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本を仕入れる前に

別冊 本の仕入れ方大全 1

この別冊について

 本を売りたい。少しの利益を得るために、定価ではなく、卸値で仕入れて売りたい。とてもシンプルなことなのだけれど、実はこれが、特に新品の本においては、一筋縄ではいかない。

 多くの人は、まず「本 仕入」などのワードで、インターネットで検索するだろう。すると、確かに大手の出版取次のサイトも出てくるが、その他一ページ目に出てくる情報のほとんどは「Yahoo! 知恵袋」などのQ&Aサイトで「本の仕入れ方がわからない」などと質問されたものだ。回答はまちまちで断片的で、網羅的なものはひとつもない。「どうやらハードルが高そうだ」ということだけが、はっきりとわかる。自分のやろうとしていることに合った形があるのか、ないのか。肝心の答えはわからない。全貌はまるでわからない。

 ネット上になくとも、まとまった「本の仕入れ方」についての本があるだろうとAmazonで検索してみても、残念ながら見つからない。他の業界向けに書かれた、何か別のものの「仕入れ方の本」が出てくるだけだ。

「本屋をやりたい」と漠然と思った人の前にあらわれる、最初の、かつ最大のハードルが「本の仕入れ方がわからない」ことだと、ずっと感じていた。

 もちろん仕入れられたからといって、必ずしも店として成立するわけではない。どんな店にしたいのかが一番大切だし、一定量を売ることができなければ、継続するのは難しい。けれどだからこそ、こんな時代にわざわざ「本を売りたい」と思った人が、「仕入れ方」などでつまずくようでは、未来がないに決まっている。「仕入れ方」はできるだけ丁寧に、網羅的にオープンにしたほうがよい。この別冊は、その「仕入れ方」のハードルを下げるために書いた。ぼくが本書を執筆した最初の動機は、この別冊を書くことにある。本を売りたいと思った人に、本の仕入れ方をできる限り網羅し、多くの選択肢を提示すること。そこから、自分に合った方法を選んでもらうことを目的としている。出版業界は広く、細分化されているので、その中で働く人であっても、自分が関わらない業務、自社の取引先でない業態までは、必ずしも全体像として把握しきれていない。そのため、これから本屋をはじめようとする人に、そのハードルを必要以上に高いものと伝えてしまったり、新たな業態やサービスが出てきたときに、それを正当に評価しきれなかったりすることが起こっているように感じる。憚りながら、そのような同業者にも役に立つように書いたつもりだ。

 ただし、あくまで二〇一八年現在の日本に限った情報であることと、細かい部分はケースバイケースであり一般化しきれないことは、留意していただきたい。ともあれ、はじめる前に全体像がわかれば、少なくとも心理的なハードルは、ずいぶん低くなるはずだ。

本が読者に届くまで

 仕入れの話をする前に、まずは本が読者に届くまでの、流れをざっと理解しよう。

 著者が、本を書く。出版社が、その本を出版する。取次が、出版社から新刊書店、あるいは図書館に、その本を卸す。新刊書店が読者に売る。あるいは図書館が読者に貸し出す。さらには古書店が、読者から買い取ったものを次の読者に売る。これが本が読者に届くまでの、大雑把な流れだ。

 本づくりには多くの場合、著者と出版社のほかにも様々なプレイヤーが関わる。出版社には必ず編集と営業というふたつの機能がある。編集者は、企画を立て、本づくりにかかわるすべてのプレイヤーの中間に立ち、本が出来るまでをディレクションする。編集者と二人三脚で本づくりをするのはデザイナーで、本の造本や装丁、ページのデザインを行う。必要に応じて、イラストが必要ならイラストレーター、写真が必要ならフォトグラファーなどと協業して、中身をつくっていく。一方で、印刷会社や製本会社、紙卸商社などと協業して、外側を計画していく。最後に校正・校閲者が加わり、内容に間違いがないかチェックする。こうして、編集者とデザイナーと、各プレイヤーとの何度かのやり取りを経て、本ができあがる。

