【連載小説】放課後、ダンジョンへ行こうよ【第7話】
【第7話】探索道具を揃えよう!
時計を見る。
正午を少し過ぎていた。
今日は土曜日。
久々の休みという感じがする。
このところ探索続きで、筋肉痛が絶えない日々が続いていた。
「いててて……」
僕は腰に手を当て、木の葉々から漏れる痛烈な日差しを見上げた。
夏休みが近づいている。
日増しに蝉の声は盛んになっていた。
いつも大した思い出に残らないような夏を過ごしてきたけど、なんだか今年は違うような気がする。単なる勘なんだけどさ。
「あれ? 父さん?」
待ち合わせ場所は、尾道駅の近くにある商店街の入口付近だった。
行き慣れた場所、見慣れた風景でなんのことはないと思っていたけど、ふと父親の姿を見かけた。
父親はちょうど反対側の道を歩いていた。
僕の存在に気づくこともなく、そそくさと駅の方へと向かっている様子だった。
「こんなとこで何やってんだろ」
おかしな気がした。
今日はゴルフの打ちっぱなしに行くと言って、僕より少し前に家を出たはずだ。
ゴルフならわざわざ電車を使うまでもない。練習場なら車で十分かそこらの場所にある。
「まさか嘘ついたのか?」
それに着ている服もなんだかいつもより、気合が入っている気がする。
「う、浮気……はっ」
ぱっと浮かんだ言葉に、自らソッコーで笑ってしまう。
まさかね。だって僕の父親だぜ。
そんなことする根性なんてないに決まってる。
そもそも相手してくれる女性がどこにいると言うんだろうか。
無駄な心配だな。
先を急ぐことにしよう。
※
「ごめんごめん!」
待ち合わせ場所に行くと、既にふたりが待ち合わせ場所にいた。
ふたりとも休日ファッション。
新鮮だ。
花火さんはキャップにホットパンツと、どこかボーイッシュな雰囲気。
星蘭さんはふわふわお姉さん系。それに加えて、珍しく髪をおろしておでこを隠していた。
両人、とんでもなく輝いてる。道行く人の熱い視線を感じる。
二人に向けられる熱い視線と……勘ぐるような疑いの視線。
「おい、あのかわいい女の子と一緒にいる冴えない男はなんだ?」
「アイドルとそのマネージャー的な?」
このささやきは幻聴か?
いや……現実だよな。
次からは母親に買ってもらったジャコスの服じゃなくて、いっそ制服で来よう。
「よしっ」
「なによ、その後ろ向きな『よしっ』は」
「なんだか諦観に満ちた『よしっ』だったね〜」
「あはは……聞こえてました?」
「そんなことより、友達にダンジョンのこと話してないでしょーね?」
会って早々、花火さんがプレッシャーをかけてきた。
僕はぶるりと首を振りながら、
「言わないですよ。僕でさえ口封じに殺されかけたのに……」
「それは賢い選択だね〜」
のほほんと笑う星蘭さんは、逆にマフィアのボスみたいな余裕があって怖い。
「いい?」花火さんは人差し指を突きつけてきた。「もう一度言うけど、誰にも言っちゃだめじゃけんね」
重々わかってる。でも、正直なところ、マサキになんて説明すればいいんだろ。
陰キャの中の陰キャが学園のアイドルと行動を共にするもっともらしい理由ってなんだ?
どうしたら納得してもらえるんだろ?
