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本と人との出会いをつくる仕掛け

第9章 ぼくはこうして本屋になった(5)

 ぼくが会社を辞めた二〇〇三年六月、「ブックピックオーケストラ」は、本と人との出会いを生み出すユニットとして、まずは三人で活動をはじめた。いわばサークル活動のようなアートユニットのような有志の集まりで、学生時代の仲間を中心にして、少しずつメンバーが増えていった。

 まずはウェブサイトからはじめた。当時のオンライン古書店は、単に本の目録と写真が載っているだけのようなものが多かった。そこで「古本屋ウェブマガジン」というコンセプトで、一冊の古本を紹介するのにわざわざ撮影に出かけたり対談を収録したり、古本に関するコラムを毎日更新したり、とにかく採算を度外視して、たくさんのコンテンツを詰め込んだ。ウェブマガジンの記事の中で、一冊の古本を売ることをイメージしてもらえばよい。とにかく面白いサイトをつくれば、自分たちもやっていて楽しいし、誰かは注目をしてくれるだろうと考えた。

 二〇〇三年七月、結成してはじめての出張イベントのために、最初につくった商品が「文庫本葉書」だ。文庫本をクラフト紙で包んで、表面はいわゆる葉書として宛先とメッセージが書き込めるようになっており、裏面には中身の本の一節を引用した文章が印刷されている。文庫本が入っていることはわかるが中身は見えず、著者名やタイトルなどもわからない。引用を頼りに、新しい本と出会うための商品だ。購入したら自分で開けて読むのもよいし、ポストに投函して誰かへのプレゼントにしてもよい。

 本にまつわる情報を、引用という一か所に絞って、それ以外の要素を隠して揃えることで、選びやすくなる。二〇〇四年には北尾トロ氏から声をかけていただいて、「新世紀書店」というブックイベントに参加した。最終的には『新世紀書店』(ポット出版)という書籍になったことで、いまも記録として残っている。そこでは、情報を推薦者の顔写真と出身地と好きな食べ物に絞った「Her Best Friends」という商品を展開し、約二週間の会期でほぼ完売した。その後も同じ方法論で、本の初版年だけに絞るなど、色々な売り方をした。

 二〇〇五年八月には、予約制で入場料制の、「book room [encounter.]」というリアル店舗を持った。本棚に並べられている本は、最初は袋に包まれていて、中身は見えない。客はそこから自由に選んで開けることができる。欲しい本であれば購入できる。しかし、購入しない場合はそのまま元に戻すことはできない。同封されている用紙に、その本をパラパラ眺めて気になった一節の引用と、その本を次に手に取る人のためのメッセージを残すことがルールだ。その紙を本に挟み、袋は外して、もとあった場所に戻す。これを繰り返していくと、最初はどこに何があるかわからなかった店内が、営業するうちにだんだんと袋が開いていき、このあたりがこのジャンルだということがわかるようになっていく。そして袋に入っている本は、まだ誰も出会っていない本であり、袋から出ている本は、過去にこの店に訪れた誰かによる引用とメッセージが入っている本である、ということになる。人から本へ、本から人へ、偶然の出会いを演出する本屋として、二〇〇六年一〇月まで、横浜で運営していた。

 二〇〇五年六月には、東京・恵比寿にあるギャラリーを借りて、本に自由に書き込みができる期間限定書店「WRITE ON BOOKS」もオープンした。古本に残された前の持ち主の跡を面白がって拡張するのと同時に、書き込みをすれば大量生産品である本が世界に一冊だけのものになるということを示したいと考えた。

 お金にはならなかったが、少しずつ名前が知られていく実感はあった。この頃、どのように本と人とが出会い得るのか、時間も気にせず延々議論をしたことは、その後の自分の活動に確実につながっている。けれど、メンバーが増えていく中で意見の相違も出るようになり、ぼくは徐々に皆をまとめていくことができなくなっていった。二〇〇六年末、実質的なリーダーになっていた川上洋平に、代表をバトンタッチした。それ以降、「ブックピックオーケストラ」の活動は現在まで続いている。「本屋B&B」でも、「文庫本葉書」はいまも人気商品のひとつだ。

※『これからの本屋読本』P301-303より転載


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