不便な本屋はあなたをハックしない

不便な本屋はあなたをハックしない(5)「大きな出版業界」のテクノロジーに、良心の種を植え付ける

「不便な本屋はあなたをハックしない」目次
(序)
(1)本屋としての筆者
(2)「泡」と「水」――フィルターバブルを洗い流す場所としての書店
(3)独立書店と独立出版社――「課題先進国」としての台湾、韓国、日本
(4)日本における二つの円――「大きな出版業界」と「小さな出版界隈」
(5)「大きな出版業界」のテクノロジーに、良心の種を植え付ける
(6)全体の未来よりも、個人としての希望を
※「不便な本屋はあなたをハックしない(序)」からお読みください。

「大きな出版業界」の中心にあるのは、本質的にはテクノロジーである。「業界」の体質の古さを嘆く人々からすると、テクノロジーという単語は不似合いに感じられるかもしれない。しかし、情報のかたまりとしての本を日本全国、津々浦々に届けるために、物流を効率化してできるだけ収益を上げることを志向する以上、そのテクノロジーは進みが遅いとはいえ後退することは考えにくく、いずれかの方向に発展することからは逃れられない。「業界」は大取次のもつ流通網と、支払タイミングを融通する金融的な役割を中心としてまわっている。もともと雑誌のための流通網で、そこに書籍の新刊が配本されるようになり(初めて乗ったのは講談社の『大正大震災大火災』であるといわれる)、そのまま書籍の流通網にもなって両方を運んでいる事例は世界的にも珍しい。それはインターネットがなかった時代に、ラジオやテレビと並ぶ、広く情報を提供するための主要なネットワークのひとつであったといえる。取次の流通倉庫に行けば、大量の本を大型の機械が仕分けを行っており、難しい最後の部分、たとえば段ボールの中に本をきれいに詰める工程などについてのみ、人間が手を動かしている。昨今の物流事情に押されて、今年の4月1日以降は中国地方と九州地方においてやむなく店頭発売日が遅くなったが、それでも効率化を追求している点は変わらない。そうしたインフラとしての取次流通に、大きく依存している書店や出版社も多い。

書店の現場にも様々なテクノロジーが導入されている。多くの書店には、取次がつくったPOSシステムや受発注のシステムが導入されている。そもそも本のように多品種少量生産の商品においては登録の手間が膨大であるため、ISBNと紐づいた商品データベースがないと単品管理が難しいことも背景にある。さらに独自でRFIDタグを導入する書店においては、単にセルフレジを実現するのみならず、商品の検索や納返品処理の自動化に生かすことも期待されている。そもそも本自体にタグを埋め込む可能性ついても、長期にわたって議論されている。その他にも大手の取次や印刷会社によって、位置情報やXRなどを用いた書店施策に関する実証実験もよく行われている。

出版社の側も同様だ。本を作るプロセスの多くは、この数十年でデジタルに置き換わった。まだテレビの力は大きいが、今日インターネットを活用しないプロモーションはまずあり得ない。話題になりやすいタイトルのつけ方や、読みやすい見出しの立て方、本文の短さなど、本の編集にもインターネットの影響は色濃い。

いまや書店の、特にビジネス書や実用書のコーナーに行くと、さながら面陳されている本はバナー広告、棚に差されている本はテキスト広告のように見えるほど、タイトルや表紙で煽ってくる。実際、企業の商品やサービス、経営戦略などを宣伝するための本、あるいはブランディングのための本も大量に出版され、近年では「カスタム出版」などと呼ばれるそれらの本は売り場に、それと分かられないように混じっている。

住宅を建てたい人向けのある情報誌には、表紙に大きく「広告は一切ありません」と書かれていた。それは「類書の多くが広告で成り立っているため、広告主である住宅メーカーや工務店などへの配慮がなされた結果、フラットな情報にはなっていません」ということを示唆していて、率直に言えば「隣に並んでいる広告入りの本には嘘が混じっています、正直な私を買ってください」と訴えている。

その一方で、テキストマイニングによってベストセラー小説の特徴を解析する研究も進んでいて、『ベストセラーコード』によると「ヒットする小説には特有のパターンがある」とし、彼らの開発したプログラムは「80から90パーセントの確率でベストセラーかどうか見分けた」という(*1)。ベストセラーを約束されたテキストに、知らずのうちに企業の宣伝を刷り込まれるような未来も、そう遠くないかもしれない。

先にも述べたように、そもそも書店は、元来優れた集客装置と考えられてきた。そのため、商業施設において上層階から下層階に向けた客の流れをつくって収益を上げる、いわゆるシャワー効果のある業態の筆頭として、最上階に安価な家賃で出店することができた。それを発展させ、書店自体がデパートをまるごと経営するようになったのが台湾の誠品書店であり、それにヒントを得てつくられたのが日本の蔦屋書店およびT-SITEであることはよく知られている。彼らは新しいことにチャレンジするため、それまでの「業界」とは距離を取っているように見え、むしろ「界隈」で影響力をもつプレイヤーのブランド力をうまく生かしながら、グラデーションの中で独自のポジションを築いている。もはや単に本が並んでいるだけで集客できる時代ではなくなったが、空間的な魅力を高め、カフェを併設して居心地をよくすることで集客力を上げ、周辺のテナント価値や売り場の広告価値を上げる誠品書店・蔦屋書店的手法は、いまや世界中に広がっている。

