アントニオ・ロウレイロ『リーヴリ』 公開ライナーノーツ② 文:原雅明

ブラジル最注目のシンガーソングライター/マルチ奏者、アントニオ・ロウレイロが、2018年10月に6年ぶりとなるスタジオ録音作『リーヴリ』をNRTより発表しました。
本稿では、CD・LPの購入特典であることが常の解説文を「公開ライナーノーツ」と題して試験的にリリースしていく試みです。第二弾の原稿を音楽ジャーナリストの原雅明氏にお願いしました。

『リーヴリ』公開ライナーノーツ① 文:高橋健太郎
『リーヴリ』公開ライナーノーツ② 文:原雅明


これからの音楽についての、さまざまなヒントが詰まっている作品。
躍動感を増したアルバム『Livre』
文:原雅明

 アントニオ・ロウレイロはこんなにも躍動感のある音楽を作る人だったのか、というのが『Livre』を聴いた、まず最初の感想だった。これまでのアルバムはどちらかと言えば、静的なイメージがあったからだ。静的とはいっても、終始そのままというわけではなくて、曲の展開という意味では動的な要素は随所にあった。例えば、僕は『』のアルバム・タイトル曲が特に気に入っているのだけど、この曲はピアノからゆっくりと静かにスタートして、やがてドラムとベース、それにハファエル・マルチニのアコーディオンが入ってくると、テンポも上がり始め、軽快なアンサンブルに変化する。だが、なるほどこういう情感の楽曲なのかと耳が納得し始めたところで、いきなりフェードアウトしたかと思うとアコーディオンは逆回転の再生に変わり、それはまるで電子音の飛び道具の如く機能し、それがトリガーとなってピアノ、ドラム、ベースの演奏がリスタートすると、今度は雰囲気が一変し、ヴィブラフォンも加えたクールなアンサンブルが始まる。ピアノもドラムもヴィブラフォンもロウレイロの多重録音による演奏だ。ピアノは抑制的にミニマルなフレーズを刻み、対してヴィブラフォンとドラムは徐々に熱量を帯びてくるが、ギリギリのところでアンサンブルを成立させ、曲の終盤では何事もなかったかのようにアコーディオンの演奏は正常に戻っていて、冒頭の展開へと帰っていく。


※2ndアルバム『』タイトル曲

 このロウレイロが描く曲の展開図がまず面白い。これを忠実に譜面で再現し、適切なミュージシャンを配して演奏することもできるのかもしれないが、それは彼が描こうとしたものとは別の行為なのだ。だからこそ、『Só』は単に演奏が優れているだけではなく、音楽的にとても興味深いところに到達した作品だった。ゲスト・ミュージシャンを招きながらも、ロウレイロが多くの楽器を自ら演奏し、歌も唄い、多重録音で作り上げた音源が元になっている。1986年にサンパウロで生まれ、フォークロアからコンテンポラリーなジャズやエレクトロニック・ミュージックまで多様な音楽を吸収してきた青年(『Só』リリース時は26歳だった)がこれを作り上げた意味を、ここでは少し改めて考えてみたい。

「ミュージシャンのプロデューサー化」
制作環境の変化と、個のクリエイティヴィティに向かうミュージシャンたち

 例えば、レニー・トリスターノやビル・エヴァンス、あるいはキース・ジャレットやパット・メセニー、ジョー・ザヴィヌルといったジャズ・ミュージシャンが、他者との演奏ではなく、自らの演奏を多重録音することに力を注いだのは、ジャズの世界では異端なことと長らく見なされてきた。そこには、ジャズを特徴付ける魅力であるインプロヴィゼーションもインタープレイも介在しないと思われたからだ。テープ録音が当たり前で、それを切り貼りして編集していた時代の話であるが、現在のようにパーソナルな環境でデジタルの録音と編集が容易に可能な時代になって、ようやくジャズ・バンドの一発録りの美学と、多重録音のマジックは全く相容れないものでもなくなって来たと感じられる。
 トータスのようなポスト・ロックと呼ばれたバンドが登場して、時に演奏や録音以上に、録音後のポスト・プロダクションに価値を見いだしてアルバムを作ることが尊重されるような時代になったのは90年代半ば頃のことだった。その当時、ベッドルームで一人で作られるエレクトロニック・ミュージックやヒップホップのビートは、最小限のメロディとリズムという構成要素と、音楽の外縁に追いやられていた残響やノイズも使って、充分に感情を揺さぶるサウンドを作り出せることを示したが、ポスト・ロックはバンドから作られる音楽でも同等の可能性を示してみせた。ちょうど、ロウレイロがティーンエイジャーになろうかという時代だ。デジタル機材の低価格化と普及があっという間に広まり、ベッドルームでの制作は、ラップトップを使ったプロデューサーだけではなく、ミュージシャンにも開かれたものとなっていった。
 そして、次に起こったのは、ミュージシャンのプロデューサー化だ。演奏行為だけではなく、サウンド全体を見て、音の質感や響きはもとより、リズムのちょっとしたズレやもたりにも拘り、作曲自体も譜面だけではなくDAWソフトを併用する。そんなことが当たり前の光景になっているのが2018年現在の状況だが、それによってどんなことが起きているのだろうか。
「ミュージシャンが高い録音スタジオに入らなくても、自分たちの部屋で制作出来るようになった。そして、それを好きにリリース出来るようにもなった。それでミュージシャンたちはまたパワーを持ち出したと思う」
 来日公演で日本でもファンを増やしているロサンゼルスのトリオ、ムーンチャイルドのヴォーカリストでサックス奏者のアンバー・ナヴランが、僕のインタビューで答えた、現在のミュージシャンを巡る状況の活性化の理由はとても明解だった。メンバー間でそれぞれが作ったデータを交換し合い、アイディアを練り、曲を作っていく。そのプロセス自体が作曲行為でもあるという。かつて、カセットMTRやサンプラーの登場は、非ミュージシャンがクリエーターになる可能性を意図せず生み出したのだが、現在のデジタル環境の発展はミュージシャンを個のクリエイティヴィティに向かわせている。というよりも、ミュージシャンが個に拘り始めたからこそ、テクノロジーの発展を促したというべきもしれない。

