【連載小説】放課後、ダンジョンへ行こうよ【第8話】

【第8話】武器を選ぼうよ


 ホームセンターでの買い物を終えた後、なんと! 星蘭さんの家にお邪魔することになった。

 もちろん女の子ん家の敷居をまたぐなんて初めての経験だったわけだけど、驚くべきはそこではなかった。


「これが星蘭さんの家……?」


 目を見張るほどの大豪邸、大屋敷だった。

 なんとなく西洋人形のように華やかな顔立ちからの勝手な想像で、リゾートホテルばりの高級マンションに住んでいるようなイメージを抱いていたが、実際は江戸時代から続く名家のような純和風の屋敷だった。


 門をくぐると和服を着たお母さんが出迎えてくれた。高校生の子を持つ母親とは思えないぐらい若さと美貌。気品あふれる和風美人といった感じ。

 顔立ちとか似てないわけではないけど、星蘭さんとテイストはかなり違う。


「さあ、上がって。こっちだよ~」


 星蘭さんはやたらと長い廊下を迷うことなく進んでいく。

 自宅なんだから当たり前か。

 しかし、ひとりで帰れと言われたら遭難してのたれ死ぬ自信ある。


「ここが私の部屋〜」


 うむ。ばっちり予想はしてたが広い。

 僕の住む安アパートよりもずっとだ。

 たぶんここのトイレの方が僕の家より大きいだろう。

 僕はほんとにここに居てもいいのだろうか。

 なんだか場違いな気がして不安になる。


 部屋に入るなり使用人と思しき女の人が冷たい緑茶とお菓子を持ってきてくれた。

 完璧なタイミングだ。


「さて、作戦会議といきますか」


 花火さんは何度も遊びに来ているらしく、さすがに慣れた様子だった。

 というより、もう少し恐縮した方がいいんじゃないかってくらい、くつろぎすぎ。

 はやくもお菓子に手を出している。


 しかし、星蘭さんは一拍子おいてから、


「作戦会議もいいけど、その前に誓約書を作ることにしましょ」


 らしからぬ言葉に、僕と花火さんは顔を見合わせた。

 星蘭さんは構わず続ける。


「ダンジョン探索をはじめてから、ずっと気になってたのよね」


「それって誓約書のことが?」


「いくら仲良しでも、お金とか取得物とかに関してはきっちりしておきたいもの。後で揉めることがないよう、約束事は先にしておきましょう」


「それは確かにそう思いますが……」


 星蘭さんはどこからともなく習字セットを取り出してきた。そして、あらかじめ内容を考えていたと思われる、メモを読み上げ出した。


「ダンジョン関連で取得したお金は、プール資金を除いて、三人で完全に山分けすること!」


 今さらながら、そっかと納得。

 ダンジョンでモンスターを倒すことばかり考えていたけど、世の中には探索でお金を稼いでいる人間もいるのだ。

 宝物を得たり、素材を売ったり、なんらかの手段で金銭を得ることは今後でてくるはずだ。


 つまり今日の買い物は初期投資。

 今後、大きなリターンを得ることだって少なからずあるということだ。


「次にダンジョンにおける取得物は共有の財産とします! みんなの同意なしで売ったりしないこと! いい? 花火ちゃん! 勝手にお金も使っちゃだめだよ!」


「わ、わかったよ……さっきはごめんね……」


「ありがとう。他にも細かい部分があるから、このメモしっかり目を通してくれるかな」


 僕と花火さんはそのメモを回し読みしてから、


「公平だし、発展性があってすごくいいと思います」


「ありがとう、星蘭ちゃん」


 内容に異論はなかったけど、普段のほんわかした星蘭さんとは別人みたいだった。

 ちゃっかりしている。

 頼もしい限りだ。


「この家を建てたおじいちゃんはね。会社をいくつも持ってるような人だったの。多くの人に慕われてたんだけど、その分すごくお人好しで、簡単に騙されちゃうような人だったんだ。最期には会社や財産はほとんど騙し取られちゃって、今はこの家だけが残ってる感じ」


 星蘭さんは紙に清書をしながら、そんなことを話してくれた。この話は花火さんも初耳らしく、珍しく真剣に耳を傾けていた。

 同情するわけじゃないけど、学園の人気者も裏では様々な思いをしているんだ。

 月並みだけど、新たな発見だった。


「よし、完成!」


 早速、出来上がった紙に僕たちは指印を押していった。


「これで正式にパーティー結成じゃね」


「パーティと言えばどんな名前にします? 登録関連のことも全然知らないんですけど」 


「私もよく知らないかも。何か組織みたいなものがあるのかな?」


「うちはまだ非公式の活動でもいいと思うけど。登録とか面倒だし。公開したら探索者がいっぱい来るってことじゃろ?」


 話しながら僕はスマホでダンジョンに関する情報を集めることにした。


 ある個人サイトの記事では、世間ではじわじわと密かなダンジョンブームの萌芽が見られつつあると書いている。

 大小さまざまなギルドが乱立し、群雄割拠の会員獲得戦争が起きてるとか起きてないとか。


 これ本当かな? 町を見ても、そんな感じはしないし。だからこその密かな兆しだったりするのだろうか。

 でもダンジョンに関する情報が増えつつあるのは間違いなさそうだ。


「このtwitter、『@uwasorasozoro』って人の見てください。SNSで探索日記を書いているみたいですけど、この人はモンスターからドロップするグミを食べて強くなっているみたいです。他にも微妙にダンジョンの仕様が違うっぽいなぁ」


