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ブック・コーディネーターという肩書

第9章 ぼくはこうして本屋になった(6)

 二〇〇五年一〇月、東京の原宿・神宮前に「TOKYO HIPSTERS CLUB」がオープンする。アパレル大手のワールドが運営する、一階に洋服と雑貨と本、二階にギャラリー、三階にカフェがあるコンセプトストアだ。その店の本の売場の担当者として、後にぼくが「ブック・コーディネーター」という肩書を名乗るきっかけとなる、選書の仕事がスタートした。

「HIPSTERS」の名の通り、アレン・ギンズバーグやジャック・ケルアックなどビート・ジェネレーションの作家を起点として、カウンター・カルチャーの系譜をたどりながら、現代のヒップスターを描き出すというのが、選書のコンセプトだ。たまたま「新世紀書店」を見に来た担当者から声をかけられたのがきっかけで、この売場をつくる仕事を任せてもらえることになった。たまたま好きでよく読んでいた分野だったので、少しだけ知識もあった。幸運が重なったとしか言いようがないが、この仕事がきっかけで、同社の別のブランドや、別の企業から、少しずつ本の売場やライブラリの選書の仕事がもらえるようになっていく。当初はフリーランスの書店員を名乗っていたが、後に肩書が必要になり、自分で「ブック・コーディネーター」と付けた。屋号も必要となって「NUMABOOKS」とした。名前を売っていかなければならないので、なるべくわかりやすいほうが良いと思った。

 本棚がブランディングの道具になると気づいたのはこの頃だ。本は利益率も低く、こうした店では飛ぶように売れるものでもない。けれど、ブランドのコンセプトを表現する壁一面の本棚は、この店の人格をあらわすのに欠かせないものだ。これはブランディングだ、と思った。商品や接客、内装や音楽だけでは細かく伝えきれない文脈を、本棚に並ぶ本の背表紙やビジュアル、そして中身が自然に伝えてくれる。自分が大学で勉強していたことと、仕事が合致した瞬間だった。本棚をつくりたいと相談されるたびに、クライアントにそのことを説明した。アパレル、雑貨、音楽、インテリア、宿泊、住宅、飲食、医療、スポーツ、広告……様々な業界の、異なる企業の人と付き合うことは、出版業界との違いを比較して考える癖にもなって、それが次のアイデアの源となった。

 中でも、ディスクユニオンという会社と、二〇一一年に立ち上げた読書用品ブランド「BIBLIOPHILIC」のプロデューサーとしての仕事はずっと続いている。最初はディスクユニオンのCD・レコード店内で、本の売場づくりを依頼されたのがきっかけだったが、いくつかの仕事をご一緒するうちに社長と意気投合し、ブックカバーから本棚まであらゆる「本のある生活のための道具」を扱うブランドを立ち上げる、というアイデアが生まれた。いまや全国二〇〇以上の書店や雑貨屋が卸先で、毎月あたらしい商品がリリースされるようになり、その開発に携わっている。本のたのしみ方についてプロダクトの側から発想することに、他の仕事とは違ったおもしろさがある。

 二〇〇八年くらいから、雑誌の本特集や本屋特集にも、編集や執筆やインタビューという形で、色々声をかけてもらえるようになった。また選書以外にも、出版社や電子書籍端末のブランディングやプロモーションなど、本や本屋に関わるコンテンツのディレクションや制作の仕事にも携わるようになる。出版業界の様々な会合に呼ばれたり、顧問契約をして社内の案件を手伝ったりなど、想像もしていなかった方向に仕事が広がっていったのもこの時期だ。二〇〇九年三月には初となる著書『本の未来をつくる仕事/仕事の未来をつくる本』(朝日新聞出版)も上梓した。すべて、自分の仕事を見つけてくれた誰かとの出会いがきっかけだ。

 同時に、「ブックピックオーケストラ」の時にやっていたような、実験的な本と人との出会いを生み出す「本屋」としての活動も、ひとりで続けた。二〇〇七年には本好きの美容師が一番好きな本をカットした作品展「本/紙/髪」、二〇〇九年には文庫本とドリンクのセットメニュー「文庫本セット」、二〇一〇年には同じ本を皆で読むDJイベント「hon-ne」、二〇一一年には無人の本屋兼インスタレーション「NUMABOOKFACE」など、とにかく「お金をもらわない仕事」の手を止めないようにした。クライアントワークだけになってしまうと、求められることに留まってしまう。インターネットのお陰で、話題にしてもらえることも少しずつ増えていった。

 ひとつの幸運な仕事がきっかけで、それがあらたな経験と人との出会いを生み出し、また次の仕事につながっていく。毎回初めてのことばかりで、胃が痛くなることも多いけれど、このような仕事が、ずっと現在まで続いている。クライアントワークも自主的な活動も相互につながっているので、そのすべてを「ブック・コーディネーター」という肩書の仕事の範疇であることにしている。

※『これからの本屋読本』P303-305より転載


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