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No.25 堀越 智氏 〜今、求められる科学を究める〜



 ご専門のマイクロ波を利用する研究について、テレビなどでも解説される堀越先生のことを知っている人は多いことでしょう。クラシックBGMの流れる研究室には、今までに上梓された多くの書籍表紙と併せて、ダヴィンチノートが飾られていました。
 『介護のしやすい家づくり』など、異色の籍も含め、理系文系に関わらず自分の興味で社会の問題解決を意識した書籍の執筆も行っています。ご自身の専門分野だけではなく、「今、社会に求められる科学」を楽しみながら研究していると語られます。

ーー科学への目覚めはどのようなものでしたか

子どもの頃は、例えば国語の問題で「作者の気持ちを答えよ」といった問題に対して、先生は作者に答えを聞いたのかな?文章から読み取れても、作者は別のことを考えていないかな?などと不思議に思っていたそうです。
 今考えると、設問の不完全さに疑問を持つ変わった子供だったということです。また、小学年低学年の頃から、基礎的な法則を理解するだけで、広く応用できる算数は「なんて素晴らしい(合理的なのだ)」と感動し理系への関心が強くなったとのことです。

ーーご研究のテーマはどのようなものですか

先生の名刺には博士(理学)と書かれていますが、よく『工学ではないのですか?』と驚かれるようです。企業との共同研究がとても多い先生は、一見すると実用化を目指す工学分野を専門としているようにも見えますが、多くの理学的な基礎研究も行っており、産業界にはその点が見えないため、こういった見方をされるようです。
 今回の書籍『食品の冷凍・解凍技術と商品開発』は、食品の解凍技術についてお話を聞くと、「コロナ禍での巣篭もり需要やフードロスの観点から冷凍食品の数が増えていて、非常に多くの企業が食品の冷凍技術と解凍に興味を持っているそうで、これは世界規模で進んでいる」と話されました。先生の研究室にも国内企業だけではなく、海外企業からも共同研究の申し込みが増えているそうです。
 共同研究を行うと、各社とも「美味しい冷凍食品を作る」「作り立てのまま冷凍する」技術は積極的に取り組んでいるようですが、「作りたての形に解凍する」点については、一種の諦めがあるようで、後回しにされているようです。例えば、電子レンジは50年以上の歴史がありますが、冷凍食品やそのパッケージにまつわる進化があまり進んでいないようです。ただ、マイクロ波の事情も変わり、先生の専門である「マイクロ波サイエンス」を取り入れることで、この難題の解決の開発が進められているようです。
 今回の書籍は「古い技術を今の時代にアップデートするため」のきっかけとして、さまざまな分野の専門家が情報を出し合う本にし、「今、社会が求めるもの」を多面的に解決するために作成を決意したそうです。


ーーご指導される学生にはどのような想いがありますか

 まずは、研究の面白さを体験してもらいたいと思います。また、学生には基礎研究でも社会との繋がりがあることを意識し、責任を持てるような深みのある内容を実践する意識を持ってもらいたいと思います。一方で多くの学生は、将来企業に就職するため、企業や社会の変化が非常に早いく、「今、どのような社会人力が求められているのか」について、先生自身もアンテナを張るようにしているそうです。これからの社会できちんと生き延びられるように多様な視点、価値観、順応できる学生を育てたいと思っているそうです。
 加えて、専門家の中にはリスクを恐れ挑戦から目を逸らし、自分の可能性を縮めてしまっている人も多いので、学生には多くの経験と失敗を積んでもらい、「自分の専門を異分野でも広げられる」力を養ってもらいたいと思っているそうです。


ーーこれからの日本の未来像は

令和になってからの大きな話題にエネルギーや環境があります。先生は大学の授業で、グリーンケミストリーという、化学産業におけるエネルギーや環境の講義を行なっているそうです。ここ数年で、この授業に対する学生の関心度が高まり、社会人の聴講の申し出も多くあるようです。エネルギーや環境というキーワードは昔からあるものですが、世界中で発生している諸問題が、結局はエネルギーや環境に関連していることが分かり、注目が集まっているそうです。一方で「これをやれば解決できるけど、別の新しい問題も出てくる」といったトレードオフが付きまとうことも、エネルギーや環境を難題にしているゆえんと言います。
 最近、先生のところにヨーロッパの友人から写真が送られてきたそうです。ヨーロッパではエンジン自動車の生産を著しく縮小し、多くのメーカーがEV自動車を販売しています。ただ、これを充電する給電ステーションの裏では、ディーゼル発電機が動いているといった写真です。インフラが整備されるまでの一時的措置だと思いますが、エネルギーや環境の改革は簡単にはいかないものです。
 日本では「エネルギーや環境」の見た目を良くすることが目的ではないことを忘れずに、「犠牲がない、安全で安心して暮らせる」社会を目指してもらいたいと思っているそうです。理系文系が融合し、専門家が自分の持っている知恵を出し合い、それを尊重し、成熟した内容を実践していくことが重要で、出来上がったものを解とせず、それを改良してより良くすることが必要と考えているようです。


 レオナルド・ダヴィンチの名言で「優れた画家はふたつのものを描く。人と人の心の動きである。」という言葉があります。堀越先生が目指すサイエンスは、単に研究をある学問の発展を目指すだけではなく、その研究によって人々の「心を動かし、行動を変えさせる」内容も目指しているのだと感じた訪問でした。

略歴:

2011年4月〜 上智大学理工学部物質生命理工学科 准教授を経て教授
日本電磁波エネルギー応用学会理事長、東京学芸大学非常勤講師、日本学術振興会R24委員、科学技術振興機構研究委員、国際論文雑誌4誌のエディター
2008年4月〜2010年3月 東京理科大学 講師・准教授


<取材日:2023/02/20>


主なNTS書籍:NTS書籍情報にリンクします

2023年3月 食品の冷凍・解凍技術と商品開発 共著
2020年9月 生物・生体・医療のためのマイクロ波利用 監修
2019年8月 パルスパワーの基礎と産業応用 監修
2004年8月 高機能な酸化チタン光触媒 共著
2001年11月 環境触媒ハンドブック 共著