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レビュー・ノベル『すれちがうとき聴いた歌』

失恋したショックで本も読めないんだ、と僕は言った。

じゃあこのスカスカ本でもどう? と彼女が貸してくれた本は『すれちがうとき聴いた歌』だった。

いやー、だからさー、と思いながら、ページをめくるとそのスカスカが心地よくてすぐに半分読んでしまった。

読めるかもしれない、と僕が言うと、彼女はニヤニヤと笑っていた。

正直言うとニヤニヤ顔の記憶しか残っていない。いま、彼女はどこにいるのだろう。僕は一人の部屋でこれを読んでいる。

半分読んだところで彼女にお礼のメールを書こうとしたけど、メアドはおろか目鼻立ちというか表情すら思い出せない。
ニヤニヤしてたかどうかもあやしい。

半分は読めたけどもう半分が読めるか自信はない。

けれども鉛筆で描かれたイラストを眺めているともう半分を読むのは別に今すぐでなくてもいいかなとも思った。

なんのために人は本を読むのだろう。
若い頃はただひたすらに読んでいた。
それは面白かったからだ。
いつの間にかなんの本を読んでいるのか何となく人に伝えるようになったけど、そんなことをする必要があるのだろうか? そんなことを考えるようになってから僕は本が読めなくなってしまった。あなたは本当の本好きじゃないのよ、そう言われて振られてしまった気がする。それすら思い出したくない。


『すれちがうとき聴いた歌』
枡野 浩一 (著)
會本 久美子 (絵)

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