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予測の難しい関東の雪 解明のカギは「天から送られた手紙」

― 市民科学が切り拓く降雪研究の新展開―

 著・荒木 健太郎(気象庁気象研究所 予報研究部 第三研究室 研究官)

「世界気象カレンダー」は、気象衛星ひまわり8号をはじめとした世界の地球観測衛星からとらえた画像や、宇宙ステーションから撮影した迫力ある画像を掲載し、気象現象や地球環境問題をわかりやすく解説しているのが特徴のカレンダーです。
 現在発売中の2018年版から、11月に掲載の荒木健太郎氏(気象庁気象研究所)による「予測の難しい関東の雪 解明のカギは『天から送られた手紙』― 市民科学が切り拓く降雪研究の新展開―」を全文公開いたします。(編集部)

(画像1)2016年11月25日 関東の積雪の様子 / NASA 地球観測衛星テラ(Terra)搭載センサモーディス(MODIS)可視画像
Credit : Visible Earth NASA Goddard Space Flight Center
[衛星画像を詳しく見る] https://go.nasa.gov/2zbELFr

季節外れの関東の雪

 2016年11月24日、関東で季節外れの雪が降り、多くの人々を驚かせました(画像1:翌25日の可視画像。関東平野の広い範囲で積雪が確認できる。画2:色分けは雪の被覆率)。

(画像2)画像1の雪の被覆率を色分けで示したもの

このとき各地で初雪が観測され、東京では11月としての初雪は54年ぶり、11月としての積雪は1875年の統計開始以来初めてのことでした。関東で雪が降ることは多くないため、ひとたび雪が降れば交通等に甚大な影響が出ます。では、関東ではどのように雪が降るのでしょうか。ここでは、関東の降雪研究の最前線を紹介します。

南岸低気圧による関東の雪 なぜ予測が難しい?

 関東の雪は、約9割が「南岸低気圧」と呼ばれる本州南海上を進む温帯低気圧によるものです。11月24日の雪も、関東の南海上で南岸低気圧が発達しはじめたときに起こっていました。南岸低気圧による関東の雪は、正確な予測の難しい現象として知られています。その理由は、南岸低気圧の発達度合や進路、寒気流入の程度、雲の広がり、雲の中で成長する雪の種類や量、地上付近の気温など、多くの要素が複雑に関係する現象だからです。また、現状ではまだ未解明のプロセスもあり、これら全てを正確に予測するのは困難なことがあるのです。この中でも雪を降らせる雲については、観測研究がほとんど進んでおらず、多くの謎が残っています。

「天から送られた手紙」から読み解けること

 では、どのように雲を調べればよいのでしょうか。その鍵は「雪結晶」です。雪結晶は成長する雲の気温と水蒸気の量によって形状が変化します(図1)。そのため、降ってきた雪結晶の形を読み解けば雲の特徴を理解できるのです。このことから、「雪は天から送られた手紙である」(物理学者・中谷宇吉郎博士)といわれています。

(図1)雪結晶の種類と気温、水蒸気の量の関係(小林ダイヤグラム)
※荒木健太郎「雲の中では何が起こっているのか」(ベレ出版)より

市民科学による雪結晶観測「# 関東雪結晶プロジェクト」

 気象研究所では、関東に雪を降らせる雲の実態解明を目的に、関東甲信にお住いのみなさまから降雪時に雪結晶の写真を募集する「# 関東雪結晶プロジェクト」を行っています。実は、雪結晶はスマートフォンでズームを最大にして接写するだけで手軽に撮影できるのです(画像3)。

(画像3)マクロレンズを使用してスマートフォンで接写した樹枝状結晶

撮影した画像はTwitter上で撮影時刻・位置とともにハッシュタグをつけて投稿をお願いしています。これまでの研究者個人による雪結晶観測では雪結晶の分布や時間変化はわかりせんでしたが、市民が研究に参加する「市民科学」(シチズン・サイエンス)により、11月24日の事例では5,200 枚以上の雪結晶画像が集まりました(図2)。これだけ多くの雪結晶観測がひとつの降雪事例で行われたのは世界で初めてのことです。

(図2)2016年11月24日に関東地方で観測された雪結晶
撮影者 ①尾林彩乃さん、②荒木健太郎、③千村雄一さん、
④ Makiko Mochidaさん、⑤ so1218uさん、⑥須峰ちえさん、⑦吉岡美紀さん


 撮影された雪結晶画像から、当日朝は関東各地で樹枝状結晶が見られました。ところが、昼頃には関東南部を中心に針状の結晶やツブツブのついた結晶が観測されるようになりました。この結晶構造の変化から、昼にかけて関東南部で雪を降らせた雲の温度が上がっていることなどが読み取れます。このような市民科学を通した降雪研究は、雲の特徴を理解するために非常に有効な手段です。観測事例の蓄積を重ねることで、将来的に関東の降雪予測の精度向上に繋がります。
 雪結晶は見た目も美しく、自分で撮影できるととても楽しいです。雪をもっと楽しむために雪のことを知れば、雪災害から自分の身を守ることにも繋がります。雪が降ったら、ぜひみなさんも雪結晶観測にご参加いただければ幸いです。

参考:荒木健太郎「雲の中では何が起こっているのか」(ベレ出版)
   気象研究所「# 関東雪結晶プロジェクト

(世界気象カレンダー2018年版 11月より)

【著者プロフィール】

荒木 健太郎

(気象庁気象研究所 予報研究部 第三研究室 研究官)

雲研究者。気象庁気象研究所予報研究部第三研究室研究官。1984年生まれ。茨城県出身。
高校卒業後、慶應義塾大学経済学部を経て気象庁気象大学校に入学。2008年に卒業し、地方気象台で予報・観測業務に従事した後、現職に至る。
専門は雲科学・メソ気象学。防災・減災に貢献することを目指して、豪雨・豪雪・竜巻などの激しい大気現象をもたらす雲の仕組み、雲の物理学の研究に取り組んでいる。
著書:「雲の中では何が起こっているのか 雲をつかもうとしている話」(ベレ出版)
【Twitter】@arakencloud


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