そのような集客力を誇る蔦屋書店を擁するCCCの経営的な柱はTポイント事業であり、言うまでもなくそれは個人の消費行動をビッグデータとして取り扱う事業だ。書店に限らず様々な業態に導入することで、ある本を買う人が他にどういう行動をするかを分析し、ターゲティングしたクーポンをレシートに印字するようなことができる。もはや書店は集客力を利用したマーケティングスポット兼、個人情報の収集場所になり得るというわけだ。Amazonが本国において「Amazon books」や「Amazon 4-star」などの実店舗を展開し、「Whole Foods Market」などを買収するのも、物流におけるラストワンマイル問題を解決すると同時に、リアル店舗でしかできない、より直接的な顧客とのコミュニケーションを通じて、最適化に役立つ詳細なデータ収集を行うためであると考えられよう。

「業界」のテクノロジーはいまのところ、このように進化を志向しているように見える。先に書店について「人々をハックし『泡』を強化する場所にもなり得る」と書いたのは、このような意味においてだ。本ほど、買う人の趣向や思想のあらわれる商品はない。他人のプライベートな本棚を見て、まるでその人の頭の中を覗いてしまったような、後ろめたい気持ちになったことがある人も多いだろう。本は直接的に情報を凝縮した商品であるから、その人が関心を持つものを特定するための鍵となる。

もちろん、紙の本が直接インターネットに接続することはいまのところない。「業界」がそのようなテクノロジーを駆使して人々をハックしようと目論んでいる、などというつもりは毛頭ない。大多数の人が目指しているのは純粋に、効率や利便性であるはずだ。けれど私たちが「ハック可能な動物」である自覚を持ち、構造のわからないテクノロジーに対して敏感になるべきだとしたら、一見ローテクな顔をした、しかし読むことで直接的に人生を左右するほど人に強い影響を与えてしまう本という商品、それを扱う書店という場所が、私たちを「泡」に閉じ込めるテクノロジーからも決して遠い存在ではないことは、意識しておくべきだ。特に、「業界」の現場で働く良心的な人々こそ、上層部がいつか何らかの意図を持ったときに、事態を敏感に察知できるようにありたいはずだ。

とはいえ、世界から見れば日本は言語人口が少ない、出版の「課題先進国」である。まだ「業界」が保たれているが、GAFAをはじめとする海外の巨大企業が国内企業を圧倒しており、国内企業が「自分以上に自分のことを知っている誰か」としての力を持つには、ユーザーとの接点もデータも足りないと言わざるを得ない。そのような「泡」的なテクノロジーを極めるには、巨大なプラットフォーマーが圧倒的に有利だ。

そのように考えたとき、日本の出版流通のテクノロジーは、どのように進化すべきか。もしまだ模索の段階にあるのだとすれば、個人情報を収集し、パーソナライゼーションで巨大企業に対抗しようとするのではなく、ずっと規模が小さいとしてもいっそう良心的であろうとし、その良心を明示するテクノロジーを目指すべきではないだろうか。

テクノロジーは必ずしも悪しき「泡」を生み出す方向だけに進むのではない。『ウェルビーイングの設計論』では「テクノロジーは人生を肯定してくれるような出来事を驚くほどサポートすることもできるし、私たちの悪しき習慣を恒久化してしまうこともできる。そして、テクノロジーがどちらの方向に歩みうるかは常に私たち、つまりテクノロジーをデザインして、消費する人間の手にかかっているのだ」としている(*2)。日本のニュースアプリSmartNewsのUS版は、アメリカ大統領選の前から「Political balancing algorithm」を導入し、「リベラルな人にも、保守的な人にもバランスの取れたニュースを届ける」ように調整しているというそもそもGoogleも、その行動規範に「Don’t be Evil」を掲げており、2015年Alphabetへの再編にあたってそれを「Do the Right Thing」と言い換えている

たとえば、「業界」が取り組み得るひとつの良心的な、小さなテクノロジーの可能性は、書店の現場から明らかなヘイトやレイシズムを排除することだ。残念ながら、いまも大手から中小まで様々な出版社から、その手の本は出版され続けている。『NOヘイト!』には、そうした本を並べる書店側の、ビジネスとして成立する以上排除はしにくい苦しみが読み取れる(*3)。また、それを排除しようとする行為自体が思想統制につながる構造を持ち、また議論を戦わせるためにこそ隠蔽するのではなく参照可能な場所に置いておくべき、という考え方もある。自分は個人として、それでも反対する立場をとっているが、ここでは個人的なスタンスとは別の側面、ビジネスとしての「業界」の存続の側面から考えよう。

