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本を売らない本屋のあり方

第6章 本屋と掛け算する(3)

 また本書では「本をそろえて売買する人」でなくとも「本を専門としている人」を皆「本屋」と呼ぶ。たとえば歯医者の一角に本棚があって、院長お勧めの本を並べていて、長くなりがちな待ち時間の間にぜひ読んでほしいと思っているとしたら、広義には〈本屋×歯医者〉であると考えたい。

 よって、本を売らない掛け算の形もある。本が閲覧用に、訪れた人に読んでもらえるように並んでいる場所は、人と本との出会いの場所のひとつだ。本棚ひとつでも、ほんの数冊のコーナーでも、本が読める場所が街の中にいくつもあれば、それは街じゅうに小さな図書館があり、街全体がひとつの図書館のようになっていると言える。

 たとえば院長の選書がすばらしければ、街にいくつかある歯医者のうち、本があることを理由にその歯医者を選ぶ人が出てくる。長くやっていれば、子どもの頃その歯医者に通ったおかげで、自然と本を読むようになった、という人さえ出てくるかもしれない。この〈本屋×歯医者〉は、よい相乗効果を生んでいるといえるだろう。ビジネスとしての歯医者の集客に本が役立っていて、かつ歯医者という業態に生まれがちな待ち時間が、本の面白さを伝える役割を果たしている。

 このような本を売らない本屋のあり方もある。

 ひとつだけ注意したいのは、本の貸出を行う場合だ。本には著作権があり、その中に貸与権というものがあるので、日本で貸出のビジネスをする場合は原則的に、収益を著作権者に還元しなければならない。

 著作権管理団体である「一般社団法人出版物貸与権管理センター」を通じて、使用料を支払うことができる。近年DVDレンタル店などでコミックのレンタルを行っているが、元はこの業態がきっかけで生まれた団体だ。実際に、本の貸出がビジネスとして成立しているのは、現時点ではコミックだけであるといってよい。話を伺ったところ、コミック以外の書籍も著者の意向で一部は許諾の処理がされているものの、実際には貸出が行われている事例の報告はないという。

 なお、いわゆる「貸本屋」という業態は、本が高価だった昔から庶民の娯楽として親しまれ、一九六〇年代初頭までは全国にたくさんあった。その後、本が安価になり、公共図書館が充実していったことによって衰退していったが、二〇〇〇年以前から貸本屋として営業していて、蔵書数が一万冊以下であれば、既得権として使用料は免除される。東京・池尻大橋の「ゆたか書房」など今でも営業しているところが数軒あるが、聞くとやはりコミックが中心であるという。

 また、本の貸出は、たとえそれ自体でお金を取らないとしても、注意が必要だ。本を貸すということは、再度返しに来てもらうということになる。客に再訪してもらうことを狙って本の無料貸出を行っているとすれば、それは本という著作物をビジネスに利用していると捉えることができる。そう考えると、ビジネスの収益の一部は、著作権者に還元すべきということになる。

 プライベートで、単に友達に本を貸したりすることは、もちろん問題ない。営利目的ではなく、小さな私設図書館をつくり、地域の交流の場とするような活動も盛んで、それも問題ない。また、貸し借りを行わないのであれば、店内に閲覧用の本が並んでいて、そこで別のビジネスを行うのも問題ない。貸出を行うことがビジネスと結びつく場合においてのみ、注意が必要になる。

 そのため、本を売らない本屋で生計を立てたいと考えるのであれば、貸出はややハードルが高いと考えておいたほうがよい。できれば、その空間の中でだけ閲覧することと、他のビジネスとを組み合わせるほうがよい。もし貸出を行う場合は、前述の出版物貸与権管理センターや、弁護士などの専門家に相談するのがよいだろう。

 なお、本を売らない場合、本を管理するのには「リブライズ」というサービスを活用するのが便利だ。簡易的な図書館の在庫管理・検索システムのようなもので、蔵書されている本を、インターネット経由で一覧にして見せることができる。私設図書館のような場所では貸出のシステムとしても利用できるし、貸出をしないとしても、本の管理だけでなく、どんな本がある場所かを訪れる人に知ってもらうことができる。

 以降では、いくつかの業態との「掛け算」のバリエーションについて、それぞれに事例や注意点、考え方などをみていく。

※『これからの本屋読本』(NHK出版)P205-P207より転載


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