 できあがった本は、出版社の営業が、主に取次と新刊書店に売り込んでいく。取次は、各書店の事前注文やこれまでの販売実績をもとに、本を書店に振り分けていく。それを配送業者が各地に納品していく。図書館には司書の判断で選ばれた本が、取次や新刊書店、ときに古書店からも納入されていく。

 このようにして本は、読者の手元まで届く。本書では「本を専門としている人」すべてを広義の「本屋」としているが、「仕入れ方」の話をするこの別冊においては、主な対象は「本をそろえて売買する人」になる。

新品?新刊?新書? 古本?古書?

 本題に入る前にもうひとつ、初めての人にはややこしくなりがちな、ことばの問題を整理しておく。

「新品」の本を扱う書店のことを、「新刊書店」という。「新品」の本というのは、出版社がその本をつくってから、まだ誰も買っていない本のことだ。一度でも誰かが買うと、仮にそれが一度も開かれていないピカピカの状態であっても、「古本」もしくは「古書」として扱われる。逆に、店頭に長く陳列されてボロボロになった本も、誰も買っていなければ「新品」として扱われる。そうしたものが返品されて出版社に戻ると、それを「新品」としてまた出荷するために、カバーや帯を新しいものに取り替えたり、本をクリーニングしたりする。

 一方、「新刊」というのは、出版されたばかりの本のことだ。だいたい、出版されてから三か月程度までのものを指すが、厳密ではない。書店員が「まだ出版されたばかりだ」と感じていれば、店頭では「新刊」として扱われることが多い。一方、「新刊」でなくなっても、「新品」の本であれば、出版から何年経っていても扱うのが「新刊書店」だ。つまり「新刊書店」とは言うものの、必ずしも「新刊」だけを扱っているのではない。むしろ「新品」の本全般を扱うのが「新刊書店」であると考えてよい。

 間違われやすいのが「新書」ということばだ。たまに「新書」ということばを、「新品」あるいは「新刊」の意味で使う人がいるが、残念ながらこれは間違っている。「新書」は「新書サイズ」と呼ばれる、特定の判型の本を指す。「岩波新書」とか「中公新書」といったレーベルの本を思い出してほしい。いずれも縦横の長さはほぼ同じであるはずだ。その判型の本は、「新品」であろうが「古本」や「古書」であろうが、すべて「新書」と呼ばれる。

 一方、「古本」や「古書」を扱う店が、「古本屋」もしくは「古書店」だ。「古本」と「古書」、および「古本屋」と「古書店」は、それぞれ区別なく、同じ意味で使われることが多い。ただしニュアンスとして、比較的最近の本、まだ新品で入手可能な本を「古本」と呼び、かなり古い本、入手困難になっている本を「古書」と呼ぶことで、使い分けることもある。たとえばAmazonにおいては二〇一八年現在、以下のように定義されている。

Amazon.co.jpでは、1880年代(明治初期)~1980年前半までに発行された、ISBNが付いていない本を「古書」と定義し、それ以降に発行されたISBNが付いている本を「古本」と定義しています。古書にはある年代に発行された初版などが含まれ、一般的に一部コレクターの間では珍重され、高額で売買されています。

Amazonヘルプ&カスタマーサービス 注文 〉商品情報 〉古書について

 Amazonのようなところではマーケットプレイスとしての性質上、厳密に定義せざるを得ないだろうが、実際はこのように厳密に定義されて使い分けられてはいない。ややこしいことだが、もし現時点でこれらのことば遣いに馴染みがなく、一読してわけがわからなくなったとしても、使っているうちにすぐに慣れるので、安心してほしい。以下では総称として、「新品の本」と「古本」を使う。

