橘 伊津姫

思いつくままに、徒然と。ホラーやオカルトを中心に書きなぐっている怪談ジャンキーでござい…

橘 伊津姫

思いつくままに、徒然と。ホラーやオカルトを中心に書きなぐっている怪談ジャンキーでございます。

マガジン

  • 不可思議亭奇譚

    サックリと読める掌編ホラーをアナタに・・・。

  • 汝の 隣人を 愛せよ

    短編ホラーを書きなぐっております。

  • 宿直草

    江戸怪談集(上)収録の「宿直草」を現代語訳したものです。 私の独断と偏見により翻訳していますので、正しい語訳とは異なります。

最近の記事

【壬癸の章】理想の味を求めて

これは数年前に職場を離れた、先輩Dさんから聞いた話。 ──Dさんは若い頃から無類のラーメン好きで、いつか自分でも店を持ちたいと考えるほどだった。 昼間は仕事をしながら、休みの日には理想の味を求めて色んな店のラーメンを食べ歩き、熱心に「研究」していた。 ある夜のこと。 その日は仕事が思った以上に忙しくて昼食をまともに摂ることができず、しかも帰りが終電間際になってしまい、Dさんは空きっ腹を抱えて家路を急いでいた。 「これから帰っても家には何もないし、途中で食べて帰ろうにも、店は

    • 十二階下の鬼

      夜の帳が街に降りた頃、昼間とは違った喧騒が満ちる。 酔客の笑い声や女たちの嬌声に彩られた街の奥には、浅草の観光名所「十二階」が黒々としたシルエットで聳え立っている。 目的のステンドグラスで彩られたドアからは、オレンヂ色の優しい光が漏れ出ていた。 さながら舞い飛ぶ虫を引き寄せる誘蛾灯のように。 カフェー・ライオンの軋むドアを開けると、カラコロと来店を知らせるベルと蓄音機が奏でる音楽が重なった。 そして馴染みの女たちの甲高い声が迎えてくれる。 「あら、トワさん。お久しぶり!」 ト

      • 難破した水夫の物語

         この物語はロシアのエルミタージュ美術館で発見された「エルミタージュ・パピルス」という古代エジプト語で書かれたものです。数人の人物が自分の体験談を語り、それを写本としてまとめたものだと伝えられていますが、残念ながらパピルスの一部しか現存しておらず、原題は「難破船員の話」と呼ばれています。  エジプトの南部・ヌビアへと遠征していた親衛隊(王様や貴族の身辺警護をする部隊)が、故郷へ帰りついた所から物語は始まります。親衛隊の上官は、命じられていた使命を果たすことができずに落ち込ん

        • マアトとゲレグ─ウソとまことの物語─

           これは太陽神ラーが若く力に満ちて、地上の王として君臨していたころ。ヘリオポリスの9柱の神々が、直接人間の訴えに耳を貸していたころの話です。  あるところに「マアト(まこと)」、「ゲレグ(ウソ)」という名前の兄弟が住んでいました。二人は何もかもが正反対で、マアトは真面目で正直、働き者で目鼻立ちの整った美男子でした。弟のゲレグは嘘つきでずる賢く、怒りっぽくてそれほど美男子ではありませんでした。  ある時、マアトは自分のナイフをなくしてしまったことに気がつき、弟のゲレグに貸してほ

        【壬癸の章】理想の味を求めて

        マガジン

        • 不可思議亭奇譚
          22本
        • 汝の 隣人を 愛せよ
          9本
        • 宿直草
          24本

        記事

          【甲乙の怪】夏山とコーヒー

          冷泉さんは高校時代から登山部に入っていた事もあり、今でも暇を見つけては山に登っている。 数年前、夏休みを利用して実家近くにある山に日帰り登山を計画したのだが、目的地へ到着する前に天候が崩れてしまい、予定を変更せざるを得なくなった。残念ではあるが、山で無理をするのは禁物である。冷泉さんは予定を早めて下山する事にした。落ちてきた雨粒は、あっという間に音を立てて降り始める。 どこかに雨宿り出来そうな適当な場所はないかと、道を透かす冷泉さんの目に大きく張り出した岩場が見えた。小走りで

