【連載小説】放課後、ダンジョンへ行こうよ【第9話】

【第9話】ステータスを確認しようよ


 木製とはいえ、巨大な盾を背中に担いでの移動は想像以上の労力だ。

 山頂に着くころにはもうへろへろ。

 これが鉄の盾だったらと思うと……考えるのもいやだ。


 それに道行く人の視線が痛い。

 これも大きな問題だ。

 ふたりのように刀と短槍を包むちょうどいい布なんかないし。

 とはいえ、途中でお巡りさんに声をかけられでもしたら、まとめて補導案件なのは確実だ。


「この調子だと井戸の下のところに保管した方がええね」


 花火さんの意見には賛成しかない。

 こんな重くて怪しげな物、毎回持ち運べるわけがないんだ。


「武器はそれでいいとして、防具はどうします? 来るたびに少しずつ運ぶようにしましょうか?」


「問題はそれよね。防具の方はどうも古風というか使い難そうなんよねぇ」


「それは私も認めるけど……」


「確かに戦国時代の鎧とか、騎士の甲冑はダンジョンではあまり実用的じゃない気もしますね」


 なんにせよ、ここで考えていても仕方ない。防具の問題は後々考えることにした。


「はい、グミくん。虫よけスプレー」


 星蘭さんが噴射口を向けてきたので、僕は目をつぶり、その場でくるくる回った。

 心配していたクモは、すっかり居なくなっていた。

 初日の殺虫剤が効いたのだろう。


 ダンジョンの扉の前で、僕は腰に懐中電灯を装着。後衛の花火さんは高輝度ランタンを片手にぶら下げた。

 前衛である僕は咄嗟に防御の構えを取る必要がある。敵が現れたら僕が盾を構え、後衛はすぐにランタンを置く。

 スムーズに戦闘態勢に入れるわけだ。

 準備ができた後、いつものように僕がひぃひぃ言いながら扉を開けている間、星蘭さんが懐からある物を取り出した。


「さあ、さっそくメモ帳の出番ね~」


「そういえば、それって何に使うん?」


「そんなのマップを作るためだよ」星蘭さんはのほほんと言った。「ほら、ちゃんとマス目が入ってるでしょ。同じ場所で迷いたくないもんね~」


「さっすが星蘭ちゃん、ちゃっかりしてるぅ!」


 二人が和気あいあいと話している間、僕はやっとこさ扉を引きずり開けた。

 またしても礼を言い忘れたのか、後から言うつもりなのかはわからいけど、花火さんが涼しい顔で僕の横を通り抜けていく。


「あっ、待って! 花火ちゃん!」


 さすが星蘭さん、僕への感謝がないことに気づいてくれたのか。

 なんてぬか喜びをした瞬間だった。


「えっ⁉」


 短く小さな驚きの声をもらした直後、花火さんがぺたんとその場に尻餅をついた。


「ゼリーマン!」星蘭さんが叫んだ。「こんな入口で⁉」


 咄嗟に顔を上げた僕の視界に、爽やかな青い色が揺れる。


「花火ちゃんよけてっ!」


「ピューーーーイッ!」


 違った。星蘭さんの読みは外れた。ゼリーマンは僕たちを襲うのでなく、


「とっ、跳んだ⁉」


 まるで陸上選手がハードルを跳び越えるみたいな華麗なジャンプ!

 地面にぺたった花火さんの頭上を越え、星蘭さんを弾き飛ばし、ダバダバプルプルと井戸のはしごに向かって駆け出したのだ。


「グミ君! 追うよ!」


 星蘭さんは体勢を崩しながらも、既に駆け出していた。

 呆然としてる暇はない。

 僕もすぐに駆け出した。


「ピューーーーーーイッ!」


 ゼリーマンはぷるぷると素早くはしごを上っていく。まるで蛇がうねうねと蛇行するようにはしごの表裏を交互に這う感じだ。

 これがめちゃくちゃ速い。


 だけど星蘭さんも速い。はしごに足をかけ、するすると登っていく。めちゃくちゃパンツ見えているけど、惜しいことに僕の頭は混乱してて堪能してるどころではなかった。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」


