連続ブログ小説「南無さん」第十話

 陰毛散らしと残尿さらいが犬猿の仲であるのは、この界隈ではもはや語るに及ばざる事実である。とはいえ、いざ目の前で争われると、かくも厄介なものかと南無さんは嘆息した。

 紫陽花がぽんぽんと花開き、南無さん宅の庭を赤紫に彩るころ(南無さんの尿酸をたっぷり吸った土壌で育ったのだ、無理もない)、雨上がりに陰毛散らしが例の回収にやってきた。ごめんください、回収です、と敷居をまたいだときから、南無さんはすでに玄関先で一糸まとわず待機している。小汚く伸び散らかした南無さんの股間の毛を一瞥すると、陰毛散らしは回収袋に手を伸ばす。しかしそこで、陰毛散らしはようやく先客の存在に気が付いた。

 残尿さらいである。残尿をさらいにきたのだ。

 陰毛散らしが顧客から陰毛を回収し、異所でその陰毛を人知れず散らすのに対し、残尿さらいは顧客の残尿をさらってしまうだけである。残尿がさらわれることにより顧客は下着を清潔に保つことができるため、日々洗濯の余裕がないドヤ街市民を中心に重用されている職業である。なおさらった残尿をどうするのかは誰も知らない。

 しかし以前申し上げた通り、南無さんはこれまで残尿を出したことがなかった。彼の尿道に生まれる放尿圧は常人の比ではなく、いつなんどきたりとも残尿を許したことはない。その事実をおしてまでも、残尿さらいは新規顧客獲得のための営業にきていたのだった。

 南無さん、南無さん、いいですよォ残尿は。そりゃ、残っているときは気持ち悪い。出し切れてないんだから、出し切ったと思ったのにまだ残ってるんだから。でもね、その残尿感がスッと消えた時の快感といったらネ、ありませんよ。とはいっても、それを自分ではなかなか解消できないのが残尿のつらいところ。そこで! わたくし残尿さらいがいるわけです。あなたも一度残してみてはどうでしょう? なんなら今ここで、わたくしがさらっていって差し上げます。なァに、お試しですから遠慮はいりません。ささ、どうぞどうぞ。

 これは陰毛散らしとしても黙ってはいられない。

 ちょいと、やめなさいよ。南無さんが困っているじゃないか。君は知らんかもしれないがね、この人は残尿を出さないんだ。全部出し切る。この界隈ではみんな知っていることさ。知らないとこみるとあんたモグリだね。押し売りは感心しないよ。南無さん、そんなやつ相手にするだけ無駄ですよ。さっさと追い返しちまいなさい。さ、ではわたしは陰毛をいただいていきますね。

 陰毛散らしが自分を追い立てるように間に入って南無さんの陰毛に手をかけたので、残尿さらいも負けじとこれに食らいついた。ふたりはつかみ合いながらやんやと言い合っている。困ったのは二人に陰部をさらしたままの南無さんだ。まあ、ふだんからすっぽんぽんであることにかわりはないのだが。

 確かに陰毛散らしにさっさと陰毛を渡すのが早い話ではある。しかし南無さんは義理堅い人間である。先に来たのは残尿さらいのほうであるからして、これまで残尿を出したことがないとはいえ、彼を取り合わずにあとから来た陰毛散らしを優先させるのはいささかためらわれた。そうこうしている間に二人は言い争いを始める。

 困ったものだ、と嘆息していた南無さんだったが、ここであることを思いつく。残尿をさらわせてあげたいがこれまで残尿ができたことがない。残尿を片付けなければ、陰毛を渡すこともできない。

 ならばどうすればよいか。残尿を作ればよいのである。

 人工的残尿の良し悪しはわからなかったが、そうと決まれば南無さんの行動は早い。やおらその場に立ち上がったかと思うと土間に向かって突如放尿。いくばくかジョボの出を確かめたところで、南無さんはその右手でもってギュッと己の亀頭を握り締めた。

 ただならぬ放尿圧により射出されていた尿は行き場を失い、尿道内は一挙に拡張される。脊髄に響くような鋭い痛みが走り一瞬手を放してしまったが、南無さんは気を持ち直して再び握り締め、尿を己の手のひらでせき止める形となった。それでも握力だけでは抑えきれぬとみえ、ゆびの隙間から絶え間なく黄金の泉が湧き出ている。

 長きにわたる大放尿が収まった時には土間は洪水の様相を呈し、いつのまにか専門職の二人は玄関から退避し、戦々恐々たる様子で外から放尿の次第をうかがっているようである。

 さて、これで残尿ができたぞ、と南無さんは股間を差し出す。赤く腫れあがった陰茎の先からはひとしずく、またひとしずくと尿が垂れることにいとまがない。これでようやく残尿さらいの客となり、またひいきにしている陰毛散らしにきちんと陰毛を渡すことができる。

 しかし二人の返答は南無さんの期待に沿うものではなかった。残尿さらいがいうにはやはり天然の残尿にこそ価値があったのだ。自然な放尿の過程で生まれる残尿ならいざ知らず、手でせき止めて作った残尿にはともすれば血が混じり、味が落ちるとのことだった(何を言っているのかわからないがたしかに彼はそう言った)。ついで腰を向けられた陰毛散らしもまた拒否を示す。南無さんが手でせき止めていたせいで、ほとばしった黄金水が陰毛をきらびやかに彩る結果となっていた。「だめだよ南無さん、これじゃあ散らせないよ」それが彼の答えであった。

 そのまま玄関先から二人はいなくなり、南無さんに残されたのは土間の放尿プールと尿道の痛みだけであった。

 残尿はもう、全部出てしまった。自己流でカテーテルを通し過ぎて、もう、だいぶゆるかったのだ。

 尿圧だけの問題ではないことを知った南無さんであった。

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