おいたんの願い事

「五円玉あるか?」

 拝殿から歪に伸びる参拝の列に並びながら、おいたんがそう聞いてくる。

 私が答えるより早く、おいたんは「ほら」と五円玉を差し出してきた。真新しい、黄金色にきらきらと光る五円玉を。

 前に並んでいた人が参拝を終えた。賽銭箱の前に進み出て、お辞儀をして、お賽銭を投げて、鈴を鳴らして、「二礼二拍一礼だっけ? 一拍だっけ?」と迷って、おいたんの方をちらりと見る。おいたんを真似て、二礼して、二拍して、目を閉じる。

 願い事を決めてないと気づく。どうしようか迷って、とりあえず「志望校に合格しますように」と願った。

 顔を上げると、おいたんはまだ目をつぶって合掌したままだった。一体何をそんなにたくさん願っているのだろう。

 それからたっぷり十秒はお願い事をして、おいたんは拝殿に向かって一礼した。

「あんなにいっぱい、何をお願いしたの?」

 拝殿から離れ、おみくじの料金箱に百円玉を入れるおいたんの背中に、私は問いかける。おみくじを引きながら、おいたんは吐息をもらすみたいに笑った。

「真結が高校に受かりますように」

 おみくじを引いて、おいたんは百円玉をもう一枚料金箱に入れた。「引きなよ」と手招きされたから、木箱に手を入れて、一番に指に触れたおみくじを摑む。

「あと、真結のパパとママが病気をしないように。もちろん、真結と将悟もね」

 午前中に喧嘩をしたばかりの弟の名前を出されて、私は肩を落とした。

 どうやら、私が元日からおいたんのもとにプチ家出をした理由に、おいたんは気づいているみたいだ。

「それに、真結が高校でいじめられないようにとか、将悟が少年サッカーチームのレギュラーになれるようにとか、真結のパパとママが喧嘩をしないようにとか」

 五円玉一つしかお賽銭してないのに、願い事の数が多すぎるんじゃないかな。

 小さく畳んで糊付けされたおみくじを開くと、小吉だった。微妙だ、凄く微妙だ。「辛抱が大事です」とか「愚痴ばかり言わないこと」なんてお説教めいたことまで書いてある。

「どうだった?」

 自分の分のおみくじを引いたおいたんが聞いてくる。何も言わず小吉のおみくじを見せると、おいたんはふふっと笑って、まだ開いていない自分のおみくじを差し出してきた。

「開けてみて」

 言われるがまま、おみくじを開く。

 大吉だった。

「すごい……おいたん、大吉だよ」

 ほら、とおみくじを差し出すと、おいたんは小吉のおみくじを私の手から取り上げた。

「あげるよ、大吉」
「でも」
「受験なんだから、大吉の方がいいだろ」

 そうだけど、と言いかけて、大吉を私は財布にしまった。自分で引いたわけじゃないし、書かれている内容が私に適用されるのか微妙なところだけど。

 返したところで、おいたんは絶対に受け取らない。
 おいたんは昔からそうだ。そういう人だ。

 神社の入り口にあった屋台で甘酒を買って、おいたんと並んで駅まで歩いた。

「いい加減、パパと喧嘩した理由をおいたんにも教えてくれないかな」

 甘酒のカップに息を吹きかけながら、困ったようにおいたんは呟く。

「パパから連絡来てるんじゃないの?」
「来てるけど、なんで喧嘩したのかは聞いてない」

 本当だろうか。パパのことだから、私がおいたんのところに行っていると察して、事細かに喧嘩の経緯を説明したんじゃないだろうか。

「別に、たいしたことじゃないんだけど。朝から将悟と喧嘩して、そしたらパパに『喧嘩してないで勉強でもしてろ』って言われて」

 それだけだ。それだけだけど、私は腹が立ってぷいっと家を出てしまった。「パパは私の本当のお父さんじゃないから、私の気持ちなんてわかんないんだよ」なんて卑怯な捨て台詞を吐いて。

 そして、電車を乗り継いでおいたんの住むマンションのドアをノックした。

「それだけ?」

 ほら、おいたんもそう言った。

「悪い?」
「悪くないけど、元日なんだから、早く帰った方がいいぞ。パパもママも心配してる」

 わかっている。私と血が繋がっていなくても、将悟とは繋がっていても、パパは私達の扱いに差をつけたことなんてない。

 血の繋がりなんてそこまで大事なものじゃない、ってよく言うから。

 駅が近づいてきた。駅名の書かれた看板をぼんやりと見つめながら、なんとなくこのまま家に帰るんだろうなと思った。ふて腐れた顔で「ただいま」と言って、「どこ行ってたんだ」と聞いてきたパパに「別に」とふて腐れた顔で言って、ふて腐れたまま自分の部屋のドアを開ける。

 晩ご飯の頃には、きっと何食わぬ顔で部屋を出る。ご飯のあと、一人でテレビを見ているパパに、隙を見て「ごめんなさい」と言う。

 きっと、そうなる。

「ねえ、おいたん。受験が終わったらさ、どこか遊びに連れて行ってよ」

 私の我が儘に、おいたんはあっさり「いいよ」と頷く。

「どこがいい?」
「ディズニーランドとか」
「友達と行けばいいじゃん」
「おいたんと行きたい」

 そう言えば、おいたんは絶対に「ダメ」とは言わない。昔からそうだ。奥さんはもちろん子供もいないおいたんは、私達家族のことが大好きだから。

「じゃあ、パパとママと将悟とみんなで行こうな」

 おいたんは言わなかったけれど、きっと神社で神様に願っていたはずだ。

 私がパパと仲直りして、あと将悟ともちゃんと仲直りをして、元日の夜を家族で楽しく過ごせるように、って。

 おいたんは、そういう人だ。


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額賀 澪 NUKAGA Mio

小説家。最新刊『風に恋う』発売中。2015年松本清張賞・小学館文庫小説賞受賞。既刊『屋上のウインドノーツ』『ヒトリコ』『タスキメシ』『さよならクリームソーダ』『拝啓、本が売れません』など。詳しくは>>>http://nukaga-mio.work/
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