 僕もなんとか地上へと出た。

 ゼリーマンはプルルンと全身震わせながら木々の間を走り抜けていく。


「グミ君、どうしよう…」


「行きます!」


 なにかにつけて運動音痴な僕だけど、足だけはちょっとばかり速かった。特に障害物競走とか小回りで競う種目に強いのは自慢だ。

 木々にぶつかりながら進むゼリーマンに対して、僕は正確最短のコースで相手を追い詰めた。


「捕まえたぞ!」


 最後はジャンプしてゼリーマンの足元に飛び込んだ。

 前のめりで倒れるモンスター。ばしゃっと地面に頭をぶつけ、ゼリーを飛び散らせながら絶命した。


「なんとか、やりましたよ。星蘭さん」


「すごいよ、グミくん」


 星蘭さんは顔を青くしながら息を切らしていた。


 それから僕たちは茫然自失としたまま花火さんのところへ戻った。

 花火さんはまだ尻餅をついたままだった。口をぽかんと開け、目が点になっている。


「花火さん、大丈夫ですか? 他のゼリーマンは出てきました?」


「ううん……大丈夫。さっきのあいつは?」


「なんとか」僕は肩で呼吸を繰り返しながら、「あんなことってあるんですね……」


 たぶんみんな同じことを考えていた。

 あのままゼリーマンが街に出没してたらどうなっていたか。

 今回は最悪の事態を回避できたけど、次はわからないぞ。


「やっぱり、大人に知らせるべきなのかな」


「そんなの、危ないから止めろって言われるだけじゃん!」


 ヘコんでいる星蘭さんの弱気な発言に、少しムキになって反発したのは花火さんだった。

 僕もおそらく星蘭さんも、そういってくれるのを心の中で願っていたのかもしれない。


 ダンジョンというこの夢を、僕はもう少しだけ見ていたかった。ここまで来た以上、立ち止まりたくはない。その思いはみんな同じだったんだと思う。


「次は細心の注意を払いましょう。扉を開ける時も気を抜かずに!」


 ふたりがこんな僕の言葉をすんなりと受け入れてくれたのがその証拠だと思う。

 だからこそ、どこかで僕たちは甘かったんだ。

 ダンジョンの存在が日常に浸透していくように、忍び寄るその脅威にも、僕らはまだ無頓着だった。

 でも、それが尾道を少しだけ騒がす事件に発展するのはまだもうちょっぴり後のことだ。


 ※


 みっちりと実践を重ねた事で、ゼリーマンとの戦いにも慣れ始めた。


 敵に遭遇したら、まずは僕が盾を構える。初撃を防ぎ、隙が生まれたところで、花火さんが刀で敵の腕を切り落とす。残りの片腕から繰り出される攻撃も同じ要領で対処。

 両手を奪うと同時に星蘭さんが間合いを詰め、ゼリーマンの頭部に槍の一撃。それでフィニッシュだ。


 ゼリーマンの頭部の中には、他の組織より少し硬くてぶにぶにした丸い核があり、色が若干濃いので目を凝らすと見分けることができる。僕たちはこれをコアと名付け、破壊するか身体から完全に離れると一撃で死ぬことを発見した。


 十体ほど倒すころには、自信が出てきた。

 みんなの息もぴったりだ。


「マップも埋まり始めたし、そろそろ先に進む頃合いじゃない?」


 僕と星蘭さんはうんうんと頷いた。

 星蘭さんはメモ帳に記したマップを見ながら、


「ひとマスを1メートルとすると、ワンフロアはだいたい100メートル四方の正方形状になってるみたいだね〜」


「それって広いんかなあ、狭いんかなあ。ようわからんね」


 世間の学生たちが輝かしい青春を謳歌している間、愚直にゲームをしてきた僕の見解を述べる出番が来た。

 僕は咳払いをして、


「これがゲームなら、下層に行くほど広くなるところです。これから罠とか食べ物の問題も考える必要が出てくるかもですね」


「なるほどねぇ。でも、肝心の階段ってまだ出てきとらんよね」


「マッピングが正しければ、この道の先にまだ踏み入れてない大きな空間がありそうだよ〜。私の予想ではそこに階段があるはず」

 

「ゼリーマンうじゃうじゃのモンスターハウスだったりして……」


「グミ、笑えん冗談やめといて」


 細い道を抜けると、星蘭さんの予想通り、だだっ広い部屋に出た。

 しかし階段らしきものは見当たらないし、モンスターの気配もなかった。


 ただ、部屋の中央に台座のような物があることに気づく。

 観光地にあるような案内板によく似ていた。


「なんじゃろ、これ。まっさらじゃん」


 地図でも書いてるのかと思ったが、何も書かれていない。単なる板のようだ。

 そんなわけ、とよく見ると台座の端っこに手形のようなものを発見した。よく浅草とかの町中に映画スターのレリーフがあるが、それに近い。


「くぼんでるけど手をはめるのかなぁ?」


「でもよく見てください。これ三本指ですよ。人間じゃない……?」


「簡単よ。こうすればええんじゃ」


 花火さんが勢いに任せて、手形に手を当ててしまった。人差し指と中指、薬指と小指を合わせてはめこめば、確かに手形にはまる。


「わっ、ちょっと、花火ちゃん!」


 慎重さに欠けたその行為を、星蘭さんが止めようとしたが遅かった。


「うっ、あつ!」


「花火ちゃん、大丈夫⁉」


「いや、うん……えぇと、ちょっと温かくなっただけだった」


 ほっと息をつく間もなく、台座が青白く発光をはじめた。

 同時に花火さんの身体も光りだす。

 僕がダンジョンにはじめて足を踏み入れた時と同じ光だ。


「グミ、星蘭ちゃん、見てこれ……」


 花火さんが台座をくるくる指差した。

 台座の面に青白く文字が浮かび上がる。

 それだけじゃない。3Dでディフォルメチックにモデリングされた花火さんと思しき画像まで表示されていた。

 全身がひと昔前のゲームのような荒いポリゴンになって、それがゆっくりと回転している。


「もしかしてこれ、ステータス画面ですかね」


「でも、なんて書いてあるかわからないよね」


「待って……うち、読めるよ……」


 どうやら手形に手を当てた当人だけが、この古代文字だか地底人文字だかエイリアン文字だかを読めるようになるみたいだ。



【名前:花火】


称号:かけだし探索者

二つ名:無類のアイス好き


レベル:1


スキルポイント:0


ジョブポイント:0


装備品:基本の日本刀


???:???

 


 ニュアンスに微妙な差はあることを断った上で花火さんはおよそ上のような具合に説明してくれた。

 後は筋力や敏捷とかゲームには定番のステータスが細々と列挙されているらしい。

 ちなみに、『???』のところは花火さんがごにょごにょ言葉を濁してしまったのでよくわからなかった。日に焼けた顔を赤くしているので、よほど僕たちに知られたくないことなのだろうか。体重とか? スリーサイズとかだったりして?


 しかし、この仰々しい台座、これで終わりというわけもなさそうだ。

 まだまだ機能があるのかと台座をぺたぺた触っていると、


「あぁ⁉」


 横で突然、花火さんが叫びだした。

 ぎょっとして目を向けると、花火さんが持っていた日本刀が剣先から徐々に消えていくところだった。


「えっえっ⁉ うそ? 武器が消えちゃうよ‼ どうしよう!」

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