風に恋う帯無し

風に恋う|第1章|12

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「瑛太郎先生に、吹奏楽部のことどう思うかって聞かれたんですけど」
「池辺もか。それ俺も聞かれたわ」

 基と同じアルトサックスを吹く二年の池辺豊先輩と三年の越谷和彦先輩がそんな話をし出し
たのは、パートごとのチューニングと基礎練習を終えて、個人練習に移ろうとしたときだった。

「先輩達もですかっ?」

 パート練習で使っている二年一組の教室に、自分の声が予想以上に大きく響いた。

「もしかして、茶園も聞かれた?」

サックスパートのパートリーダーも務める越谷先輩が、自分の短髪を指で梳きながら「一年にも聞いたんだ」と目を丸くする。

「一年の僕にも聞いてるってことは、先生、全員に同じことを聞いてるんでしょうか」
「えー、何のためにだよ」

 基礎練習は車座になってやっていたけれど、曲練習は個人でやるから、教室の中で散り散りになる。その最中も、他の部員から「私も聞かれた」「俺も」という声が上がった。

「今の吹奏楽部の雰囲気を知りたかったから、とか?」

 言いながら、自分に同じ質問をしてきたときの瑛太郎の顔を思い出す。あの表情は、そんな生やさしいものではなかった。

「あの人、まだ猫被ってるよな」

 突然、越谷先輩がそんなことを言い出す。上背のある彼は、大きな檜ひのきの木のような雰囲気がある。パートリーダーだけあって、パート内の長男的な存在だった。

「この一ヶ月間、瑛太郎先生は『今まで通り練習しろ』って言うだけで、自分らしさを全然出さなかった。一年生も入部して、パート分けも済んだから、いい加減何か始めるだろ」
「何ですか、何か、って」
「何か。超凄い修行とか」

 毎日課題曲の練習をして、合奏をして、瑛太郎から各パートや個人個人に指示が飛ぶ。この数週間、それをずっと繰り返している。それに、千学のみんなはちょっと飽きているのだ。

 今日は課題曲Ⅰ『スケルツァンド』を合わせると事前に予告されているから、時間をかけて練習することにした。中間部には、アルトサックスによる美しい旋律がある。瑛太郎から「やってみろ」と言われたら、完璧に吹きたい。

 マウスピースを口に咥えようとした瞬間、背後から笑い声が聞こえた。一瞬だけ振り返って確認すると、池辺先輩と二年生の先輩が明らかに部活とは関係ない話をしていた。越谷先輩がやんわり注意したけれど、本当にやんわりだった。木のざわめき程度だった。

 遠くから、きらびやかなトランペットの音が聞こえてきた。これは堂林の音だ。どうやら、理由をつけて一人で練習しているみたいだ。いっそ、僕もそうしちゃおうかな、なんて思ってしまう。ここにいたら、自分まで溶けたアイスクリームみたいになってしまいそうで。




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