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やっと捉えた南米・風の大地、北パタゴニア氷原

― グリ-ンランドやアラスカなどよりも劇的に氷河が減少している ―

著・吉永順一
(元東京都立井草高等学校 非常勤教員/元NHK高校講座「理科総合B」講師)
  田中好雄(地球環境問題コミュニケータ)

「世界気象カレンダー」は、気象衛星ひまわり8号をはじめとした世界の地球観測衛星からとらえた画像や、宇宙ステーションから撮影した迫力ある画像を掲載し、気象現象や地球環境問題をわかりやすく解説しているのが特徴のカレンダーです。
 現在発売中の2018年版から、7月に掲載の吉永順一氏(元東京都立井草高等学校 非常勤教員/元 NHK 高校講座「理科総合B」講師)、田中好雄氏(地球環境問題コミュニケータ)による「やっと捉えた南米・風の大地、北パタゴニア氷原 ― グリ-ンランドやアラスカなどよりも劇的に氷河が減少している ―」を全文公開いたします。(編集部)

(画像1)アメリカの地球観測衛星ランドサット8号(Landsat-8)搭載センサ イメージングマルチスペクトル放射計OLI(Operational Land Imager)可視画像 2017年4月16日
赤丸は、モンテ・サン・ヴァレンティン
Cridit:NASA Earth Observatory images by Jesse Allen and Joshua Stevens, using Landsat data from the U.S. Geological Survey.

 画像1は2017年4月16日に、米国の地球観測衛星ランドサット8号が捉えた北パタゴニア氷原(画像4の赤い枠内。その南が南パタゴニア氷原)である。18,000年程前までのパタゴニア氷床が縮小し、北(約4,000k㎡)と南(約13,000k㎡)の氷原に分かれたが、いまだ南極とグリ-ンランドの氷床に次ぐ規模をもっている。ところが、このパタゴニアの氷河が世界のどこよりも劇的に減少しているのである。それを画像1、画像2(サン・キンティン氷河)、画像3(サン・ラファエル氷河)で見てみよう。

(画像2)サン・キンティン氷河

(画像3)サン・ラファエル氷河

パタゴニアってどんな所?

 ・・・と聞くと、アルゼンチンの人は無味乾燥の不毛の地、チリの人は森と湖と氷河の美しい所と答える。それほどアンデス山脈の東と西では風景が違う。それは気象・気候が違うからである。パタゴニアは南緯40°辺りから南の地域を指すが、ユーラシア大陸がある北半球と異なり、南半球では大陸の19%に対し海洋が81%と陸地が少ない。そのため地球規模で循環する偏西風が遮られることなく、1 年を通じて吹き荒れる風の大地[※1]となる。更にペル-海流(フンボルト海流)からの水蒸気をたっぷり含んでいるので、アンデス山脈のチリ側に大量の降水をもたらし氷河を涵養(かんよう)する。一方、山脈を越えたアルゼンチン側では乾燥した風が吹き下ろして乾燥地帯となる(フェーン現象[※2])。北パタゴニア氷原で最大がサン・キンティン氷河(画像2)で、次がサン・ラファエル氷河(画像3)である。

[※1]人が簡単に吹き飛ばされる、風速60m/s(時速216㎞)を超えることも珍しくない。
[※2]風上側の降水で失った水蒸気の分だけ、風下側では乾燥して気温が上昇すること。

氷河の後退を示す氷河地形、エンドモレ-ン(end moraine)

 画像2のサン・キンティン氷河の末端は氷河前縁湖(灰色に見えている)である。その前方の半円形の緑の土手状地形はエンドモレーン(終(端)堆石[※3])で、現在の末端までの距離が後退距離となる。画像3のサン・ラファエル氷河の末端はフィヨルドにつながっている。このように末端が湖やフィヨルド・海にあって、氷山を分離している氷河をカービング氷河[※4]と呼ぶ。北パタゴニア氷河から流出する氷河28のうち21がカ-ビング氷河である。

[※3]モレ-ン(氷堆石・堆石堤):氷河によって運搬、堆積した礫・砂・粘土などが混じった砕屑物。また、それから造られた堤防状の地形。
[※4]カ-ビング氷河(calving glacier):calve は牛などが子を産んだり、氷塊が分離することを言う。

氷河後退の鍵はカービング氷河!