新品と古本、それぞれの特徴

 新品の本と古本では、それぞれ商品としての特徴が大きく異なる。

 新品の本は、粗利率が低い。本によっても本屋によっても異なるが、一般論としてはおおよそ二割と考えることが多い。書店が一〇〇〇円の本を売ると、そのうち二〇〇円が粗利となる。なお、仕入価格(下代)が、販売価格(上代)の八〇%なので、これを商取引上は「八掛」と呼ぶ。この二割の中から人件費や家賃、光熱費を賄わなければならない。わずかに残った額が純利益となる。

 なぜ、それほど粗利率が低い商売が成立してきたのか。それは、取次を通じて新刊が自動で入ってきて、それをしばらく並べた後、出版社に返品できるという仕組みがあるからだ。この、取次を通じて返品ができる制度は委託制(*1)と呼ばれ、出版流通の二大制度のうちのひとつである。粗利率が低いぶん、在庫を抱えるリスクも低いので、薄利多売ではあるが安定的な商売ができる、と長年言われてきた。

 もうひとつの特徴的な制度は、再販制(*2)である。メーカーが小売店に対し、定価での販売を要請できる制度のことだ。一般的に再販制は独占禁止法で違法とされるが、日本では著作物は例外として認められている(*3)。なので全国津々浦々、どこの書店に行っても、同じ本は同じ定価で売られている。その他の身近な例でいうと、新聞も再販制が採用されている。

 一方、古本の場合、値段を決めるのは小売店の側であり、自ずと粗利率も小売店次第となる。しかし一度買い取ってしまえば、もちろん返品はできない。

 そのため、古本には買取と販売の、二つの商売がある。安く買うことと、高く売ることは、違う商売だ。よって、買取を専門とする古本屋も、販売を専門とする古本屋もいる。もちろん両方をやる古本屋もいる。

 本という意味ではどちらも同じものであるとはいえ、商品として扱うときには、新品の本と古本とでは大きな違いがあることがわかる。

 そのため、新品の本と古本とを同じ店で混ぜて売ることは、取次や出版社から、ある時代まではタブー視されていた。客にとって紛らわしい売り方をしてはいけないのは当然だが、流通上、古本として安く仕入れた本が、間違って新品の本として出版社に返品されてしまうと、定価にあたる金額が戻ってくることになり、小売店が不当な利益を得ることにもなってしまうからだ。

 しかし近年では、新品の本と古本の区別を明確にし、間違いの起こらないようきちんと管理を行うことで、併売する例も多くなってきた。二〇一〇年には「新刊書店が中古本を併売するに当たっての販売ガイドライン」が公開され(*4)、現状、それに沿う限りは容認されているといえる。

 長くなったが、ここまでが前置きだ。ざっくりとした流通の流れと、新品の本と古本とが商品としては別物でありそれぞれの特徴があるということ、きちんと管理すれば同時に扱うことができるということだけ、おわかりいただければと思う。いよいよ本題の、それぞれの本の仕入れ方の話に入ろう。

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*1  ここでいう「委託」は、厳密には「返品条件付買切」のこと。他の業界で「委託」というとまず商品を預けて後で精算することをいうが、出版業界ではまず商品の代金を先に支払い、返品時に返品分の金額を払い戻す「返品条件付買切」のことを慣例的に「委託」と呼ぶ。取次と書店の間では、その月の納品金額から返品金額を差し引いた額が請求される。ただし、取次を通さない場合は、本来の意味での「委託」による取引を行うことも多い。

*2  再販制は再販売価格維持制度の略。出版業界においては、出版社と書店が取次を介して契約するのが一般的。契約書のひな型は、一般社団法人日本書籍出版協会(書協)のサイトにて公開されている。
http://www.jbpa.or.jp/publication/contract.html

*3 自由な価格競争を阻害するため大多数の商品においては違法とされるが、著作物においては、もし自由な価格競争が行われてしまうと、大量に印刷され安くつくられる本ほど市場に流通しやすくなり、文化的な多様性が失われてしまうと考えられている。

*4 一般社団法人日本出版インフラセンターが公開。
http://www.jpo.or.jp/topics/data/20100618-guideline.pdf

※『これからの本屋読本』P115-121、P156より転載


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