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ポルノグラファー三部作・主題歌考察

⚠️比較的真面目な文体で書いた方ですが、考察に突然個人的な感情や萌え爆発が混じることあり。あくまで個人の感想・考察・妄想・こじつけ乙であることを了承頂ける方のみどうぞ。はるりおの世界線では先生と久住くん、きどきじの世界線ではりーおと城戸と呼称をちゃんぽんしがち。
原作も読んでいますが、最初に触れたのは実写版なので実写版での性格設定や演出に入れ込み気味。つまりは木島理生健気フィルター強めです。


ポルノグラファー

Twilight Dreams【木島→久住】

全体的に4話以降の世界観なのかなと思った。出会いのことではなく、お互いに好意を持ち始めてからの葛藤。メロウな曲調でありながら最後にどこか希望を感じられる明るさの伴奏がしっとり響いて心地良い。

1番Aメロの主人公は先生、Bメロの主人公は久住くんに見えた。
Aメロ、「雨」「稲妻」と4話ラストを彷彿とさせる単語。「貴方のその肌に 耳を澄ませば」と思っているのは先生だと思った。久住くんのことをもっと知りたいと思い始めているけど、同時にそれを封じなくちゃとも思っている。でも、やっぱり知りたいと久住くんを求めてしまう気持ち。Bメロ、「いつだって心許ない」「激しさに揺れる」「駆け出した」から想起させられる久住くんの若者としての姿。その「青く硬くそそり立った衝動(@愛欲のエクリチュール)」だからこそ、プレイバックの冒頭で自らを「空っぽ」だったと表現していた先生を埋められる存在になれた。サビ、「NO MORE(=もうここには居ない) 儚い私の破片よ」ともう自分の一部になってしまってる久住くんという存在。「今日はどこにも行かないで」とまで思ってしまっている心。無自覚だったけど確実に惹かれている気持ちを自覚し始めた今、否定しきれなくなっている。本編で言うところの「針をあげないと」の葛藤。
2番、「想いを託した愚かな瞬きさえも」ってなんだろうと思ってたんだけど、先生からのメールのことなのかなと。「FORGIVE (許す)」を繰り返すのは自罰的な思考に囚われがちな先生ならでは。ポルノグラファーは自分を許し認める物語だと思う。過去軸であるインディゴでは許しor赦しきれなかった自分を慈しんで、そのままでいいと受け止めてもらえる物語。「繋がる手を信じられない」と思いながらも「拙い微かな愛」を信じたいと震えてる先生。
そのくせ恋愛不器用すぎてその証明の仕方が分からなくてCメロ「溢れる夜を越えるだけの痛みになりたい」になってしまう。結果的に、Cメロと同じく起承転結の転に当たる部分である5話の「僕、本当は左利きなんだ」と試し行動みたいになってしまうのがもう本当先生えええぇ。あのシーン、久住くんを一方的に手籠にしてるようで絶対自分も傷付いてたよね。なんてことを……。
Cメロのあとに繰り返されるサビ2回。サビ1回目、いかにも落ちサビらしい切ないメロディーラインの伴奏に乗せて「儚い二人の願いよ」とちゃっかり二人の願いにしちゃってるのがもう…恋愛下手くそかよおぉ好きだって言えば良いじゃんかあああぁ(頭打ちつけ)
サビ2回目、6話最後の結ばれた夜についてなのかな。1番のサビと全く同じ歌詞の繰り返しだけど歌詞の切なさの割にどこかハッピーエンド感があるラスサビらしい音作り。そもそもラスサビに入るタイミングでウィンドチャイム (細い鉄琴がたくさん吊るされててシャララララーンて綺麗な音がするやつ)まで使われてて、1番と同じ歌詞でありながら6話最後の刹那的でいて幸せな一瞬を切り取っているように感じた。 1番のサビの時は重めのベースが目立つ伴奏だけど最後の時はエレキギター?キーボード?の軽やかな伴奏。音楽は詳しくないからもしかしたらこの辺は間違ってるのかもしれないけど、伴奏のキーも少し高くなってるような気がした。不器用な先生なりの精いっぱいの返事だと思うと切ない。恋愛下手くそ選手権優勝ですおめでとうございます…。


