【連載小説】放課後、ダンジョンへ行こうよ【第6話】

【第6話】初勝利


 神社にある神木の陰でジャージに着替えた。

 流石に制服のままでは汚れてしまいそうだ。かといって、家に帰っている時間もおしい。


「そろそろいいかな……」


 神木の陰から顔を出すと、ふたりの姿が見えた。グッドタイミングで着替え終わったみたいだ。

 スカートの下にカラーレギンスの出で立ち。花火さんが燃える様な赤で、星蘭さんは目に眩しい黄色だった。


 相変わらず本当に同じ人間かと思うようなスタイルの良さだ。

 モデルみたいにすらりと、でも筋肉質で引き締まった体の花火さん。星蘭さんは、もはやどこに目をやっていいのかわからないような、長身グラマラスな体型をしている。


「あっ、グミ君。どうしたの? こっちおいでよ」


 星蘭さんは手招きをしてくれたけど、そうやすやすと近づくのにためらってしまう。

 眩しすぎる存在に勇気がでないというのも理由のひとつだけど。


 いまだに頭が混乱していた。


 だって学園が誇るアイドル。

 彼女たちと行動をともにしているってのがどうしても信じられない。


 まさか騙されているのかな?

 それか僕はただの都合のいいコマ?


 半信半疑の気持ちは、あれからずっと一進一退を繰り返している。


「グミくん、どうかした?」


 なにか察したのか、星蘭さんが僕の前に顔をのぞかせた。

 ついに僕は萎えそうになる気持ちを振り絞り、抱えていた疑問を口にした。


「昨日はどうして……僕を先頭に立たせたんですか?」


 正直、バカにされるのは目に見えていた。

 これまでの経験上、損な役回りをさせられるのは決まって僕だったからだ。

 でも、こんな僕にだってプライドくらいある。いくら相手が学園のアイドルだからって、使い捨てのコマにされるのはゴメンだ。

 そこんところをはっきりさせたかったのだ。


 だけど予想に反して、星蘭さんと花火さんはぽかんと口を開けていた。

 お互いの顔を見合わせたりしてから花火さんが先に切りだした。


「だっていきなりモンスターとかトラップとか出てきたら怖いけぇ……」


 今度は僕がぽかんする番だった。

 なんかズレてる? 

 それともズレてるのは僕か?


 ともかくなんてストレートな答えなんだ。

 単純明快。すごくわかりやすい。

 嘘をついているようにも見えないし、何か隠しているようにも見えなかった。


「へぇ、まぁ。そりゃ、怖いですよね……」


「だよねえ。グミ君も怖いよね」


「まぁ……いやでも! とにかくあんなモンスター出るって聞いてないですよ! 青くてぷるぷるで人型で、なんなんですか⁉」


 すると、花火さんも口を尖らせ、困ったような顔をした。


「そんなこと言われても、うちらだって聞いてないから……」


「あんなモンスター出るって知らなかったんですか?」


「最初にここに来たときは、すぐに引き返したけえ。出てくるモンスターなんてダンジョンによって違うやろうし……」


「でも、ゼリー状の人間なんてそんなのありえます? そこはスライムだろって思うでしょ?」


「うちらだって知りたいよ。ほんとなんなんよ、あいつ。気味が悪い」


「そうですよ! 本当に気味が悪い!」


 気づくと盛り上がっていた。

 あれ? っと思った。おかしいぞ。なんだか意気投合している気がする。

 でも喧嘩するよりはいいのかな?


