不便な本屋はあなたをハックしない

不便な本屋はあなたをハックしない(1)本屋としての筆者

「不便な本屋はあなたをハックしない」目次
(序)
(1)本屋としての筆者
(2)「泡」と「水」――フィルターバブルを洗い流す場所としての書店
(3)独立書店と独立出版社――「課題先進国」としての台湾、韓国、日本
(4)日本における二つの円――「大きな出版業界」と「小さな出版界隈」
(5)「大きな出版業界」のテクノロジーに、良心の種を植え付ける
(6)全体の未来よりも、個人としての希望を
※「不便な本屋はあなたをハックしない(序)」からお読みください。

本論の前提ともなるため、まず本屋としての筆者の活動を紹介する。

大学を卒業した2003年から、人と本との出会いをつくることをテーマに活動している。当初は「book pick orchestra」という団体の代表として、2007年からは「NUMABOOKS」という自らの屋号で活動している。古本の文庫本を中身が見えないように包み外側に印字された一節の引用文だけで選ぶ「文庫本葉書」(2003~)、入場料を払って本との偶然の出会いを楽しむ特別な体験を提供する古本屋「book room[encounter.]」(2005)、本好きの美容師に最も影響を受けた本をカットしてもらい作品として展示する「本/紙/髪」(2007)、カフェで提供する文庫本とドリンクのセットメニュー「文庫本セット」(2009)、一人一人のために選書する無人書店兼オブジェ「numabookface」(2011)など、本の売り方や届け方についての実験的なプロジェクトを手がけてきた。

その一方で生業にしてきたのは、アパレルや雑貨店、家具店、レコード店などの一角に小さな本の売り場をつくったり、オフィスの受付や病院の待合室、集合住宅の共用部分などの一角に小さなライブラリーをつくったりする仕事だ。また、本のある生活のための道具ブランド「BIBLIOPHILIC」(2011~)をプロデュースし、全国の書店に卸す読書用品の開発に現在まで携わっている。

2012年がひとつの転機となった。新刊書店「本屋B&B」を、博報堂ケトル・嶋浩一郎氏との協業でオープンし、自ら経営するようになった。本は、主に取次(出版卸)大手のトーハンから仕入れているが、中小の出版社や個人からの直取引にも力を入れている。「B&B」は「Books & Beer」の略で、店内でビールが飲める。最大の特徴は、本の著者や翻訳者などを招いたイベントをオープン以来毎日欠かさず開催していることで、7年目となる現在まで途切れることなく続いている。

それ以降、青森県八戸市で行政が直営する書店「八戸ブックセンター」(2016~)、東京・神保町の岩波ブックセンター跡地にオープンした「神保町ブックセンター」(2018~)、500坪超の大型書店「HMV&BOOKS TOKYO(現SHIBUYA)」(2015~/現在は契約満了)など、異なるタイプの書店の立ち上げに携わるようになった。また、2016年より長野県上田市に本拠地を置きインターネットで古本の買取・販売を行う、株式会社バリューブックスの社外取締役もつとめている 。2017年からは新たな自社事業として、NUMABOOKSとして出版もはじめた

並行して、本屋を増やすための情報発信や場づくりをするようになった。2冊目の単著『本の逆襲』では、「出版業界の未来」と「本の未来」は別のものであるという前提のもと、「出版業界」の外側に広く拡張している「本」のふるまいを、本による本のための逆襲であると書いた。本を売る場所やシステムのことを「書店」、本に携わる人のことを「本屋」というふうに異なる意味で使い分け 、「あなたも『本屋』に!」という一文で締めくくった。その実践編として、2014年より「これからの本屋講座」という私塾をはじめた 。2018年に上梓した3冊目が前述の『これからの本屋読本』で、業界内にいてもその全貌が見えにくい「本の仕入れ方」に関する情報を網羅し、これからの本屋が取るべき実践的なアプローチとして「ダウンサイジングする」「掛け算する」「本業に取り込む」「本業から切り離す」の4つを掲げ、それぞれ実例を盛り込んだ。

同時に活動の一環として、東アジアを中心とした海外の書店や出版社との交流を重ねるようになった。2冊の共著の取材・執筆や、2017年に中国の四川省・成都市で行われた「成都国際書店論壇」への招聘、2017年より毎年大阪で開催している韓国・台湾・香港の独立系の出版社や書店を招くブックマーケット「ASIA BOOK MARKET」の企画などを通じて、多くのことばを交わしてきた。

以下はあくまで試論にすぎない。いずれ小規模な読書会でもやりながら、より周辺の考えを深めていくつもりだ。思うところのある読者はぜひ直接、筆者にフィードバックをいただければうれしい。

(2)「泡」と「水」――フィルターバブルを洗い流す場所としての書店 へ続く

初出:『ユリイカ 2019年6月臨時増刊号 総特集 書店の未来

※上記は『ユリイカ』に寄稿した原稿「不便な本屋はあなたをハックしない」の一部です。2019年5月上旬に校了、5月下旬に出版されたものです。編集部の要望も踏まえ、しばらく間を空け順次の公開という形を取り、2019年8月にnoteでの全文公開が完了しました。
本稿以外にも多角的な視点で対談・インタビュー・論考などが多数掲載されておりますので、よろしければぜひ本誌をお手にとってご覧ください。

ユリイカ 2019年6月臨時増刊号 総特集 書店の未来
目次:【対談】田口久美子+宮台由美子/新井見枝香+花田菜々子【座談会 読書の学校】福嶋聡+百々典孝+中川和彦【未来の書店をつくる】坂上友紀/田尻久子/井上雅人/中川和彦/大井実/宇野爵/小林眞【わたしにとっての書店】高山宏/中原蒼二/新出/柴野京子/由井緑郎/佐藤健一【書店の過去・現在・未来】山﨑厚男/矢部潤子/清田善昭/小林浩【書店業界の未来】山下優/熊沢真/藤則幸男/富樫建/村井良二【海外から考える書店の未来】大原ケイ/内沼晋太郎


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