          【甲乙の怪】夏山とコーヒー

          見ている

          アパートの向かいの棟、1階の若夫婦が引っ越した。 昼間、俺が仕事に行っている間に引っ越しをしたらしく、帰ってきた時にはガランとした室内が窓から見えるだけだった。 夜になり、自室の玄関先でボンヤリと煙草を吸っていた。 部屋にニオイが篭もるのが嫌で、室内ではなく玄関先の階段スペースで喫煙するのが日課になっている。 ここからだと空っぽになった1階の室内がよく見える。 もちろん、普段はカーテンがかかっていたし、積極的に中を覗こうなんて思ったこともない。 ただ、いつも風景の中にポッカリ

          そしりはしり

          「怖い話」というのとは違うかもしれないが、思い出した「後味の悪い話」を。 私の母は結婚してから暫くの間、夫である父の収入が安定していなかったため、地元のカバン工場で働いていた事があるという。 そこは二代目夫婦が切り盛りしていて、割と繁盛していたそうだ。 ただ……従業員を軽んじているような所があり、近所でも敬遠している人が多かったようだ。 そのうちに、母が第一子である私を妊娠した。 悪阻が酷く、これまでと同じように働けなくなった母に対して、工場主の夫婦はこう言い放った。 「こ

          そしりはしり

          最近はなかなか自分の思うように書けなくて悶々としている。もっと気楽に書けたはずなのに、どうにもこうにも頭の中がぐちゃぐちゃで。多分、小手先の技術で誤魔化してストーリーをきれいにまとめることばかりに気持ちがいってるからなんだろうなぁ。そうじゃないんだよ。

          最近はなかなか自分の思うように書けなくて悶々としている。もっと気楽に書けたはずなのに、どうにもこうにも頭の中がぐちゃぐちゃで。多分、小手先の技術で誤魔化してストーリーをきれいにまとめることばかりに気持ちがいってるからなんだろうなぁ。そうじゃないんだよ。

          【庚申の怪】レ イ ゾ ウ コ

          OLの栄子さんは同棲している彼氏との生活で、ある不便さを感じていた。 これまでは1人暮らしだったために小さめの冷蔵庫でも問題なかったのだが、さすがに大人2人で使うには容量が圧倒的に足りないのだ。 とは言っても大型の新品冷蔵庫に買い換えられる程の経済的余裕はない。 彼氏と相談の結果、リサイクルショップで中古の冷蔵庫を購入する事に決めた。 何件か回ってみたのだが、どうにも気に入った商品が見つからない。 「どれでも一緒だろ」と渋い顔をする彼氏に、「毎日使うのは私」と栄子さんは譲らな

          【庚申の怪】レ イ ゾ ウ コ

          【丙丁の怪】神託を超えて

          SNSで知り合った友人、通称「猫さん」は霊に好かれる体質なのだと言う。 だからといって霊感体質であるという訳でもなく、本人は「自分は零感だよ」と笑って豪語する。 「霊を見る」とか「心霊現象に巻き込まれる」とか、ガチな体験はないが、折に触れて奇妙な体験をすることは多いらしい。 所属しているオカルト・コミュニティでのオフ会の席で、たまたま隣に座った人物が猫さんである事を知った私は、ネット上で何度かやり取りをしている時に感じていた疑問を口にしてみた。 「猫さんって、本当に零感なんで

