アントニオ・ロウレイロ『リーヴリ』 公開ライナーノーツ① 文:高橋健太郎

ブラジル最注目のシンガーソングライター/マルチ奏者、アントニオ・ロウレイロが、2018年10月に6年ぶりとなるスタジオ録音作『リーヴリ』をNRTより発表しました。
本稿は公開ライナーノーツと題し、CD・LPの購入特典であることが常の解説文をリリースしていく試みです。
ロウレイロの音楽を日本で初めて紹介し、ブレイクのきっかけを作った音楽評論家・高橋健太郎氏に、最初の評をお願いしました。

『リーヴリ』公開ライナーノーツ① 文:高橋健太郎
『リーヴリ』公開ライナーノーツ② 文:原雅明 


これまでにないスピードとエネルギーを持ったアントニオ・ロウレイロの音楽。
新しい生命の誕生に始まり、「愛」と「自由」を希求する曲で終わる新作『リーブリ』
文・高橋健太郎(音楽評論家)


時代を変える「ドラマーによるシンガー/ソングライター作品」群
 最近ふと気がついたのは、基本はドラマーであるミュージシャンの音楽を聴く、あるいはそれについて書く機会が急に多くなっているということだ。いや、ジャズの世界では歴史的名盤とされるドラマーのリーダー・アルバムは数え切れないほどある。だが、僕が子供の頃から聴いてきたポップ・ミュージックの世界では、ドラマーはどちらというと作曲や歌唱から遠い存在と見られてきた。ビートルズのリンゴ・スターやローリング・ストーンズのチャーリー・ワッツが象徴的なアイコンだったからかもしれない。

 ところが、昨今はドラマーから出発しながら、シンガーとして、ソングライターとして魅力を放つアーティストが増えてきた。今年の夏から秋にかけては、そういうアーティストが立て続けに渾身のアルバムを放った感がある。ライナー・ノーツを執筆したルイス・コールの7年振りのソロ・アルバム『TIME』はこの夏、僕が最もよく聴いたアルバムだった。日本ではmabanuaの6年振りのソロ・アルバム『Blurred』が素晴らしかった。そして、今、僕が手にしているのはアントニオ・ロウレイロの6年振りのソロ・アルバム『Livre』だ。このタイミングの揃い方は偶然なのだろうか。

 僕がアントニオ・ロウレイロに出会ったのは2010年。ミナスの音楽大学の卒業時に彼が制作した最初のアルバム『Antonio Loureiro』をインターネット上で見つけた時だった。今聴いても何ひとつ色褪せることのない傑作だ。当時は彼がドラム/パーカッションを本職とすることは知らなかったのだが、考えてみると、それは時代が変わりつつあることを象徴するアルバムだったのかもしれない。

 アントニオ・ロウレイロは1986年4月5日生まれ。ブラジルのサンパウロ州サンパウロ出身だが、1歳から6歳まではアメリカで育っている。母親の影響で幼少の頃からピアノを弾くようになり、大学はミナス州のミナス・ジェライス連邦大学に進み、鍵盤打楽器を専攻した。そこで彼はハファエル・マルチニ、クリストフ・シルヴァ、アレシャンドリ・アンドレス、ジョアナ・ケイロスといった盟友に出会う。トニーニョ・オルタ、ヘナート・モタ&パトリシア・ロバートといった先輩格のミュージシャンとも親交を持った。さらには大学で講義を行っていたアンドレ・メマーリと出会い、大きな影響を受けることになる。

 僕が『Antonio Loureiro』を2010年のベスト・アルバムに選んだのを目にしたレコード・ショップがそのCDを推すようになり、本国ブラジルよりも先にアントニオ・ロウレイロは日本で人気を集めて行った。2012年のセカンド・アルバム『』は日本のNRTレーベルがリリース。2013年には来日して、日本のミュージシャンとともにライヴを行って、『In Tokyo』というライヴ・アルバムも残すことになった。その間にロウレイロはミナスのベロオリゾンテからサンパウロに居を移している。

※2013年の東京公演より。左からアントニオ・ロウレイロ(v, pf)、佐藤芳明(accordion)、鈴木正人(b)、芳垣安洋(ds)。写真:三田村亮


 2014年にヴァイオリン奏者のヒカルド・ヘルスとのデュオ・アルバムを、2016年にはアンドレ・メマーリとのデュオ・アルバムを発表し、インストゥルメタル作品は残してきたアントニオ・ロウレイロだが、本格的なソロ・アルバムは2012年の『Só』からこの『Livre』まで6年のブランクを要している。その間、彼の周辺で起こった最も大きな出来事は、カート・ローゼンウィンケルのグループへの参加だろう。

カート・ローゼンウィンケルとの邂逅
 ロウレイロ本人からモントルー・ジャズ・フェスティヴァルに行くという話を聞いたのは2015年の来日時だった。友人のギタリスト、ペドロ・マルチンスがモントルーのギタリスト・コンペティションを勝ち抜いたので、彼のグループのドラマーとして行くことになったと語っていた。ペドロ・マルチンスは1993年生まれ、ブラジリア出身の若いギタリスト。フレデリコ・エリオドロのベースとアントニオ・ロウレイロのドラムスを加えたマルチンスのトリオは2015年のモントルーに赴き、彼らはそこでカート・ローゼンウィンケルに出会う。そして、ローゼンウィンケルのアルバムでマルチンスが共同プロデューサーに抜擢され、エリオドロとロウレイロもそこに参加することになる。