バンドという「固定メンバーの集まり」ではなく、「流動的なコレクティヴ」から新鮮な音楽が生まれる時代

 『Livre』もロウレイロが演奏する複数の楽器と自身の歌から成り立っている。だが、『Só』やこれまでの録音とは随分と異なった印象を与える。エレクトロニクス、重厚なベース、スピード感とグルーヴを重視したドラムがアルバムの全面に出ていることの変化はまず大きい。そして、それに伴って、彼の個のクリエイティヴィティがより際立つことにもなった。ギタリストのカート・ローゼンウィンケルやペドロ・マルチンス、ピアニストのアンドレ・メマーリ、それにロサンゼルスのエレクトロ・デュオ、ノウアーのシンガー、ジェネヴィーヴ・アルタディもゲストに招いているが、パーツとしてこの音楽に巧くはめ込まれているというべきだろう。その意味で、『Livre』は、ノウアーのドラマーでシンガーでプロデューサーでもあるルイス・コールがゲストを入れながらも一人で作り上げたソロ・アルバム『Time』にも近いし、それをリリースしたBrainfeederを率いるフライング・ロータスが多くのアーティストをフィーチャーしながら制作してきたスタンスにも繋がるものがある。
 また、『Livre』にはロウレイロも録音に参加したカート・ローゼンウィンケルの『Caipi』とまるで対を成すような世界が感じられる。メロディやコーラスの組み立てが特にそう感じさせるのだが、『Caipi』もまた多重録音からスタートしたアルバムだった。ベルリンのカートの自宅スタジオでドラムやピアノも自ら演奏し、歌詞を書いて唄い、録音することを繰り返した。丸一日をスタジオのセッティングだけに費やしたこともあった。それをライヴ活動や他の録音の合間を縫って8年以上も続けた理由を、カートは僕にこう説明した。
「自分一人で、個人的なやり方で音楽を発見していく、自分の世界で自分で大半の楽器を必要に応じて演奏すること。僕の場合は、自分でやるのは時間がとてもかかる。うまく行かないと絶望する瞬間が一杯ある。でも、こうしたいんだと本当に分かっているのは自分だけなわけだ。何度もセッションで人にやってもらってもみたけれど、究極的にはドラムのこういうノリとか、その類のことは自分でやらないと駄目だと悟った」
 最終的に『Caipi』は、カートが「完成するには相応しい人の助けが要ると気が付き」、その助けとなる存在をブラジル音楽に求め、自らミナス・ジェライス州に赴き、ロウレイロやペドロ・マルチンスの協力を得て10年越しの完成を見た。そうした『Caipi』の成り立ちを当然のことながら、ロウレイロは知ってもいる。だからこそ、『Livre』にはカートのいう「個人的なやり方で音楽を発見していく」プロセスが刻まれている。そのことは、バンドという固定メンバーの集まりではなく、流動的なコレクティヴから新鮮な音楽が生まれてきている昨今の状況とも無関係ではないだろう。『Livre』にはこれからの音楽についての、さまざまなヒントが詰まっている。(原雅明)


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アントニオ・ロウレイロ『リーヴリ』アルバム詳細:
http://www.nrt.jp/antonio_loureiro/release_information_66.htmlhttp://www.nrt.jp/antonio_loureiro/release_information_66.html

『リーヴリ』公開ライナーノーツ① 文:高橋健太郎
『リーヴリ』公開ライナーノーツ② 文:原雅明

#アントニオロウレイロ #NRT #公開ライナーノーツ


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