これからの

書店と本屋

第1章 本屋のたのしみ (18)

 ところで、本書では主に「本屋」と書いてきたが、多くの文章では「書店」ということばが使われる。このふたつのことばのニュアンスの違いについては、鳥取に店を構える「定有堂書店」の奈良敏行氏が、雑誌の取材でお会いしたときに以下のように話してくれた。

「書店」というのは、本という商品を扱い陳列してある「空間」。広いほどいいし立地も単純明快な方がよく、サービスの質をどんどん向上させていくものです。「本屋」はどちらかというと「人」で、本を媒介にした「人」とのコミュニケーションを求める。

『BRUTUS』七〇九号 特集「本屋好き。」(マガジンハウス、二〇一一) 三四頁

 辞書を開いてみると、そもそも「書店」の「店」という字は「みせ」と読むのが普通だが、同じ意味で「見世」とも書き、「たな」とも読む。「たな」の読みでは、漢字の欄には「店」と「棚」とが並んでいる。そして「みせ」と「たな」の両方が、「みせだな(店棚・見世棚)」の略であるとされる。

みせ【店・見世】
〘名〙 ①(「みせだな」の略)商品を並べておき、客の目につくようにした所。商品を並べて売る所。また、商売、サービスのため客に対応する場所。商店。たな。

たな【店・棚】
〘名〙 (「みせだな(店棚)」の略)
  ① 商品を陳列する台。また、商品を陳列した場所。転じて、陳列台を並べたみせ。商家。

みせ-だな【見世棚・店棚】
〘名〙 商品を陳列する台。また、商品を陳列した場所。転じて、陳列台を並べたみせ。たな。

すべて『精選版 日本国語大辞典』iOS版(小学館、物書堂)Version1.1.1(R14)

 つまり「書店」とは、「商品」としての本を陳列する本棚と平台のことであり、それらが構成する「本を陳列した場所」のことだといえる。

 一方、「本屋」の「屋」はどうかというと、「人」や「家」を指す。

や【屋・家・舎】
〘語素〙
① 名詞について、その物をそろえて売買する人や家を表わす。また、これに準じて他の業種についてもいう。「米や」「薬や」「植木や」「ブリキや」「質や」「はたごや」など。
② 転じて、それを専門としている人をさしていう。軽蔑、または自嘲の意を込めて用いることがある。「政治や」「物理や」など。

『精選版 日本国語大辞典』iOS版(小学館、物書堂)Version1.1.1(R14)

 つまり、「本屋」は「本をそろえて売買する人」あるいは「本を専門としている人」のことだ。「書店」はやや「空間」「場所」寄り、「本屋」はやや「人」寄りのことばであるとする奈良氏の使い分け方は、辞書的な意味としても正しいということになる。英語に置き換えれば「書店」は「bookstore」 あるいは「bookshop」のことで、「本屋」は「bookseller」のことだ、ともいえるかもしれない。

 多くの文章において「本屋」よりも「書店」が好まれるのは、「屋」という文字が「軽蔑、または自嘲の意を込めて用いることがある」ためだ。雑誌記事などで「本屋」と書くと、校閲の方から「書店」と修正されることも多い。

 けれど一方で、「本屋」ということばに特別な思いを抱き、好んで選ぶ人もいる。たとえば全国の「町の本屋さん」を紹介する本の「はじめに」は、以下の一文で締めくくられる。

 タイトルを「書店図鑑」ではなく「本屋図鑑」としたのは、「本屋」という言葉への愛着ゆえです。

得地直美・本屋図鑑編集部『本屋図鑑』(夏葉社、二〇一三) 三頁

「本屋」ということばに、ぼくもこのような愛着がある。それはどちらかといえば「人」に属する愛着であり、「人」あってこその「場所」なのだ、という気持ちのあらわれといえるかもしれない。

 そもそも、ある時代までは、現在「書店」を構成する二大要素であるところの、本棚と平台は存在しなかった。

 一般書店に現在のような開架式の陳列が現われたのは明治中期あたりとみられる。それ以前は、本屋といえどもほかの商店と同じく畳敷、板敷の坐売りであった。江戸時代の典型的な本屋は、表に箱看板を出した坐売り式で、客が往来や土間に立ち、あるいは畳に座って希望のものを告げ、店員が呉服屋のように品物を出してきて見せる。双紙類など大衆的な書物を扱う店では「出し本」といって一部を畳の上に直に置いたり、斜めの低い台に陳列するものもあった。しかし在庫はおおむね店の奥にある棚に重ねて置かれ、人気のある本や新刊の類は、短冊状の板に書名を書いたものが掲示されていた。

柴野京子『書棚と平台』(弘文堂、二〇〇九)一〇九頁

 本書によると、最も早く開架式となった本屋は神保町の東京堂書店と日本橋の丸善で、一九〇三年頃だという。つまり「本をそろえて売買する人」としての「本屋」はずっと昔からいたけれど、「本を陳列した場所」としての「書店」がいまの形に変化したのは、せいぜい百二十年前だということだ。

 それでは、扱う対象である「本」のほうはどうだろう。ここまではひとりの客としての視点から、本屋のたのしみについて書いてきた。はやく「店」を営む側の視点、すなわち「屋」の視点に移りたいところだが、少し回り道をして、先に「本」とは何なのかを、あらためて考えてみることにしたい。

※『これからの本屋読本』(NHK出版)P50-55より転載


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