しかし、今ここで首を縦に振らないで、海に沈められるのも避けたい。
「い、言わないですよ。三人だけの秘密です」
ふたりはこの返事にご満悦のようだった。
「わかればよろしい!」
「物分りのいい子は好きだよ〜」
やれやれ。うまい言い訳、じゃなくて理由を考えとかないとな。
さて、我々が集まったのには明確な理由がある。わざわざ親睦を深めるための集会を開こうというのではない。
無論、楽しいデートなわけでもない……。
ダンジョンを安全かつ確実に探索するには周到な準備が必要、というわけだ。
これまでの僕たちは、あまりに行きあたりばったり過ぎた。
「みんな、自由に使えるお金ってどれくらい?」
花火さんが最初の議題を出した。
アスファルトも溶けそうな炎天下の中、尾道駅を北へ進んでいる途中のことだ。
「僕は五千円ですね。昨日お小遣い貰ったばかりだから……」
「私は出せて二万円かなぁ。これでもアルバイトしてるからね〜」
星蘭さん、意外だ。ちなみにお弁当屋さんでバイトをしているらしい。さらに意外だ。
「……うちは三百円(ぼそっ)」
僕がほうほうと星蘭さんのバイト裏話に感心してる間に、花火さんがぼそりと何か言った。
「あれ、花火さん何か言いました?」
「花火ちゃんの所持金は三百円なんだって〜」
「さっ、さんびゃくえんっ⁉」
小学生のお小遣い並みだ。花も恥らう女子高生がこのご時世三百円で生き抜けるわけがない。
「いや、はははっ。だってここ最近は暑いけぇね。ジュース飲むじゃろ、アイスは一日三個は必要じゃけえ……」
「日にアイス三個⁉」
「でっ、でも、もうすぐお小遣い貰えるけえ! そしたら三万じゃけえ!」
「えっ、結構な金額っすね。でも、まさかそれ……全部ジュースとアイスに消えてるんじゃ……」
「………………」
花火さんが眉の下に黒い影を作って、汗をだらだら流している。
あっ、駄目だこりゃ。
絶対ハーケンタッツ食べてるこの子。
しかし意外な一面だ。豪放磊落というか。
こんなに金遣いが荒い人だと知れたら、幻滅する男子も多いんじゃないだろうか。
「が、ガリガリ君四つか、ハーケンタッツ一つかで迷ってるんよ……」
「なんのカミングアウトっすか。これからホームセンターで探索に必要なものを揃えようって時に。なんで有り金全部アイスに使う気でいるんです??」
そう。我々はホームセンターに向かっていた。必要な物がなんでも揃うと言えばホームセンターと相場が決まっている。
「暑いよぉ。アイス食べたいよぉ」
「まったく花火ちゃんは計画性がないんだから。ここは私が五千円貸すから、それでひとり五千円ずつプールしたことにしよ〜か」
つまりみんなで同額出し合い、必要な道具を揃えようというわけだ。
✔ メモ帳 100円
✔ 懐中電灯×3 1500円
✔ 高輝度白色LEDランタン 3200円
✔ 虫よけスプレー 500円
✔ アイス×3 200円
✔ 多目的軍用折りたたみシャベル 8000円
※下二桁四捨五入
「だれっ⁉ 勝手に軍用シャベルなんて買ったの⁉」
レジを通った後、星蘭さんが突然怒りだした。
いつもほんわか笑顔の星蘭さんが目を吊り上げている。
「グミ君なの⁉」
「えっ、勝手にそんなもの買わないですよ! 盾にしようと思ったアクリル板でさえ我慢したんですから」
当初の予定では巨大シールドとして鉄板が欲しかったが、十分な厚みと大きさがあるものは到底買える値段ではなかった。じゃあと思って探したアクリル板も二万は超えていて泣く泣く諦めたのだ。
検索したところ、警察で採用されているライオットシールドがオンラインショッピングサイト・アマゾネスで一万円以下なので後でふたりに頼もうと考えたところだ。
しかしなぜ軍用シャベル。
そもそも、そんなものが存在することも知らなかった。
とにかく星蘭さんがこんなに顔を赤くして怒るとは思わなくて、やはり意外だった。
「じゃあ……」
星蘭さんはゆっくりと花火さんの方へ顔を向けた。
彼女はこちらに背を向け、既にガリガリ君を食べ始めている。
絶対あの子だ。っていうか他にいない。
「花火ちゃ~ん」
妙に甘い星蘭さんの呼びかけ。
ロボットみたいに不自然な動きで振り返る花火さんの顔は既にひきつっている。
それから聞いてもいないのに言い訳をはじめた。
「いや、あの、あはは……だって軍用シャベルが凄い万能だってこの前動画で見たんよ。最後の一個でもう売り切れると思ったし……それに武器はぜったい必要じゃろ?」
「武器は後で考えようって言ったじゃないのっ!」
「ひいっ」
「その場の思い付きで買っちゃだめでしょ! 大事な一万五千円がもうなくなったじゃない! これから色々必要なものだって出てくるのに!」
「ちゃんと使うからー(T_T) 最後まで面倒みるからー(T_T)」
「だめです! 元の場所に返して来なさい!」
捨て犬を拾ってきた子どもとそのお母さんかな?
とにかくも。このちょっとした問題は次の僕の言葉で収束することになった。
「まあまあ。さっきは自由に使えるお金って訊かれたんであれでしたけど、実は僕もう一万円持ってるんですよね」
「えっ、いいの? サンキュ、グミ!」
「花火ちゃん!ヽ(`Д´)ノ」
「大丈夫ですよ。出資ということで、とりあえず僕が一万上乗せするんで。また後ほどふたりにも出してもらえれば同じことじゃないですか?」
「グミくんの気持ちはありがたいけど、そういうことでは……」
「でも、万能なんですよね? そのシャベル」
「そう!」花火さんは目を輝かせた。「掘る、突く、切る、叩く。だけじゃなくて、缶切り、栓抜き、料理やちょっとした盾としても……」
「それはどうなんだろ……」
星蘭さんの反応はいまいちだけど、僕には直感的に惹かれるものがあった。
「決まりです! それで行きましょう!」
この時、まさか自分がこのシャベルに命運を左右されることになろうとは思いもよらなかった。
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