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【清水和夫】 モビリティビジネス革命 <アカデミア講義レポート>

六本木ミッドタウンのほど近くに位置するメルセデスのフラッグシップショップ、“Mercedes me”。ここにはメルセデスベンツの最新モデルがディスプレイされている他、カジュアルなカフェ、レストランが併設され、平日夜もたくさんの人で賑わう。オートディーラーとは思えない都会の社交場のような空間だ。

ここに立ち寄る全ての人が、メルセデスブランドの洗練された世界観を体感できる。

今回のアカデミア講義「モビリティビジネス革命」は、メルセデス共催で、ここMercedes meで行われた。

アカデミア受講生の中心が都会に住む比較的若手のビジネスマンと想定すると、クルマを保有している、あるいはこれから購入を考えているという人は多くないかもしれない。

そんなアカデミア受講生に向けて、モノの製造・販売モデルから新たな業態への転換を求められている自動車業界の「今」について、オートジャーナリスト清水和夫氏が解説した。

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<登壇者プロフィール>
清水和夫(しみず・かずお)/国際自動車ジャーナリスト1972年のラリーデビュー以来、国内外の耐久レースに参加する一方、国際自動車ジャーナリストとして活動。自動車の運動理論・安全技術・環境技術などを中心に多方面のメディアで執筆し、TV番組やシンポジウムでの多数の出演経験を持つ。

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今回の講義に参加するに当たり、個人的に興味があったポイントは三つある。

1.欧州メーカーにより政治的に仕組まれたEV化にどう対抗するか?
2.自動運転は近い将来、本当に実用化されるのか?
3.ザ・大企業、日本の自動車会社は変わることができるのか?

どれも正解があるようで無い、とらえどころのない問いかもしれない。

これらについて清水氏がどんな解説していたのかという点を中心にレポートする。(*1)


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1.欧州メーカーにより政治的に仕組まれたEV化にどう対抗するか?

この1年、自動車の電動化に関するニュースが相次いだ。

英国、ノルウェー、フランス、オランダ、インド、中国、カリフォルニア州などの国・自治体が、今後数十年以内にガソリン車への依存を止めるという目標を発表した。

これにより、ガソリンエンジン、ハイブリッド技術に強みを持つ日本メーカーは、競争優位が保てなくなる可能性がある。

並行して、GMやVolvo、BMWといった海外勢の自動車メーカーはEVの販売計画を次々と明らかにした。トヨタやホンダなどの日系メーカーもそれに追随する形で、EV開発に本腰を入れはじめた。

これ程まで急激にEV化が進む背景には、単に、環境問題への関心の高まりというよりは、2015年9月に発覚したフォルクスワーゲンの米国での排ガス不正が関係していると見る向きが多い。

清水氏によると、ドイツではアウトバーンの老朽化が進み、あちこちで道路工事による渋滞が頻発。始終、空が曇っているという。そんな大気汚染の現状を目の当たりにした市民は、これまで環境に良いとされてきたディーゼル車から遠のいていく下地があった。

排ガス不正が発覚し、経営危機に立たされた時のフォルクスワーゲンと、同様のエンジン技術を備えていた欧州勢は本当にしたたかだった。産業界と政府が手を携えて、グローバルレベルでのゲームチェンジを図ったのだ。

では日本メーカーはもう敗北シナリオにはまってしまったのか。

この点について、清水氏はさほど悲観していない。EVのバッテリー性能はまだまだ課題があり、ガソリン、ハイブリッド技術で勝てる市場がまだまだあるという。

排ガス規制に関しては、アメリカはNOXに厳しく、欧州はCO2に厳しい。そんな中、日本はCO2、NOX双方についてそれなりに厳しいものであり、その基準に対して日本メーカーが、海外のメーカーに対して競争優位に立てるだけの技術力を備えているという。

報道を見ていると作られたEVトレンドに踊らされてしまいそうだが、清水氏は冷静に技術とマーケット、政治のダイナミズムを見極めている。

次回機会があれば、ゲームチェンジを図る欧州勢に対抗するための国際戦略について、ぜひ清水氏に伺いたい。

個人的には、自動運転分野でのアメリカと連携したルールメイキングが、今後の日本の自動車産業の国際戦略上のカギとなるのではないかと考えている。


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2.自動運転は近い将来、本当に実用化されるのか?