先に、Twitterで差別的な発言を繰り返していた匿名アカウントの件で、「そうした情報を大量に摂取しているうちにさらに近しい情報が集まりやすくなるという『泡』の中で、自身も発言を繰り返しながら、ある種の確信を増していった」のではないかと書いた。彼のような人が書店に行くとき、その手の本が当たり前のように並んでいれば、並んでいるというその事実自体が、彼の確信をさらに強化する力を持つ。

現状の書店でさえこのようなことが想像できるとして、さらに顧客の情報を解析して消費を促すようなテクノロジーが浸透すればするほど、なおさら書店は彼のような人物を一定の方向に強化し、ヘイトに加担することになってしまう。しかも網羅性、レコメンデーションの精度、その他あらゆる効率や利便性において、リアル書店は巨大なプラットフォーマーに対しては、残念ながら優位はとれないだろう。ならば、たとえ網羅的であろうとすることを放棄しても、むしろそのテクノロジーを違う方向に使い、それを明示することで、巨大企業が失いつつある信頼を得ることが、まず得策ではないだろうか。

どのような本を排除すべきか、人間の目では見極めが難しいという声もある。しかし、むしろそういう件こそテクノロジーの出番であるはずだ。たとえば、まずは書誌情報や口コミである程度、絞り込むだけでよいかもしれない。あるいは絞り込んだものだけ全文を読み込んで、それを解析するようなことから始められるかもしれない。もちろん、それもフィルタリングではある。しかし客にパーソナライズするわけではなく、あくまで書店側が判断するための、ひとつの客観的な道具としてのテクノロジーだ。一律の法規制などではなく、あくまでそれぞれの書店がフィルターの強さを選ぶ。もちろんアルゴリズムは公開される。そうした道具を用意し、それぞれの書店が使うことで、「業界」の信頼に変えられるのではないか。

書店は一時的に、その手の本の少なくない売上を失うだろう。存続が難しくなる出版社も出てくるかもしれない。けれど人間がハック可能になる時代だからこそ、良心的なテクノロジーを志向し、信頼を得ることは、結果的にビジネスに返ってくるはずだ。そして、そのような痛みを伴うことこそ、「業界」全体で取り組むべき課題ではないだろうか。

これはあくまで、小さくとも良心的なテクノロジーの一例に過ぎない。アプローチは他にも見つけられるはずだ。台湾や韓国にはAmazonが上陸しておらず、「博客来」や「aladin」が、本好きから愛されるサイト運営をしていると書いた。彼らが類似の問題にどのように対処しているかまでは把握していないが、少なくとも彼ら自身がつくるコンテンツを通じてユーザーから一定の信頼を得ており、そのことが外資の参入障壁を高くし、ビジネスを円滑にしていることは間違いない。近年では両者ともに、独立書店とのコラボレーションにも積極的に取り組んでいる。彼らは本好きの信頼を得るためのブランディングを意識しているはずだ。

「業界」の中心に本質的に備わっているテクノロジーに、良心の種を植え付けること。Amazonをはじめとする巨大企業側に「泡」的な疑いの目が向けられ、必ずしも良心のイメージがない今こそ、別の良心的なテクノロジーがオルタナティブになる可能性を感じる。

*1 ジョディ・アーチャー&マシュー・ジョッカーズ(著)川添節子(訳)『ベストセラーコード 「売れる文章」を見きわめる驚異のアルゴリズム』(日経BP社、2017)P.15

*2 ラファエル・A・カルヴォ/ドリアン・ピーターズ(著)渡邊淳司/ドミニク・チェン(監訳)『ウェルビーイングの設計論 人がよりよく生きるための情報技術』(BNN新社、2017)P.330

*3 ヘイトスピーチと排外主義に加担しない出版関係者の会(編)『NOヘイト! 出版の製造者責任を考える』(ころから、2014)P.61~81

(6)全体の未来よりも、個人としての希望を へ続く

初出:『ユリイカ 2019年6月臨時増刊号 総特集 書店の未来

※上記は『ユリイカ』に寄稿した原稿「不便な本屋はあなたをハックしない」の一部です。2019年5月上旬に校了、5月下旬に出版されたものです。編集部の要望も踏まえ、しばらく間を空け順次の公開という形を取り、2019年8月にnoteでの全文公開が完了しました。
本稿以外にも多角的な視点で対談・インタビュー・論考などが多数掲載されておりますので、よろしければぜひ本誌をお手にとってご覧ください。

ユリイカ 2019年6月臨時増刊号 総特集 書店の未来
目次:【対談】田口久美子+宮台由美子/新井見枝香+花田菜々子【座談会 読書の学校】福嶋聡+百々典孝+中川和彦【未来の書店をつくる】坂上友紀/田尻久子/井上雅人/中川和彦/大井実/宇野爵/小林眞【わたしにとっての書店】高山宏/中原蒼二/新出/柴野京子/由井緑郎/佐藤健一【書店の過去・現在・未来】山﨑厚男/矢部潤子/清田善昭/小林浩【書店業界の未来】山下優/熊沢真/藤則幸男/富樫建/村井良二【海外から考える書店の未来】大原ケイ/内沼晋太郎



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