【連載小説】放課後、ダンジョンへ行こうよ【第3話】
はじめに〜お金のために小説を書く、ということ
「稼ぐために小説を書いてる」
そう言える人はどれくらいいるでしょうか。
現在進行形で稼いでる、なおかつそれで食えているという人ならともかく。
まったく売れない、売れる気配もないという状況の下では、「お金のために書いてるわけじゃない」と考えてしまう人も多いのではないでしょうか。半ば自分に言い聞かせるようにね。
それが本心から出るものなら崇高な動機だなということでいいのですし、そういう作品の中にある素晴らしさが認められて“結果的に”お金が集まることもあるかもしれません。
しかし、そうでない場合。つまり、小説が売れていない場合、それは言い換えれば『金を出す価値もない』とみなされたということです。
そして、これを逆向きに考えるなら、金を生む作品はそれだけ素晴らしい、ということです。
とてもシンプルな結論ですが、稼げてない状態でそう言い切るのはかなり難しいことではないでしょうか。みなさんも、『金のために働いているわけじゃない』と言ってる人はどれくらいいるでしょうか。
とはいえ、とはいえ。いまの世界を見渡して小説は稼げる仕事とは到底いえません。
理由はさまざま考えられると思いますが、僕が思うに、“金が集まる仕組みを持つ業界ではない”ことと“作家がお客様を裏切り続けてきた”ことの2つが大きく関わっているのではないでしょうか。
長くなるので、この話はまた今度していきましょう。
【第3話】ダンジョンは井戸の下に
「よし、だいたい時間どおりね!」
花火さんがスマホで時間を確認しながらそう言った。
どうやら間に合ったみたいだ。
学校での一件の後、我々はいったん解散したのだった。
僕は急いで帰宅し、荷物をおいて……汗もヤバいことになっていたから、シャワーを浴びて、珍しく制汗剤を体中にふりかけて、おまけに父親のコロンをこっそり拝借して、オシャレな服に着替えて(というか、できるだけ野暮ったくないやつ)……と、とにかくバタバタで家を飛び出した。
目指すは花火さんと星蘭さんとの約束の場所へ。
といえば聞こえはいいけど、要は指定した場所に来いという強制的な命令だった。
命令に逆らえば、体操マットでぐるぐる巻きにされて気絶している僕の写真(ちゃっかり激写されていた)を学内に拡散するという脅しつきで。
つまり、嫌な予感は的中したというわけだ。
「よ、よかった。間に合った……」
ぜえぜえしてる僕をよそに、一足先に集合していた二人は涼しい顔をしている。
せっかく着替えた服も、もはやギュウッとコップ一杯分はしぼれそうだ。
「ロープウェイ使えばよかったのに」
花火さんはちょっと冷たいような言い方をして、先に歩き出した。
「汗だいじょーぶ?」と星蘭さんはどこかヒトゴトのように言いながらも、ちゃっかりとハンカチを僕に差し出してくれた。
「あ……」
ハンカチを前に固まる僕。
いま学校中の男子たちを敵に回した。
だいたいさ。この二人と一緒に行動しているだけで現実感がない。
住み慣れた巣を追い立てられたネズミになった気分だ。
緊張で、自分の身体じゃないみたいにカチコチ。
いつもの色あせた日々が懐かしい。
だから嫌な予感だったわけだけど、嫌味にしか聞こえないだろうな。
「ほらっ、なにぼーっと突っ立ってんの」
花火さんに急かされ、僕は慌てて歩きだす。
しかし、と僕は女神ふたりの後ろ姿を見て思った。
彼女たちは本当に僕と同じ人間なのだろうか。
スクールカースト最上位の男子たちでさえ、この二人とは一線を画す。
まさに別格というやつだ。
なんだか恥ずかしさがこみ上げてきて、というよりふたりを直視できなくなって、僕は手に握ったハンカチへと目を落とした。
「ハンカチまで光り輝いて見える……」
僕はポケットにハンカチを押し込んで、二人の後を追った。
洗うだけ洗ってまた返そう。
こんな僕が、使っていい代物ではないんだ。
僕たちが通う学校の近くにはお寺があった。
閃光寺という寺だ。
いわゆる観光名所。小高い山の上に建てられていて、そこから海を一望できることで有名だった。
そのお寺の近くにある閃光寺公園が待ち合わせ場所だったんだけど、よほど坂道になれた地元民でもない限りロープウェイを使うのが賢明だろう。
でも、僕の寂しい財布にはそのロープウェイ代でさえ痛手だったというわけだ。