ポルノグラファー 〜インディゴの気分〜

End of the world【木島→蒲生田】

メランコリックな曲調に酔う。人生のどん底(MOOD INDIGO=死にたい気分)に在る木島と、それと同時に存在する救いを求める気持ちにも感じた。インディゴの気分の主題歌として書かれている以上きどきじのテーマであると思うけど、どうしても『木島理生を深掘りしたい欲』が前に出がちな私としては、恋愛感情ではない木島→蒲生田先生という視点で考察してみたくなったので今回はそれで!(※この時点で解釈違い且つそういうの苦手な方、全力で逃げて下さい)
歌詞の視点は木島として、思う対象が誰と考えるかで冒頭サビの「こんなに汚れた背中でも ちゃんと押してくれると言った」をどう解釈するかが大きく分岐。私は蒲生田先生を選んだので、父親を筆頭に家族に受け入れて貰えなかった人生を丸ごと肯定してくれたことについての気持ちとして受け止めた。「貴方がここに生きていることが 今はただ嬉しい」は死期迫る中で出会ったからこそなのかなと。

1番の歌い出し、「その日は激しい雨で」はいつのことか。原作漫画+表紙裏の小説から考えて、教授の葬儀の日と仮定。教授への弔意より、父親の最期に一切関わらなかったことへの罪滅ぼしの意味合いが大きかった可能性すらあったその日の行動。父親と向き合うことから逃げたことについて「過ち」だとどこかで自分を責める気持ち、その「過ちだけを抱きしめながら」生きてきた孤独。「言葉なんて役に立たない」のは、木島→城戸であり、木島→父親であり。全てが罪でも愛して欲しかった気持ちの裏返しだと思うと切な過ぎる。りーおの生き方は不器用過ぎて本当につらい。物書きが好きな気持ちは罪ではないよ。親から褒められること以外は全部罪だなんて思わなくていい。もっと自由に生きていいんだよ。そんなにも苦しむ必要なんてない。
2番、「片道なら切符はあるけど 降りるはずの駅さえ見失って」は城戸に惹かれていったものの恋人として生きる未来はなかったことについて、今後どう関わっていくのがベストなのか模索していることなのかなと。蒲生田先生が亡くなってすぐにはまだ見えてなかったんじゃないだろうか。でも時間と共に城戸が欲しいと思っていたことについて整理がついてきて「荷物は要らないと笑えるくらいに」自由で自分らしくあれる未来を望むようになったんじゃないかな。原作では泣きながら「もう書けないよ」とまで言った文筆業も、いつしかまた書きたいと思えるようになった。(=久住くんと出会うまでの準備期間) 2番サビの「貴方を少し守れるならば 何だって賭けよう」は城戸への思いとしても蒲生田先生への思いとしてもラストに出てくる久住くんへの思いとしても読めるなと思ったけど、どれにせよ健気大爆発過ぎて愛おしい選べない…。
ラスサビだけにある「ふたりでなら きっといける」の2人は誰なのか問題。インディゴの気分の主題歌である以上木島と城戸であることが本来なんだろうけど、今回は木島と蒲生田先生として読んでみた。亡くなるその日が来てしまうかもしれないのなら明日なんて来なくていいと思ってたりするんじゃないかなと思うと、父親の幻影を追う切なさが増す。(本編4・5話と未公開集4話のイメージ) 曲調と言葉選びに闇というかポジティブだけには解釈しきれない重みを感じる。
ラスサビと対になっていると考えると、落ちサビの歌詞が曲冒頭のサビ&1番のサビから微妙に変えられてるのがこれがまた刺さる。「貴方がここに生きていることが 今はただ嬉しい」と言っていたのに「貴方とここに生きていることが 今はただ嬉しい」に変わってる。個としての存在に喜びを感じていたのに、それを超えて一緒にいたいと思い始めてる。父性への飢えの象徴のような歌詞。

「言葉なんて役に立たない」という歌詞が主題歌に入るのに、ドラマの最後では「言葉ってすごいねぇ。分かってなかったな、作家のくせに」が来ることの妙。久住くんとの出会いが『木島理生』の世界を変えた証明。主題歌と矛盾する台詞を最終回エンドロール後に持ってくるの、本当にすごいと思った。これは『木島理生』個人と『作家』としての再生の物語であると念を押してくる感じ。


