな風にして出来上がった作品である

キャスト・スタッフ・音楽・宣伝・CGなどなどが
笑顔で繋がり合った結果の産物である
これが面白くないわけがない

ということで、
皆さま、本当にご視聴ありがとうございました!

また会える日を楽しみにしています!!



追伸:今回の記事は伊藤沙莉さん中心に書くつもりだったので
意図的に千葉さんや桐山さんや入山さん達の事は触れずに書きました
彼らも同じように現場を作れるすげぇ人達で仲間です
そこんとこ、よろしく!

ホントに差し上げられるものは少ないかもしれませんが サポート頂けたら、尚、一層、精進いたします。 ぜひ、サポートよろしくお願いします!