「よしっ、着いた!」
先を行くふたりは神社の鳥居の前で立ち止まった。
僕は、見慣れているというほどでもない鳥居をぽかんと見上げる。
「こんなところにダンジョンが……?」
閃光寺が有名すぎて、あまり注目されることはないんだけど、お寺の近くにはぽつりと神社がある。
お稲荷様を祀ったこの社は、鮮やかな朱塗りの閃光寺に比べると、慎ましい趣きがあって僕は好きだった。
シーズン前の平日ともなれば、観光客もほとんど見かけられない。
敷地内の片隅には古めかしい井戸があった。
星蘭さんによると、普段は鉄板を被せてあるらしい。
なるほど。その周りを雑草が取り囲んでいるため、自力で見つけ出すのはかなり難しいだろう。
「ほんとにダンジョンが? この下に?」
井戸の中で僕の声がぼわんと反響している。
半分突っ込んだ頭を上げると、花火さんと星蘭さんが得意げにうなずいていた。
「わかってるよね? このことは絶対の秘密じゃけえ」
「ええ、まあ。でもこの井戸、真っ暗で何も見えないですね。水はあるの?」
「とっくに枯れてるけん」そう言って花火さんはちらりと井戸を覗き込んだ。「戦時中は横穴を掘って防空壕としても使われてたみたい。その後は農作物とかの貯蔵庫にもされてたみたいじゃけど……」
「そうなんだ。でも、どうしてそんなこと知ってるんです?」
「そんなのなんだってええじゃろ。さっ、早くやるよ!」
「や、やるってなにを⁉」
ぽかんと口を開ける僕の前に、花火さん握り拳がさっと飛び出してきた。
「わっ⁉ なんだよ急にっ!」
反射的に身を硬直させる僕に、「じゃんけんだよ~」と拳を出してのんきに言う星蘭さん。
僕はふたりを交互に見比べて、
「じゃんけんっ⁉ なんのじゃんけん?」
「じゃ~ん!」
「えっ、わっわっ⁉」
「け~んっ‼」
勢いに押されて、ぽんっとパーが出ていた。
見ると、他のふたりはグーだった。
「あっ、勝った……」
「グミ君、見事勝ったね〜」
「……でも、これでどうなるんです?」
「じゃあ、勝ったからグミが先頭ね」
「はい? なんて? せんとー??」
「先に井戸の下に降りて! 異変がないか確認してきて!」
「へっ、異変って?」
なにがなんだかわからず、顎をしゃくれさす僕に星蘭さんが解説を加えた。
「花火ちゃんは虫とか爬虫類が苦手なの。昨日もカエルがぴょんって出てきて、も〜すっごい悲鳴が……」
「わー! そんなこと言わんでえぇじゃろ!」
花火さんは慌てた様子で、星蘭さんの頬っぺたを両手でむにっと挟み込んだ。
その状態のまま花火さんは向き直り、
「とにかく異常がないか、見て来てよ! じゃんけんに勝ったんじゃけえ!」
「…………えぇ?」
なんだか腑に落ちないぞ。
これって勝っても負けても、結局先に行かされるパティーンだったんじゃないの?
でも、ここで不満を言ってもはじまらないよな。
僕は訝しげに花火さんの赤い頬を見つめながら、しぶしぶ井戸に足を突っ込んだ。
石のブロックを積み上げて作られた井戸の側面には錆びた鉄のはしごがかけられていた。見た目は怖いけど、意外にも頑丈そうだ。
慎重に降り進み、一分ぐらいで足が底についた。
うす暗くて何も見えない。埃っぽい淀んだ空気だが外よりも涼しかった。
「ねえー! 何かおるーっ?」
急かすつもりはないんだろうが、花火さんが井戸の上から顔をのぞかせてきた。
まだ下についたばかりだっつの。
「えぇと」僕はスマホを出して、ライトをかざした。「いますねぇ……ちっちゃいカエルが」
「えー? なにーっ⁉」
「カエルいますよ! クモもたくさん!」
「潰して!」
「えっ⁉」
ぴょんっとカエルが僕の腕に飛び乗った。
爬虫類や両生類はそこまで苦手じゃない。昆虫は、場合によるかな。
でも、流石に潰すのはかわいそうだ。かばんに入れて、後で逃してやろう。
「カエルは片付けました!」
「クモも!」
「クモ? でも、ものすごい数ですよこれ! 小さいし害はないから別に大丈夫でしょ?」
ライトを向けると、小さな蜘蛛の塊が光を避けるように、散っていく。
尋常ではない数だ。嫌いではなくても、ゾワッとする。
この数をさすがにこれをカバンに入れるわけにはいかない。かといって潰せる量でもなかった。
「仕方ない」
頭上からそう聞こえた直後、コツンと僕の額に何か当たった。
「イテッ!」
「殺虫剤! それで殺して!」
そこまでするのかと思いつつ、