この1年、自動運転関連のニュースも多かった。

日本でも、政府・自治体と民間が連携して、公道での実証実験があちこちで行われた。

DeNAやSBドライブなど、自動車会社以外のプレーヤーの存在感が増したことも特徴的だった。

自動運転が実用化されるまでステップを整理すると、①技術開発、②社会受容、③法整備 の三段階を経ることになる。

この3段階のうち、現在は①の技術開発のステージで各社実証実験を繰り返してきた。

技術的な課題としては、自動運転レベル3(*2)において、どのように自動運転からドライバー運転へ切り替えをスムーズに行うか、まだ上手いやり方が出来ていないという問題があるが、とはいえある程度、開発の目途がたってきた状況だと清水氏は評価している。

問題となるのは、②社会受容、③法整備の部分だ。

それを考える上で議論になるのが「トロッコ問題」だ。自動運転を考える上で極めて難しい難題だが、すべての人が納得する答えがないために、メディアでもほとんど議論されることがないと清水氏は解説する。

トロッコ問題とは、線路を走るトロッコが制御不能で止まれなくなり、そのまま走ると線路の先の5人の作業員を轢いてしまうが、線路の分岐点で進路を変えると、その先の1人の作業員を轢いてしまうとき、進路を変えることが正しいか否か、といった思考実験だ。

これを自動運転自動車に応用すると、たとえば、道路が突然陥没し、ブレーキをかけても間に合わず、直進すれば穴に落ちて搭乗者が死んでしまうというときに、方向転換すれば助かるが、その先にいる5人の小学生を轢いてしまうという場合、自動車の人工知能はどちらを選択すべきか、という問題になる。(*3)

まさに究極の選択。どれだけ議論を尽くしてもすべての人が正しいと感じる答えには到達できない問いだ。

しかし、自動運転の実用化のためには、この問いかけに対する社会合意に基づく技術の実装、法整備が必要となる。

Audiは、自動運転レベル3を搭載したA8最新モデルを2017年から2018年にかけて、法整備が済んだ国から順次発売していく方針だ。

ここでの想定は、運転責任は「システム」となる前提だ。つまり、自動走行中の事故は運転者ではなく、システム=メーカーがとるというのだ。

ドイツはこの方針の制度化を決めており、自動運転の実用化に向け、法整備の面でも先手を打っている。

「システム責任」。これはメーカーが責任を取ってくれるという我々にとって都合の良いポリシーにも思える。反面、命の重みづけが、運転者の手を離れて、少数のメーカーやポリシーメーカーに委ねられるということでもある。

これが我々消費者が待ち望む未来なのだろうか。

清水氏の解説を聞き、この点についてメディアはもっと議論すべきだし、消費者としても見守っていく必要があると感じた。

更には、国際的なルールメイキングの場で、この分野で日本が先手を打つ意味も大いにあるだろう。

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3.ザ・大企業、日本の自動車会社は変わることができるのか?

激変するモビリティの環境の中で、自動車会社はまさに変革を求められている。しかし、その当事者たちは、本気で取り組んでいるのだろうか。

清水氏によると、メーカートップの危機意識は相当なものだという。しかし、問題はその下の組織だ。俊敏に動けるチームになっていないという。

トヨタはプリウスの成功体験が組織に根強く残っており、プリウス愛が強い。そのため過去の成功体験を捨てられずにいる社員も多いという。

サプライヤーに目を転じても同様だ。日本の自動車サプライヤーは系列を重んじ、メーカーとの関係性が自社の強みとなっている。この構造においては、自社の判断で変革に舵を切ることが難しい。

清水氏によると、EV化が進むことにより部品点数が少なくなるため、サプライヤーの再編は避けて通れない。Tier1、2のサプライヤーが横連携することにより、今後更なる強みを見出すことが必要だ。そのような動きは、官僚が後押しすらしているという。

日本の自動車会社は、雇用を創出する社会の公器としての役割も担う。自動車会社が即座に変わることができないのは、その公器たる役割が大きいかもしれない。

その役割を全うしつつ、時間をかけて、少しずつ次のモデルに向けシフトしていく。

ドラマチックではないにせよ、自動車会社は今まさに、緩やかな再編に取り組んでいる最中なのかもしれない。


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「人はなぜ移動するのか」。清水氏は講義の最後でそう問いかけた。

人と会いたい。体験をシェアしたい。そういう人間の根源的欲求が、本来、移動の目的であるはずだ。

現代社会では人と人が出会うPLAZAのようなコミュニティが欠けていると言われる。結局のところモビリティは、人と人がFace to Faceで対面し何かを共有する、そのための手段にすぎない。

モビリティビジネス革命を考えるためには、テクノロジーの進展だけでなく、そういった人間の根源的要求に立ち返る必要がある。

清水氏の目線は、移動の本質を冷静にとらえた上で、テクノロジーの落としどころを探っているようだった。

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*1:本記事は2017年12月6日(水)にメルセデス・ベンツ日本の共催で行われたNewsPicksアカデミア講義のレポート。ただし内容は、講義の中で筆者が解釈した内容であり、必ずしも清水氏の発言そのものではない。

*2:自動運転レベル3:高速道路など限定された環境での条件付き自動運転。システムからの運転操作切り替えにドライバーは応じる必要がある。
<参考:SAEインターナショナルにおける自動化レベル案>

*3:出典「完全自動運転自動車とトロッコ問題について」花水木法律事務所2015年11月02日 BLOGOS


執筆:Akiko Yamaguchi/NewsPicksアカデミア アンバサダーhttps://newspicks.com/user/1583791

#NewsPicksアカデミア #清水和夫 #モビリティ #自動車業界 #EV #自動運転

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