劇場版ポルノグラファー 〜プレイバック〜

スロウダンス【木島→久住】

唯一スローバラードの一曲。優しい伴奏と甘い曲調がこれまでの二曲と全く違って印象的。ここからは個人的な願望になるけど、イメソン的な立場ではなく2人にとってのラブレターであって欲しいと思った。誰から誰に宛てたラブレターかを考えた時、私は先生→久住くんのパターンがしっくり来た。

1番、何度も泣かせてきた久住くんの涙が乾くことを願う先生の想い。「星で編んだドレス」はポルノグラファーで「群青色の髪飾り」はインディゴの気分と、プレイバックから見た過去のお話のことなのかなと思った。プレイバックが恋だったものが愛になるまでの話だとするなら、そのために必要だった2つの物語。実らなかった城戸への好意だって、久住くんとの成就には必要不可欠だったもの。それぞれに愛おしい記憶。
サビの「その右手を握って」にグッときた。社交ダンスはリードする側である男性がパートナーである女性の右手を取って踊るもの。その男性の手は左手。木島先生の利き手は左手。その左手で取るのはパートナー=久住くんの利き手である右手。どちらも利き手を相手に任せて踊ることになる。信頼関係…! 「12時の魔法が解けたって」=12時に解ける魔法と言えばシンデレラ。不遇のヒロインが王子様に見い出される作品に自分を重ねる…だと? かっっっわ……!!!!(爆発) 「時代遅れの不器用な恋も 伝え切れないほどの気持ちも」つまり、上手く伝えられなくてごめんって気持ちはずっとあったってこと。劇中の「君が好きだ。どうしていいか分からないくらい、好きなんだ」にたどり着くまでの感情。もしも魔法が解けても、この後ろめたい気持ちも忘れて「このまま」「夢の様な」スロウダンスを踊っていたいという気持ち。(愛情表現が不器用すぎて久住くんをやきもきさせてる自覚はきっとあると思う。ポルノグラファーの時にケータイ持ってないと嘘吐いていたのがバレた時は悪戯っ子みたいに楽しそうだったのに、春的でスマホの存在がバレた時に実写版ではビクゥ‼︎ってなってた。つまり後ろめたい気持ちはあったはず)
2番、「思いが運ぶのはつたない温もりだけ」のつたない温もりとは何か。個人的には『手紙』と解釈するのが1番ストンと落ちた。手書き文字からしか伝わらない温もりってあると思う。メールにもLINEにも無い温かさ。急に個人的な話だけど、私は文通が好きで今も特定の友達とは手紙でやり取りしてるぐらいなので本当によく分かる。今まで積極的に好きとか愛してるとか言葉にしては来なかったであろう木島先生にとっては、久住くんに書く手紙自体が「何よりの物語り」なんじゃないかなと思った。そして「ただ僕の手を取って欲しくて」というセンテンスから感じるか弱さが印象的。もう恋人なんだからそこまで一方的に願うように思わなくてもいいはずなのに、か弱く希う感じ。劇中の「自信がないんだ。君がなんで僕のような未来のない男と居たがるのか理解できない」という卑下。その癖、自分を選んで欲しい気持ちもちゃんとある。でもまた城戸の時のように選ばれなかったら?という恐怖。選んで欲しいと伝えるのが怖い。そこに「それに君はご両親にとても大切に育てられた一人息子なんだし」という久住くん本人にはどうしようもない理由まで持ち出して、これが上手くいかなくても自分のせいじゃない、条件が悪かっただけなんだとばかりに相手に責任を押し付ける感じ。インディゴ城戸の「顔に書いてある」とも似たズルさ。つまりは拗らせ先生の恋愛感情が故の、妙にか弱い言葉選びなのかなと。

2番のあと最後のサビ、ひたすら久住くんを思う気持ちを1番の時と内容そのままに繰り返すのが情緒狂う。伴奏も、静かに入って徐々に音楽が分厚くなるというまるで感情が溢れて泣き出すようなメロディー。結局ずっと好きなんじゃん!!!!もおおおぉ一生やってろ!!!!!
はるりおが!!!好き!!!!!!!!!!

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