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異例  オーストラリアのクリスマス低気圧

― 砂漠地帯に記録的な大雨と洪水 ―

著・鈴木 靖(一般財団法人日本気象協会 執行役員 技師長)

「世界気象カレンダー」は、気象衛星ひまわり8号をはじめとした世界の地球観測衛星からとらえた画像や、宇宙ステーションから撮影した迫力ある画像を掲載し、気象現象や地球環境問題をわかりやすく解説しているのが特徴のカレンダーです。
 現在発売中の2018年版から、12月に掲載の鈴木靖氏(一般財団法人日本気象協会 執行役員 技師長)による「異例 オーストラリアのクリスマス低気圧 ― 砂漠地帯に記録的な大雨と洪水 ―」を全文公開いたします。(編集部)

(画像1)ひまわり8号 可視画像 2016年12月25日03:00(UTC)/12:00(JST)
可視バンド3と全球高精細トゥルーカラー合成画像(Blue Marble Next Generation)を合成
[衛星画像を詳しく見る] ひまわり8号リアルタイムWeb(協力:情報通信研究機構)

 日本やヨーロッパでは、発達した低気圧が年末に通過し、大荒れの天候となることが多く、年末低気圧またはクリスマス寒波と呼ばれている。クリスマスの低気圧は南半球でも災害をもたらすことがある。2016年12月25日から26日にかけて、発達した低気圧がオーストラリア中央部のノーザンテリトリー州からサウスオーストラリア州にかけて南東方向へと通過した(画像1)。クリスマスに通過したこの低気圧は、砂漠地帯に記録的な大雨と洪水被害をもたらした。

50年に一度の大雨

 有名な観光地ウルル(エアーズロック)から北西約250kmの砂漠地帯に位置する人口400名余りの町キントアでは、12月25日夜8時から9時にかけての時間降水量が61.4mm を記録した。オーストラリア気象局の統計によると、この地域では50年に一度の大雨に相当する。翌26日にかけての日降水量の最大値は231.6mm(従来の最大値は2006年の127mm)、最大瞬間風速は約35m/sに達した。キントアにおける2016年12月の月降水量373.4mm の6割以上がクリスマスの一晩で降ったことになる。12月下旬の降水量はこの地域で平年の4倍以上にも達している(図1)。

(図1)降水量の平年比(2016年12月下旬)

 この大雨によりフラッシュフラッド(突発的な洪水)が発生し、キントアの町は1mの浸水となり、住民の多くがクリスマスの夜を避難所で過ごすことになった。観光地ウルルは岩から流れ落ちる大量の水が滝のような光景になった。ノーザンテリトリー州内では日本人旅行客を含む7名が一時行方不明となり、捜索救助活動が行われた。

宇宙から捉えた雨

(図2)世界の雨分布(GSMaP)による2016年12月25日12時~26日12時の日降水量

 図2はJAXAが提供する宇宙から衛星が捉えた「世界の雨分布」(GSMaP)によるオーストラリアの12月26日までの日降水量である。複数の衛星に搭載されたマイクロ波放射計、および静止気象衛星の赤外画像から解析された降雨をもとに、雨域の移動も考慮して世界中の雨の分布を約10km解像度、1時間間隔で提供している。ウェブサイト「世界の雨分布リアルタイム」(GSMaP_NOW)は計算処理を工夫することにより、ほぼ時間遅れなく利用することができる。GSMaP によってもオーストラリア中央部の日降水量は200mm近くにも達しており、雨域は数百kmの広範囲にわたることがわかる。

 上の動画はJAXA とNASA の全球降水観測計画(GPM)の主衛星による降水レーダ(DPR)による3次元降雨観測画像である。衛星の軌道方向にそった地表面の降水分布と、地表に描かれた線に沿った降水の鉛直断面を作画している。鉛直約10km程度までたちあがった積乱雲の群れが広範囲に雨をもたらしており、上空の白く解析された層は雪または氷になっていることがわかる。
 降水レーダやマイクロ波放射計による宇宙からの観測は、発展途上国等の地上気象観測施設が少ない地域の水災害監視には欠かせないものであり、今後も継続的に運用、利用されていくことが必要である。

(世界気象カレンダー2018年版 12月より)


【著者プロフィール】

鈴木 靖

(一般財団法人日本気象協会 執行役員 技師長)

1960年秋田市生まれ。1983年東京大学理学部地球物理学科卒業。博士(理学)。
 日本気象協会入社後、気象海洋観測および気象数値モデルや海洋波浪モデルのシミュレーション業務に従事。1996年から2年間、リモート・センシング技術センターでTRMM衛星プロジェクトに参加。1999年からはNEDOの風力発電・太陽光発電の研究開発に従事し、NEDO風況マップの開発を行った。2009年から2013年まで京都大学防災研究所特定教授として、気候変動がもたらす河川や沿岸の水文環境への影響評価の研究を行った。
 社会活動:文部科学省 防災科学技術委員会委員、JAXA 降水観測ミッション利用検討委員会委員、など
 主な著書:「風力エネルギー読本」(オーム社,2006)、「波を測る」(沿岸開発技術研究センター,2001)、「波浪の解析と予報」(東海大学出版会,1999)



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「世界気象カレンダー」は、気象衛星ひまわり8号をはじめとした世界の地球観測衛星からとらえた画像や、宇宙ステーションから撮影した迫力ある画像を掲載し、気象現象や地球環境問題を総勢11名の監修執筆陣により、わかりやすく解説しているのが特徴のカレンダーです。

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