 僕はもうよくわからなくなっていた。

 ふたりとも邪念とかそんなんじゃなく、素直な気持ちで僕に先頭を任せたのは間違いなさそうだったからだ。


 よく言えば、頼りにされた。

 そんな感じがした。今まで人に頼られたことなんてあまりなかったから、ひどく新鮮な感覚だった。


「はいはいっ!」花火さんが勢いよく挙手をした。「じゃあ、あいつの名前はゼリーマンってことにしよう」


 花火さん、安直だ。でもそれがいい。


「私はさんせ~い」と星蘭さんの反応も上々だ。


 僕は難しい顔で、数秒ほど沈黙を作ってみた。

 ふたりがちらっと僕の顔色をうかがうのを確かめてから、渋々といった感じで咳払いをする。


「僕も賛成です。まずはゼリーマン討伐が最初の目標ってことにしましょう」


 とりあえずふたりに悪意があるようには見えないし、僕が気絶した時も真っ先に助けてくれたんだ。今のところはそれで良しとしよう。

 それに二人はちょっとだけ反省してくれたみたいだった。


「グミ君、私たちの勝手で盾にしちゃってごめんね」


「い、いや……別にいいんですよ……」


「うちも悪かったよ。だから今回は公正にじゃんけんしよう」花火さんが拳を出した。「負けた人が先頭。それでいいでしょ?」


 僕はここに来て考え直した。

 逆に、出合い頭にいきなり顎を殴打される彼女たちを見たいかというと、まったくもって全然そんな趣味は僕にない。

 やはり僕が盾役に徹するのが妥当だということだ。美少女たちを守るって響きもいい。


「その必要はありません。やっぱり僕が先頭になりますよ! ワン・ツーフォーメーションで行きましょう」


 どういう風の吹き回しかと思われたんだろう。ふたりはさらにぽかんとしていた。


 ※


 今日は昨日よりも慎重に歩みを進めた。ふたりを後ろに隠すように両手を広げながら。

 多分、そのへんてこな構えに意味はなかったと思う。


「こんなことなら」


 僕がそう言いかけた直後だった。

 ぺたり、と粘着質な足音が、一寸先の曲がり角から聞こえた。


「ぐ、ぐ、ぐ、グミーマン! で、で、で、出た⁉」


「落ち着いて、花火さん! 言いたいことが混ざってます。グミーマンはどちらかというと僕っす!」


 ぺた、ぺた、ぺた。


 僕らの前に現れると仁王立ちになるゼリーマン。透明な青い身体はソーダ味のスイーツみたいに涼しげで、相変わらずぷるぷるしている。

 しかしここに来て気づく。

 肝心の倒し方を考えてなかった。

 ゼリーマンだなんて名前決めて満足していた僕らは実にアホだ。


「グミ君!」背後の星蘭さんが叫んだ。


「は、はいっ⁉」と悲鳴まじりに応える。


「お願い、最初の一撃を耐えて! そしたらこっちでなんとかするから!」


「な、なんとかって……」


 しかし、それは僕が考えるべき問題ではない。

 とにかく初撃を耐えるんだ。

 僕は学生鞄を胸の前に構えた。吹き飛ばされても受け止めてやる。


「キューーイッ!」


 ゼリーマンの鳴き声。それと同時に長い手がしゅるると伸びてきた。

 軌道は目で追えない。でも、顔のあたりに来ることはわかった。


「ぐわっ!」


 受け止めた! 反動で鞄が顔に激突して、さらに身体ごと後方に吹き飛ばされてしまったが、なんとか!


「私が!」


 僕の横を星蘭さんが駆け抜けていくのが見えた。

 一筋の光明。しかし、駄目だ。ゼリーマンのもう一本の手が星蘭さんを襲った。

 べちんと弾き飛ばされる星蘭さん。


「きゃっ⁉」と地面をごろごろと転がった。


「星蘭さん!」僕が叫んだ刹那。


「うちに任せて!」


 花火さんは既にゼリーマンの懐に飛び込んでいた。星蘭さんの陰に隠れて接近していたのだ。


「でええええええいっ!」


 振りかぶった鞄がゼリーマンの腹に直撃。ばしゃっと水しぶきのような音がして、ゼリーの欠片が壁に飛散した。

 それでも致命傷ではない。

 花火さんはそのまま鞄を放り投げ、素手でゼリーマンの頭を掴んだ。


「おりゃあ!」


 そのまま押し込み投げつけるように敵の頭を壁に叩きつける。


 バシャッ!


 水風船を割ったように、ゼリーマンの頭部が砕けて弾け飛んだ。


「キュゥゥゥ…………」


 倒した。すぐにその身体はぐったりと力なく溶けていった。

 初のモンスター討伐だ。でも、なかなか実感はわいてこなかった。


「はあ……はあ……はあ……」


 僕たちは力が抜けたように、ぺたりと地面に崩れ落ちた。呆然自失で息を整えていると、


「うわ~、べっとべと……」


 ゼリーまみれになった花火さんと目が合った。


「さんきゅー、グミ」


 花火さんがにこっと笑う。

 なんだか照れくさい。

 目を逸らすように星蘭さんを見ると、


「グミ君、花火ちゃん、ありがとう」


 赤く腫れた額を手で押さえながら彼女も微笑んでいた。

 それから美少女ふたりは勝利の達成感を味わうように、しばらくの間互いに目を合わせていた。


「そういえばグミさ」と花火さんが口を開いた。「こんなことならって言いかけてたよね」


「あぁ、そうでした!」


 僕は顔を上げ、ぽんと手を合わせた。

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