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出版社をはじめた

第9章 ぼくはこうして本屋になった(11)

 二〇一七年、「NUMABOOKS」として出版事業をはじめることにした。理由は三つある。

 一つ目は、一五年近く仕事を続けていくなかで、「この人の本を出したい」と思う人との出会いが増えていたこと。二つ目は、選書の仕事をしていく中で「こんな本があったらいいのに」「この本はもう少しこうだったらいいのに」と気づく機会が多くなったこと。そして三つ目は、出版社の側からしか見えない世界があるはずだということだ。それまでも本づくりに携わる機会は何度かあった。けれどそれらの機会も含め、それまで出版社の人と話してきたアイデアも、実際には実現しないことが多いと感じていた。その背後にはきっと、新刊書店の経営をして初めてわかったことがあるように、編集者の側、あるいは出版社を経営する側にきちんと回らないと、実感を持って理解できないことがあるはずだと考えた。

 実際にこの一年、著者やデザイナーとやり取りをしたり、自社に対して提示された印刷の見積を見たり、流通上の細かなハードルにぶつかったりすることで、今までわかったつもりであったことが、実際には全然わかっていないことばかりであったことを、日々痛感している。

 けれどそれでも何とか、出会うことができた素晴らしい著者とその作品を、できるだけその内容にふさわしい形にしたい。それは編集や装丁や造本だけではなく、どのように人の手に届けるかという流通や話題づくりまでのことを含む。細部までこだわった編集やデザイン、インターネットの時代にふさわしい流通や話題づくり、既存の流通や書店店頭での常識的に実現できないとされてきた造本や価格。ほんの一か所でも、そうした既存の常識や制約を越えていくような本づくりを心がけて、これまで四冊の本をつくっている。

 吉田昌平『新宿(コラージュ)』では、全体が真っ白の簡素なようで豪華な仕様にこだわり、先行発売を何段階かに分けて話題づくりをして、最初のプラットフォームとしてクラウドファンディングを使った。Rethink Books編『今日の宿題』では、期間限定の店づくりと合わせて編集のプロセスを考え、また自社限定発売とすることで、挑戦的な造本や価格を実現した。菅俊一『観察の練習』では、直感的に違和感のあるサイズや、通常では避けられるような読みにくいタイトル文字など、造本やデザインに徹底的にこだわった。佐々木大輔『僕らのネクロマンシー』は、三五〇部限定の特装版で、小説にして参考価格は一万三五〇〇円、時価でだんだん値段が上がっていくという価格設定を直販で実現した。それぞれ、他にも小さなこだわりや、これからはじめる仕掛けがたくさん詰まっている。もちろん実現したくてもできなかったこともある。

 これからも様々なことにチャレンジしながら、一冊ずつの本を通じて、読者の方々に新しい体験を提供する出版社であり続けたいと思っている。

※『これからの本屋読本』P310-312より転載


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