          【丙丁の怪】神託を超えて

          【戊己の怪】足跡を辿る

          昨晩から降ったりやんだりの雨。 どうにも天気がつかみにくいので、自転車を諦め、徒歩で買い物に行くことに決めた。 スマホに入れたお気に入りの音楽を聴きながら、テクテクと目的地を目指す。 天気が不安定なせいか、道行く人は少ない。 せっかく持ってきたのに出番のない傘をブラブラさせつつ、のんびりと歩行者用のグリーンレーンを歩いて行く。 ふと視線を落とせば、白線の上に泥だらけの足跡が残っていた。 (きれいに靴跡が残るもんだな。普段はアスファルトだから目立たないだけか。『ゲソ痕発見!』な

          【戊己の怪】足跡を辿る

          宿直草「湖に入り、武具を得し事」

          近江国に住んでいたある侍は、長さ二間(約三・五メートル)ばかりの蛇を切ったことから巷では「蛇切り」と呼ばれていました。 この侍の住まいは琵琶湖の東にあり、その水底には一匹の蛇が住み着いていると言われておりました。 ところがどこの誰の仕業か分かりませんが、ある時、侍の家の門に 「この湖に住む蛇を退治すべし」 と書かれた札が貼られるようになりました。 侍はこの書付を見て 「筆まめなことだ」 と引き剥がして破り捨ててしまいました。 また次の夜も 「ぜひ湖の蛇を退治して頂き

          宿直草「湖に入り、武具を得し事」

          宿直草「蛇の分食といふ人の事」

          ある人が語ります事には、元和八年(一六二二年)の秋、紀の国和歌山へ四〇歳くらいの男が、籠に魚を入れて売り歩く商売をしていました。 男はヤカンのようにツルツルの頭をしており、人々は彼の事を「蛇の分食(わけ)」と呼び習わしておりました。 男が魚を売り終わって帰っていくと、その後ろ姿を見ながら 「あの人はどういった人なのですか?」 と尋ねてみました。 魚を買った家の亭主は薄く笑いを浮かべながら、こう語ります。 「彼はもともと、山に住まいする者でした。彼が六つになる長月(九月)

          宿直草「蛇の分食といふ人の事」

          宿直草「猟人、名もしれぬものをとる事」

          紀州日高郡に住んでいた猟師が一人で山に入り、鹿を誘い出すために鹿笛を吹いていると、向こうのススキ原でかさこそと動くものがありました。 鹿が隠れているのだと考えた猟師がさらに鹿笛を吹き鳴らすと、この音につられたのか何者かもこちらへと近付いてきます。 下草をかき分け、猟師が静かに鉄砲を構えて待っておりますと、相手と自分の距離が七、八間(十二、三メートル)のところまで縮まりました。 そっと覗き見れば、そこには三尺(約九〇センチメートル)ほども幅のある巨大な顔が、口を三尺ばかり開き、

          宿直草「猟人、名もしれぬものをとる事」

          宿直草「やま姫の事」

          ある牢人(主家を持たず、任官していない武士)の言うには、備前岡山にいた時に、山の中にある一軒家に出かけて行ったことがあると申します。 家の主人が 「狩りのために山の奥深くへ分け入った時のこと。年の頃は二十歳前後で艶やかな黒髪を持った、大変美しい女を目にした。色鮮やかな小袖を身にまとっていたが、あれはきっと生きている人間ではなかったのだろう。 このような何処とも知れぬ山の中、不気味で怪しく思ったので、携えていた鉄砲を構えて撃ったのだが、相手は鉄砲の弾を右手で受け止め、牡丹のよ

          宿直草「やま姫の事」

          宿直草「たぬき薬の事」

          打ち身の薬として「狸薬」という物がございます。 狸が薬に入っていると言う訳ではなく、狸に教えられたが故にそのような名前になったと伝えられています。 ある侍の奥方が、夜に雪隠(トイレ)へ行くと局部をなでる毛の生えた柔らかい手がありました。 夫に 「このような事がありました」 と伝えると、 「それは狐などの所業に違いない。用心したほうが良い」 と言われました。 次に雪隠へ行く際に、奥方は用心のために化粧箱にしまっておいた細身で小さな守り刀を持出し、着物の下に隠しておきま

          宿直草「たぬき薬の事」