「ごめんね!」
回転しながら、壁に向かって殺虫剤を振りまく。
結果はある意味良かった。
ばたばたクモが死ぬということはなく、殺虫剤から逃げるようにクモの群れが井戸の出口へ向かって駆け上っていった。
その異様な光景は、まるで黒い煙が立ち上っていくかのようだ。
「きゃっ⁉」
井戸の外から花火さんの悲鳴とドテンと尻もちをつくような物音が聞こえてきた。
「ちょっとグミ! 何するんよっ!」
「だってしょうがないでしょ……」僕は小さく呟き、「でも、もういませんよ!」
そう言うと、花火さんの足がはしごに伸びてきた。スカートが揺れている。
「……見たら殺す!」
「えっ? なんですかっ?」
頭を上げた直後、花火さんの靴が落ちてきて、コツンと額に当たった。
「イテッ!」
「だから上見るなっつの!」
「いてててて。なら先に降りればいいのに……」
「はぁっ? なにか言った?」
井戸自体は三人が入れるほどの広さはない。
でも一箇所だけ、人ひとり通り抜けられるほどの小さな通路があった。
これが星蘭さんの言っていた防空壕とか貯蔵庫へ通じる穴に違いない。
「グミ、クモ!」花火さんは穴の奥を指さしている。
「雑過ぎでしょ、その命令……」
「この先にもクモがいるの……グミ君、お願い」
今度は星蘭さんが手を合わせて、ぺろっと小さく舌を出した。
可愛いと思ってしまう自分が憎い。
どちらにせよ都合よく使われすぎだろ、僕。
「でも……」
スマホの明かりを照らすと確かに、穴は奥まで続いているようだ。
「じゃあ、行きますよ……」
四つん這いになって穴を抜けると、ひんやりした空気が身体を包んだ。
奥には数人が入れるほどの空間があり、案の定びっしりとクモが壁や地面を占領していた。
あらためてぞっとする程の量だ。
気を抜くと身体を埋め尽くされてしまいそうなくらい。
これがホラー映画なら確実にそうなっているだろう。
大量の蜘蛛にたかられて、後に骨だけ残るみたいな演出。でも、人を襲う気配はなさそうだ。
殺虫剤を構えて、
「ごめんよ。どこかに逃げてね……」
プシューっと振りまくと、クモの塊が面白いように大移動をはじめる。
蜘蛛の子を散らすとはこのことだ。
「あひゃあっ!」
穴の外から花火さんたちの悲鳴が聞こえてきた。さすがの星蘭さんも驚いたみたいだ。
「もう大丈夫ですよ!」
咳き込みながら合図を送ると、星蘭さんが顔を出し、次いで花火さんがぶつぶつ文句を言いながら近づいてきた。
「もー、なんであんなに!」
「すごい量だったね」星蘭さんはにこにこしながら青ざめている。「ちょっと不思議」
「不思議ってなにがです?」
「だってここ、そんなに餌になるものなんてあるかなぁ?」
確かにそう考えると不思議だった。
いまは貯蔵庫として使われているわけでもないし、あれほど繁殖する生態系があるようにはとても思えない。
「もしかすると、私たち取り返しのつかないことしちゃったかな?」
薄暗がりの中でも光ってるような色白の星蘭さんが呑気な声で気味の悪いことを言った。
「もうクモの話はやめて!」
花火さんはしかめ面で地団駄を踏んだ。
僕はわいわいするふたりを横目に、スマホで部屋の壁を照らした。
「これって……」
そこに浮かび上がった物体を見て僕は口ごもる。
形容する言葉が思いつかない。
基本的に防空壕の中は土の壁になっている。
だけど、一箇所だけ明らかに人工物のようだった。
そこだけがあまりに異質な外観をしていて、まるで今さっき作られたばかりの物のような真新しさだった。
「もしかしてこれがダンジョンへ通じる扉ですか?」
金属質の光沢がある重厚な扉の表面にカラフルな色使いで幾何学的な紋章が描かれている。
象形文字のようにも見えるし、何か意味ある図形にも見える。
見方によってはどこか顔のようなものも。
なにより気になるのは、扉の縁のところにびっしりとおふだが貼られていることだった。
「ねえ、どう思う?」
花火さんが顔を向けた。
「どうって……」と口ごもってから僕は、「ほんとに入っていいんですか、これ。おふだ、なんかすごく祟られそうですよ?」
「そんなこと言ったって、先に進むしかないけえね」
「しかってことはないと思うけど……」
僕はごくりとツバを飲み込み、もう一度扉を見つめた。
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