 この21の氷河を1944╱45年から60年間調査した結果、アンデス山脈の西側にある氷河は東側の氷河より4倍強も減少していることが判った。氷河の涵養域が山脈の西側に広がっていることより、チリ側に降る雨の増大が原因と言われていた。しかし全体的な漸減現象は気候変動への応答と考えられるが、各氷河は個別の変動をしていることからフィヨルドの地形が主要な要因だと指摘されている。例えばサン・キンティン氷河とサン・ラファエル氷河は涵養域(画像5)も地形条件も類似しているが、サン・ラファエル氷河は停滞・前進・後退を繰り返している。

これは氷河が流出しているフィヨルドの幅の狭い所では停滞し、溜ると前進する。フィヨルドの幅の広い所に来ると氷河が広がり薄くなりカービング(分離)が活発になるという具合だ。気候変動への応答の他、氷河末端が陸地か氷河前縁湖かフィヨルドかラグーン(潟湖)などの地形によって大きく変わることが判ってきた。
 厳しい気象(荒天・強風)、接近するのも困難なパタゴニア氷原では、衛星観測が極めて重要である。しかも氷河の標高の変化から氷河の厚さの増減も判る。その結果、パタゴニアの氷河が劇的に薄くなっていることが判った。海岸沿いの標高1m以下の低地には、約10億人もの人々が住んでいる[※5]。海面上昇や降雨などの影響は、極めて重要・深刻な問題をもたらす。地球の反対側にあるパタゴニア氷原の減少が、私達の身近な地球環境の変化とどう関わっているのかを知るためにも注視していきたい。

[※5]原典:Michael Hambrey, Jurg Alean「Glaciers, 2nd Edition」(Cambridge University Press,2004)、出所:安仁屋政武「南米チリ・北パタゴニア氷原の溢流氷河の1944/45-2004/05年の変動とその要因」(ヒマラヤ学誌No.8 2007)。名古屋大減災連携研究センターの調査によると日本では約263万人(朝日新聞 DIGITAL 2013年3月2日)。

(世界気象カレンダー2018年版 7月より)

【著者プロフィール】

吉永 順一

(元東京都立井草高等学校 非常勤教員/元NHK 高校講座「理科総合B」講師)

1976年米国ワシントン州のレニアー山(4392m)頂上から日本人初滑降(世界第2番目)を始め、カナダ、ヨーロッパの登山、山岳スキーを楽しむ。以来、米国の国立公園(イェローストーン等、狭義の国立公園は現在約60ある)全てに地質巡検を行う。2009年のサモア諸島の地震・津波、2010年のハイチ地震は、直前に地質巡検をしていたので感慨深い。
 2002年のNHKスーパーサイエンスから、高校講座「理科総合B」の講師。東京書籍「理科総合A・B」「地学Ⅰ・Ⅱ」(前改訂まで)や科学技術振興機構のデジタル教材「調べてみよう!わたしたちの住む大地のなりたち」「調べてみよう!ゆれる大地のしくみ」などの執筆・編集等で、地球科学が日々の生活と深く関わっていることを伝えたいと願っている。

田中 好雄

(地球環境問題コミュニケータ、環境省 環境カウンセラー)

1949年東京浅草生まれ。リモートセンシング(RS)技術・地球観測衛星データの利用、普及啓発、教育に関する企画・調査研究等の各種プロジェクトマネージメント、コーディネーションを行う。衛星画像データを利用した地球環境・地球温暖化問題の理解増進のためのイベント・出版等に係わる。
 企画協力・指導・執筆、及び衛星画像コンテンツ利活用推進のためのファシリテーション活動を行う。「世界気象カレンダー」の衛星画像の選定・編集および監修を担当。
 衛星リモートセンシングデータ・現地調査・GIS・歴史資料等を利活用した、中国新疆ウイグル地区、黄河中・下流地域、アラル海南部・アムダリア流域、カンボジアのアンコールワット地域などの地球環境変動調査に参画。2017年は、衛星データ等を用いた東アジアの環境・安全に関する調査に携わる。
 著書等:「地球の素顔」(小学館, 2000)、「まんが+衛星画像 宇宙からみた地球環境」(大月書店, 2004)、「21世紀子供百科 地球環境館」(編集協力・小学館,2004)、「わかりやすいリモートセンシングと地理情報システム」(RS 研究会)、「リモートセンシング応用事例集」(RS
研究会)


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