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探査機ジュノーがとらえた木星の渦

著・松本 直記
(慶應義塾高等学校 教諭、慶應義塾大学 非常勤講師、気象予報士)

「世界気象カレンダー」は、気象衛星ひまわり8号をはじめとした世界の地球観測衛星からとらえた画像や、宇宙ステーションから撮影した迫力ある画像を掲載し、気象現象や地球環境問題をわかりやすく解説しているのが特徴のカレンダーです。
 現在発売中の2018年版から、4月に掲載の松本直記氏(慶應義塾高等学校 教諭)による「探査機ジュノーがとらえた木星の渦」を全文公開いたします。(編集部)

(画像1)NASA 木星探査機ジュノー(Juno)が捉えた木星の南極 2017年2月2日
Credits : NASA/JPL- Caltech/SwRI/MSSS/John Landino

木星の南極上空から臨む木星極の姿

 NASAの木星探査機ジュノーは5年間の旅の末、2016年7月に木星周回軌道に投入された。しかも極周回軌道である。2017年2月2日に木星の南極上空10万kmから撮影した画像には、極を中心とした詳細な木星大気の様子が示されていた(画像1)。まさに人類が初めて目にする光景であった。木星の高緯度には複雑な擾乱(じょうらん)があり、極めて円に近い渦がひときわ目を引く。極付近にはクローバーの葉のように相似な形の渦が並んでいる。

木星の縞・帯と渦と東西ジェットの関係

 木星の渦は、木星表面に観測される強い東風と西風が交互に分布する東西ジェットと深く関わっている。有名な大赤斑や、画像上部に見えている永続白斑(画像1を時計盤と見るなら11時と1時のあたりにある)などの渦はこれらジェットの狭間に発達する。
 木星のよく目立つ縞模様は東西ジェットの分布に良く対応している(図1)。縞模様のうち、明るく見える部分を「帯」、暗く見える部分を「縞」と呼んでいる。帯の部分は上昇流によってアンモニアの雲ができるため太陽の光をよく反射し、縞の部分は下降流が生じていて雲による反射が弱く暗く見えると考えられている。

図版出典:Imke de Pater,Jack J. Lissauer 著「Planetary Sciences」(Cambridge University Press)
画像Credit:NASA/JPL/University of Arizona

惑星大気を動かすもの

 木星の強烈な東西ジェットを産む熱源は、木星の内部から供給されている。地球の場合は、太陽放射の受光量が低緯度の方が多いので、緯度別の熱的不均衡を解消するため大循環が生じる。木星は惑星形成時の重力分離がまだ続いていて、高密度物質(主にヘリウム)の沈降による位置エネルギーの熱への転換が行われている。しかし、この熱源がどのように東西ジェットを駆動しているのかは、実はよくわかっていない。
 地球のジェット気流の形成と同じように比較的薄い層でジェットの形成を説明する「浅い対流」モデルと、自転軸を中心とする円筒状の構造が何重にも重なっていて、円筒の表面が東西ジェットとなっている「深い対流」モデルが提案されている(図2)。

 ただ、「深い対流」モデルでは、円筒状構造は木星中心部の核に邪魔されるため高緯度ジェットの生成がうまく説明できない。土星探査機カッシーニが木星フライバイ時に得たデータからは緯度70°程度までの東西ジェットの存在は確認されており、継続観測が可能なジュノーによってより詳細なデータが得られることだろう。またその蓄積によって、極付近大気の奇妙な振る舞いについても知見が深まるだろう。

[衛星画像を詳しく見る] ひまわり8号リアルタイムWeb(協力:情報通信研究機構)

木星の渦から地球大気の渦の理解を深める

 画像2は2017年2月11日09時(JST)のひまわり8号による可視画像である。日本海に明瞭な渦が発達した小規模な低気圧(ポーラーロウ)が見られる。このような低気圧は、冬期に寒冷な大陸の空気塊が暖かい海上に吹き出す際に発達する。小規模ではあるが、急速に発達し大雪などの気象災害をもたらす。空間規模と時間規模が小さいためにそのメカニズムの把握は難しく、現在研究が鋭意進められている。一方、木星は惑星のほとんどが流体で構成され、加えて自転によるコリオリの力の影響も大きい。
 木星の渦と地球の渦、形成される過程は異なるが、地球とは異なる環境での現象の理解が深まることで、地球の気象の理解もより深まることが期待される。

 (世界気象カレンダー2018年版 4月より)


【著者プロフィール】

松本 直記

(慶應義塾高等学校 教諭、慶應義塾大学 非常勤講師、気象予報士)

1966年鳥取県羽合(はわい)町(現・湯梨浜町)生まれ。最寄りのバス停まで徒歩20分の駅もない小さな町で自然に囲まれて幼少時代を過ごす。1990年より現職。1997年横浜国立大学教育学部修士課程を修了。現職を行いながら横浜国立大学教育人間科学部講師、慶應義塾湘南藤沢中・高等部講師、慶應義塾大学理工学部講師などを勤める。2005年よりNHK 高校講座・地学(気象分野)を担当、その後地学基礎、科学と人間生活も担当。以前は博物学だった「地学」を、生活と関係の深い体験的な総合科学と捉え、その面白さを多くの人に伝わるよう様々な活動を行っている。
 主な著書:「新しい高校地学の教科書― 現代人のための高校理科(ブルーバックス)」編集・執筆(講談社)、「マイファーストサイエンス-よくわかる気象環境と生物のしくみ」執筆(丸善)など


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「世界気象カレンダー」は、気象衛星ひまわり8号をはじめとした世界の地球観測衛星からとらえた画像や、宇宙ステーションから撮影した迫力ある画像を掲載し、気象現象や地球環境問題を総勢11名の監修執筆陣により、わかりやすく解説しているのが特徴のカレンダーです。

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