 そんなブラジル勢とのコラボレーションから生まれたカート・ローゼンウィンケルのアルバム『Caipi』は2017年初頭に発表された。リリースに合わせたワールド・ツアーはマルチンス、エリオドロ、ロウレイロにドイツの鍵盤奏者、オリヴィア・トルンマーとニューヨークのドラマー、ビル・キャンベルを加えた編成で、2017年4月には来日して、ブルーノート東京で公演した。

 ブルーノートの楽屋にロウレイロを訪ねた時、次のソロ・アルバムは?と訊いたら、まだ何も作っていないという答えだったから、『Livre』はツアー終了後にレコーディングを始めたのだろう。だが、ローゼンウィンケルとの仕事を経て、ロウレイロの中ではもうアイデアが沸騰していたのではないだろうか。これまでにないスピードとエネルギーを持ったアントニオ・ロウレイロの音楽が詰め込まれた『Livre』はそう思わせる。

 2010年のデビュー作は数多くのゲストを迎え、ロウレイロ自身はソングライター/プロデューサー的な立ち位置で作り上げたアルバムだった。それゆえライヴで演奏するのは困難な曲が多く、その反省から2012年の『Só』の曲はピアノを弾きながらステージで歌うことを意識して作られたようだ。では、この『Livre』はというと、まずロウレイロが一人で多重録音しているパートが非常に多い。フレデリコ・エリオドロと二人だけで演奏している曲が3曲。残る6曲にはペドロ・マルチンス、ヒカルド・ヘルス、カート・ローゼンウィンケル、アンドレ・メマーリと顔なじみのゲストが参加しているが、いずれも編成はコンパクトだ。サウンドはこれまでになくエレクトリック・ギターが重要な役割を果たしている。共同プロデューサーのト・ブランジレオーネもサンパウロのギタリスト/シンガー・ソングライターだ。

 冒頭の「MEU FILHO NASCEU!」は直訳すると「僕の息子が生まれたよ」。息子が誕生した日に一気に書き上げた曲だという。ラストのタイトル曲「Livre」は『In Tokyo』にも収録されていた曲。新しい生命の誕生に始まり、「愛」と「自由」を希求する曲で終わるのが、このアルバムなのだ。5曲目の「Caipira」はカート・ローゼンウィンケルをフィーチュアしたギター・インストゥルメンタル。過去のロウレイロの作品からは考えられないサウンドでもある。

 9曲目の「Mad Men」にはルイス・コールとともにノウワーで活動するジェネヴィエーヴ・アルタディが参加し、ロウレイロと二人だけで作り上げた曲になっている。ロウレイロはノウワーの大ファンだそうで、これまでになくシンセサイザーを多用するようになったのも、ノウワーの影響がありそうに思われる。ルイス・コールのアルバムと同じように、ドラミングのビート感から作り上げられている曲が多そうなのも『Livre』の特長と言っていい。ロック的なスピード感やヘヴィネスを感じさせる本作でのロウレイロのドラミングは、ブラジル音楽あるいはミナス音楽の伝統からは少し距離を置く方向に踏み出したようにも感じられる。

 数学的とも言いたくなるような変拍子やハイスピードのリフを使った曲が多い点では、ロウレイロの音楽はティグラン・ハマシアンの音楽をしばしば連想させる。ハマシアンを通じて、ロウレイロはアメリカのトゥール、スウェーデンのメシュガーのようなエクスペリメンタルなメタル・バンドにも興味を持つようになったともいう。最新のインタヴューではハマシアンと会った時に、ともにプログレッシヴ・ロックからの影響を受けていることを確認したと語っていて、イエスとジェネシスの名前を挙げてもいた。

 思えば、後期のジェネシスはドラマーのフィル・コリンズが中心となり、彼がヴォーカルを取るようになっていた。ドラマーから出発しながら、シンガーとして、ソングライターとして成功したロック・アーティストの筆頭に挙げられるのがフィル・コリンズと言ってもいいかもしれない。アンドレ・メマーリと作り上げた7曲目の「AGORA PRA SEMPRE」などは言われてみれば、プログレッシヴ・ロックそのものようにも響く。こんなブラジル音楽を耳にするとは10年前には思いも寄らなかった。だが、アントニオ・ロウレイロはまだまだ到達し得ぬ未開の地平をめざしているに違いない。そんなことを確信させるのが、この『Livre』というアルバムだ。(高橋健太郎)

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アントニオ・ロウレイロ『リーヴリ』アルバム詳細:
http://www.nrt.jp/antonio_loureiro/release_information_66.htmlhttp://www.nrt.jp/antonio_loureiro/release_information_66.html

『リーヴリ』公開ライナーノーツ① 文:高橋健太郎
『リーヴリ』公開ライナーノーツ② 文:原雅明

#アントニオロウレイロ #NRT #公開ライナーノーツ

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