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【丙丁の怪】神託を超えて

SNSで知り合った友人、通称「猫さん」は霊に好かれる体質なのだと言う。
だからといって霊感体質であるという訳でもなく、本人は「自分は零感だよ」と笑って豪語する。
「霊を見る」とか「心霊現象に巻き込まれる」とか、ガチな体験はないが、折に触れて奇妙な体験をすることは多いらしい。
所属しているオカルト・コミュニティでのオフ会の席で、たまたま隣に座った人物が猫さんである事を知った私は、ネット上で何度かやり取りをしている時に感じていた疑問を口にしてみた。
「猫さんって、本当に零感なんですか? SNSとか見てると、結構な体験をしているように思えるんですけど」
「やめてよぉ。零感だからこそ、こういう怖い話とかオカルトとか好きでいられるんじゃない」
「?」
「だってさ、考えても見てよ。日常的に見えたり感じたりしてたら、好きとか言ってられないと思わない?」
ああ、なるほど、そういうものかもしれない。
私だって、自分の日常とは距離のある事柄だと思えるからこそ、純粋に「興味」だけで好きでいられるのだから。
「でも『あれ、これってもしかして?』って思えるような体験はあるよ。この前もさ、何ていうか……魚のお化け? みたいなのを見たんだよねぇ。あ、見たって言っても幽霊みないなモンじゃなくて。何ていうのかなぁ……」
彼によれば、仕事中、ふと気を抜いた瞬間や休憩時間にウトウトしたりしている時、視界の端を漂いながらふわりふわりと触れてくるモノがあるという。
「グッピーとかベタとか、あのヒラヒラした魚いるでしょ? 長いヒレが腕とか首筋とかに触れてくるんだ。ちょっとくすぐったいし。でも嫌な感じはしなくて、ああ可愛いなって。ある意味、癒やし?」
色鮮やかな小さな魚達が、室内を泳ぎ回っている。
同じく仕事をしている人間たちの体にそっと触れているのだが、それに気づく者はいない。
「本当は違うかもしれないし、ボーッとしたん瞬間に頭が勝手に作り出してる幻なのかもしれないけど。でもそういうのって、なんか良くない?」
猫さんはビールのジョッキを傾けながら、その名に相応しく猫のように笑ってみせた。
「そういう癒される存在なら、私も体験してみたいと思いますよ。いいなぁ、空中を泳ぐ熱帯魚」
「でしょ?」
他のメンバーの体験談などを聞きながら、お互いに酒を肴に怪談談義に花を咲かせる。
ある人の幼少期の体験談を聞いた猫さんが、ちょっと視線を空に彷徨わせ「ああ、そう言えば」と口を開いた。
「今の話を聞いていて思い出したんだけど、僕も子供の頃に不思議な体験をしたんだよね」
「え、何、何、気になるじゃないですか。聞かせてくださいよ」
酒の勢いに任せて、私は猫さんににじり寄った。
「うーん……あれは小学校4年生……いや、5年生の頃かな。実家の庭で遊んでてね。ふとした拍子に何かに気を取られたんだろう、少しの間ぼーっとしていたんだ。すると僕の頭の中に急に声が聞こえてきた。その内容が『あなたは◯十代で死ぬ』というようなものでね。僕はそれに対して、どうしてなのか『受け入れます』と即答したんだ」
そこまで話して、猫さんは目の前にあった野菜スティックの中からニンジンを抜き出すと、ポリポリとかじり始めた。
「受け入れちゃったんですか!? そこは抵抗しなくちゃダメなところでしょう!」
淡々と告げる猫さんに対し、私は思わず大きな声を出してしまった。
「なんでなんだろうねぇ。自分でも良く分からないんだよ。でもきっと、抵抗してどうにかなるようなモノじゃないと、本能的に感じたんじゃないかな」
「猫さんって、今おいくつでしたっけ?」
「そこ、気になるよね?」
残りのニンジンをポイッと口の中に放り込み、数回咀嚼してから飲み込むと、静かに告げた。
「今年の夏が、謎の声が告げたタイムリミットだよ」
「……!」
思わず口に含んでいたビールを吹き出しそうになった。
「な、え、そんな! のんびりこんな所で飲んでる場合じゃないでしょう! お祓いとか行ったんですか!?」
「うーん、お祓いとかでどうにかなる問題でもなさそうだし。それに、病気とか怪我とか不安になるような事案もないし。本当に僕の寿命を取る気があるのかな~って」
どこまで行っても、他人事のような口調で猫さんは続けた。
「でもね、この話を聞かせたことのある知人に言われたんだけど……どうも僕、タイムリミットを超えてるらしいんだよね。ソイツが言うには、こういうのって大体、数え年なんじゃないの?って。まあ昔話とかでも、大概が数え年で語られるよね。そうするとさ、僕の寿命って1年以上前に終わってる計算になるんだよ」
「じゃあ、大丈夫かもしれないんですね。ああ、安心した」
大きく安堵の息を吐きだし、私は深く椅子に座り直した。
「んー、どうなんだろうねぇ? 僕は自分で残った寿命はそんなにないんじゃないかって考えてる。こうやってオカルトとか心霊系の話に興味を持ち出したのも割合と最近の事だしね。こっちの世界から、あっちの世界に行くための準備期間なのかな。もちろん全然怖くないわけじゃないけど、だからこそ、霊的なモノに好かれているんじゃないかって思えるんだ」
変わらず猫さんの表情は柔らかい。
「どうして……そんなふうに考えられるんですか? だって、ものすごく怖いことじゃないですか、自分の寿命が残り少ないとかって」
きっと私の顔は疑問と恐怖とがない交ぜになった、非常に複雑なものだったのではなかろうか。
「でもね、人は必ず死ぬんだし。それが早いか遅いかだけの問題だろう? だったらいつその寿命が終わっても後悔のないように、今やる事を優先して、満足のいく生活をしていきたいじゃないの」
そう言ってニヤリと笑うと、猫さんは「今、優先すべき事はビールのおかわりかな」と手を挙げて店員を呼んだ。