 また別の考察サイトでは、ダンジョンはそれぞれ固有のシステムを有しているらしい。


 成長システムやアイテムドロップ、仕掛けなど、ダンジョンによってユニークな違いがあるとか。


 特に成長システムは最初に入ったダンジョンによって固定されるというのは、特質すべき情報だ。

 最初のダンジョン選びは慎重にと書かれている。


「うっそ。もう入っちゃったじゃんよ」


「まぁ、仕方ないですよ。他に選択肢があったわけでもないんですから」


「それもそうだね〜。それよりどんな成長システムなのか気になるな〜。最初に身体が光って、あれが要するに認証されたってことだとしたら、既になにか変化があってもいいと思うの」


「でも、倒したのはゼリーマン一体だけですからね……」


「おっしゃ、この後はダンジョンに行くので決まりじゃね!」


「花火ちゃん、その前にパーティの名前を決めようよ」


 半刻ほど、ああでもないこうでもないと意見を出し合ったが、結局名前は決まらなかった。

 この件はとりあえず保留にすることにした。


「そういえばおじいちゃんの話してる時にふと思い出したんだけど」


 星蘭さんが名案という風にぱんと手を叩いた。


「おじいちゃんのコレクションがあったんだ」


 星蘭さんの家の敷地内には、かなり歴史を感じさせる蔵があった。漆喰で塗り固めた、いわゆる土蔵というやつだ。

 鍵を開けて中に入ると、脳が混乱するくらい乱雑に積み重ねられた骨董品の山が目に飛び込んできた。


「これ全部、生前に集めた物だよ。おじいちゃん、集めるのは好きだけど管理するのが苦手でね。私たちも整理に手を焼いて、結局蔵の中にほったらかしにしてたんだ〜!」


「なるほど!」花火さんが目を輝かせた。「これを売って資金に……」


「違いよ〜! ちょっとおじいちゃんに武器を借りようってこと!」


「え~、どうせほったらかしにしてるんでしょ?」


「おじいちゃんにはよく自分で汗水流して働けって教えられてたの。遺品を売って小金を稼ぐなんておじいちゃんがゆるしません!」


 星蘭さんがバイトしてるってのもそういう理由からなのかもしれない。それでいて成績は学年トップなのだから努力家なのだろう。


 とはいえ、僕も花火さんと同じ考えをしていたから耳が痛かった。だって、遺品の山の中には金やら銀やら宝石やらの装飾品や見るからに価値のありそうな壺とかもある。

 ダンジョン探索に一攫千金の夢見る必要なんてなさそう。ひょっとするとそんなレベルだ。


「これカッコいい!」


「花火ちゃん、これは?」


 わいわいと遺品を物色するふたりを見て思った。ダンジョンに何を夢見ているのかはそれぞれ違うんだ。それが具体的に何かはまだわからないけど。


 僕? 僕はなんだろう。三人で騒いでいるだけのことが、いつの間にか楽しいと思い始めていた。


「やっぱりうち、この刀がいい!」


 花火さんが山に埋もれていた立派な日本刀を取り出してきて、すっと抜いた。

 どうみても本物だ。


「わっ、花火さん危ないっすよ!」


「でも危ないから敵を倒せるんじゃろ?」


「それはそうだとしても、見るからに使い慣れてないのに……」


「大丈夫! 戦いの中で成長するタイプじゃけん、うち」


「でも花火ちゃん、八千円もしたあの軍用シャベルはどうするのぉ?」


「あぁ……それは、ええと……そうだ! グミ、どう? どう、グミ?」


「どうって言われても……」


 結局、強引に押しつけられる形で軍用シャベルが僕の武器になってしまった。

 とはいえ、軍用シャベルは扱いやすいし、運動音痴の僕にはちょうどいい。

 それに盾という重大な役割が僕にはある。


「よし、これも別で借りることにします!」


 土蔵の壁にたてかけられていた西洋風巨大木製シールドをメインに使い、軍用シャベルは背にしょってサブウェポンにすることにした。


 花火さんは、銘の入った日本刀。

 星蘭さんは、近中距離武器の短槍に決まった。

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