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自分を持ち出すことからチームになる

相内です!今日はWAKUTOKIのビジョンを決めるべくオンラインでミーティングを開催しました。なんと20:00~24:00まで4時間もかかりました。

この間、ずっとビジョンについて話し合っていたわけではありません。大多数の時間は、あるWAKUTOKIのメンバーがどんな人生を歩んで来たか、これからどんな日々を過ごして行きたいと思っているかについてのシェアでした。

他のメンバーは、じっと耳を澄まして聴き入っている時もあれば、湧いて来た疑問に対して素直に問いを投げかける時もありました。

誰も話さず、無言の時間が流れる時間もありました。沈黙に耐えきれなくなってふざける時間もありました。

そしてまた、ぽつぽつと話しが始まったかと思えば、堰を切ったように会話が止まらない時間もありました。

これらは一見すると、ムダな時間に思えるかもしれません。でも、この時間があったことで、メンバーそれぞれの想いの輪郭が、よりハッキリと縁取られたように感じました。

最後のほうになって、メンバーのひとりが「仲良くなったら自分のことを開示することはあるけれど、こんなに短時間でここまで自分のことを持ち出すことになるとは思っていなかった」と素直な気持ちを吐露してくれました。

その通りだと思います。でも、逆があってもいいと思うんです。自分のことを持ち出し続けるから、仲良くなれるという順番でも。

話しは変わりますが『愛するということ』という、エーリッヒ・フロムが書いた本があります。英題は『THE ART OF LOVING』

この本を初めて読んだ時、ぼくは大きな衝撃を受けました。それまでのぼくは誰かに愛されるからこそ、ぼくもその人を愛せると思っていたからです。そんなぼくに対して、フロムはこう説きます。

愛するということは、なんの保証もないのに行動を起こすことであり、こちらが愛せばきっと相手の心にも愛が生まれるだろうという希望に、全面的に自分をゆだねることである。愛とは信念の行為であり、わずかな信念しか持っていない人は、わずかしか愛することができない。

妻の実家に帰省していた年末に、みんなが寝静まったリビングで、ひとり身動きも取れずこの本を読み耽って以来、ぼくの『愛』に対するスタンスはガラリと変わりました。まず自分から人を愛すこと、しかも愛される保証もなしにそれをやることが、いかに重要か分かったからです。

今晩のミーティングは、誰からそう言い始めたわけでもなく、どんな話しを持ち出したとしても、このメンバーと共に歩もうという決意が充満していました。

経験の違い、知識の違い、思想の違い、背景の違い、性別の違い、年の違い

違いは至るところにあります。それを理由に排除することはとても簡単です。でもそういう方向には力が働かず、違いを包括する、あるいは統合するために時間が流れていたような感じがしました。そうした空気を作ったのは、メンバーの誠実なシェアでした。シェアの力は、本当に偉大です。

お互いのことをあまりよく知らないメンバーと一緒に団体を作って行くのは、正直、楽ではありません。でも、こうして「そのままの自分」を持ち出し、お互いの存在を感じあいながら歩を進めて行ければ、きっと、大丈夫じゃないかな。

そんな風に思えた、心地よい秋の晩でした。

ぼくたちは人の前進を後押しするためのワークショップをたくさん展開していきたいと思っています。そうした場を一緒につくりたい!と思ってくださる方がいたら、ぜひご連絡ください。

相内 洋輔(個人のブログはこちら http://workshop-design44.com/ )

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