書いてよ、米びつ女。
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海とか宇宙の偉大さを思うと
自分の悩みなんてちっぽけに思えるってゆう
あの思想が昔から理解できない。
米びつがほしい。
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3年ぶりに、米びつ女と飲んだ。
彼女は、大学の同級生。
あの頃は特別仲が良かったわけでもない。とりあえずマイミク。わたしがmixiに毎日飽きもせずバカみたいな日記を書いて、彼女がたまにコメントをくれた。
一方で、彼女がたまに書く日記は、いちいちわたしの好みどストライクだった。単位そっちのけで友人と温泉に行く話。吐き気を催して便器の前でかがみ込んだら間違えてウォシュレットのボタンを押してしまって顔面蒼白で止ボタンを連打した話。グローバルシミュレーションの必修授業で仮想インドの仮想大統領になり、仮想の核兵器を作ったところ現実の人間関係に支障が出た話。そして冒頭の米びつ日記。
内容自体もよかったけど、それよりも彼女の使うことば一つ一つや絶妙な行間、根暗で淡々としたトーンに惹かれた。モンモンとした思考の途中で米びつを欲するこじれた奔放さもどツボ。
「あの文章のあのタイミングで『米びつがほしい』って書くセンスがめっちゃ好きです」
彼女に会うたびに、わたしは米びつの話を出す。彼女はちょっとだけ困った顔で「また言ってる」と笑う。
かつての同級生とは、社会人になってから1度も会っていない人のほうが多い。そんな中、特別仲が良かったわけでもない彼女とは、2~3年に1度ふらりと会う。
私のほうが、なぜかときどき彼女と猛烈に会いたくなってしまう。5年じゃ抜けない、米びつ女の中毒性。
四条烏丸の和食屋で、3年ぶりに彼女と向かい合う。少し緊張してしまって、つい言葉がかしこまる。
「お久しぶりです、本日はわざわざお越しいただき本当にありがとうございます、ささ奥へどうぞ」
「はは、なにソレめっちゃやりづらい」
マジでやりづらそうな顔をしながら、彼女が座敷の奥へ座る。
わたしはビールを、お酒の飲めない彼女はジンジャエールを、それぞれ頼んでとりとめのない近況報告をする。
転職、恋愛、将来、大学の思い出。
「あの時あんまり仲良くなかったけど、真崎に誘われて1回だけいっしょにダンスレッスン行ったよね、1回で終わったけど」
行った。そして1回で終わった。あの時はごめんな。
そして、またこの話。
「mixiの日記さ、マジで好きやってんで」
「それいつも言ってくれんね」
「米びつ」
「また言ってる。笑」
「また書いてよ」
「え~はは」
大学生のあの頃、わたしは気が付けばmixiを開いて彼女の日記を読んでいた。内容もオチも全て頭に入っているその文を懲りずにまた読み、何度もクスクス笑った。
彼女の文章がなくても、わたしの人生に大きな支障はない。それでもわたしは、彼女の文章のおかげで0.01ミリだけでも楽しく面白くなる日常がほしい。
彼女はmixiの日記をすべて消してしまった。もう読めない。
なら、新しく書いてもらうしかない。
「今でも文章を書こうとすることはあんねん」
「うん」
「ブログ作ろうとしたこともあるんやけど」
「ブログええやん」
「なんやろ、ブログとかさ、ただのわたしの自己満足やん。
そんな排泄物を見てもらうのも、なんか申し訳ないって思っちゃって」
笑ってしまった。
本気で申し訳なさそうな彼女を見て。
真顔で「排泄物」と言う彼女を見て。
そうだね、そうだよね。
そうそう、そうじゃないけどそうそうそれそれそうだねそうよね自己満足よねそうそうそれってつまり排泄物よねそれそれそうそう合ってる合ってる合ってる合ってる同意じゃないけどそう思う、そしてやっぱりその語彙センスは最高だし心の底から大好きだよね!!!!!!
ここで明るい顔して「マジか!よっしゃ書くわ!」なんて前向きに決意などしないところ、あんなに最高な生産物に微塵も自信を持っていない感じ、そして排泄物。
なんというか、そういうの全部まとめて、やっぱりなんか好きなヤツ。
結局彼女の文章を読めることにはならなかったけど、なぜか妙に嬉しい気持ちになってしまい、うつむき加減に話す彼女を前についニタニタしてしまった。
帰りの地下鉄。アルコールでいい気分になってしまい、わたしは少しトロンとしている。
「お酒弱かったっけ」
「う~ん、なんか今日めっちゃ酔う」
「あら」
「わたし、お酒飲むと饒舌になんねんけど」
「うん」
「お酒の専門家が言うには、そういう人って普段自分を出せてなくて、お酒を飲んでるときのほうがむしろ素を出せてるんやって」
ハハッと乾いた笑いのあとに、ぽつりと彼女が言う。
「じゃあお酒飲めへんわたしは、死ぬまで素の自分が分からんな」
あぁもうソレな。そういうひと言ひと言な。
排泄物でもいいからさ。
また書いてくれよな、米びつ女。
読んでくださってありがとうございます◎