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オラペネム (ver.1)

オラペネムはテビペネムピボキシル細粒という抗菌薬(抗生物質)の商品名です. オラペネムはカルバペネム系と呼ばれる抗菌薬の種類に分類されます.
飲み薬で使用できる唯一のカルバペネム系であり, 小児科や耳鼻科で処方されている機会は少なくないようです.
この抗菌薬が必要となる場面は極めて限られます. 必要となる場面以外ではオラペネムの投与は不利益の方が多いと思われます.

(なお本文ではわかりやすいように, 基本情報を除いてオラペネム®の®は省略して記載しています)


オラペネムについての基本情報

・一般名: テビペネムピボキシル (tebipenem pivoxil: TBPM-PI)
・商品名: オラペネム®小児用細粒10%


どのような感染症に使われるか

オラペネムが使用される対象となる疾患はどのようなものがあるでしょうか.
添付文書に記載されている適応症には肺炎, 中耳炎, 副鼻腔炎と記載されており, 通常これらの疾患が対象となります.
また, 対象となる菌株についても添付文書では言及されており, 「テビペネムに感性の黄色ブドウ球菌、レンサ球菌属、肺炎球菌、モラクセラ(ブランハメラ)・カタラーリス、インフルエンザ菌」と記載されています.

ではこれらの病気や菌に対しては自由に使用して良いのかと言えば, そういう訳ではありません.
他の抗菌薬による治療効果が期待できない症例に限り使用するということが非常に重要になります.


なぜ他の抗菌薬による治療効果が期待できない症例に限り使用するのか?

β-ラクタム系薬のなかで最も広い抗菌スペクトル(抗菌作用を示す範囲)と強い抗菌力を有します. つまり他の抗菌薬よりも多くの菌に効果を示しやすいことを意味しています.
一見すると効きやすいので使いやすいのでは?と思われるかもしれませんが, 実際には問題があるために, むしろ極力使わない方がいいのです. その問題は耐性菌の問題です.

耐性菌とは「抗菌薬が効かなくなった細菌」のことで, 近年特に問題視されています.
抗菌スペクトルの広い抗菌薬は特に耐性菌が問題となりやすく, カルバペネム系の使用には十分な注意が必要です.
実際, カルバペネム系抗菌薬には注射用でいくつか種類があります. ただしどれも耐性菌の問題などから届出制や許可制となっています. つまり必要な症例に限って使用するシステムが作られています.
しかしながら, 経口用カルバペネム系であるオラペネムではこういったシステムはないことが一般的です.
従って, 自主的に他の抗菌薬による治療効果が期待できない症例に限り使用する必要があります.


肺炎

肺炎は主に細菌性肺炎とウイルス性肺炎とに分けられ, 細菌性肺炎では通常抗菌薬治療を必要とします.
基本的に細菌性肺炎の軽症例では内服の抗菌薬治療が行われ, 重症例や内服治療が難しい症例では静注の抗菌薬治療が行われます.

内服治療で選択される抗菌薬としては, ペニシリン系抗菌薬であるアモキシシリン(サワシリン®, ワイドシリン®, パセトシン®など)が第一選択薬として推奨されています(*2).
これはアモキシシリンが一般的な細菌性肺炎の原因となるインフルエンザ菌や肺炎球菌などに効果があり, 実際の臨床研究でもアモキシシリン治療が有効であることが示されているためです.

時には耐性菌が原因でアモキシシリンによる治療が効果を示されないかもしれません.
しかしそれを初めから考慮してオラペネムを選択することはありません.
多くの場合はアモキシシリンが有効であることは示されているため, 効果が得られない場面は少ないと考えられます. また効果がみられなかったあとで他の抗菌薬を選択する方針が好ましいからです.
また初めから確実に有効な治療を行わなければならない状況もありますが, それは重症例であるため, その場合には静注の抗菌薬治療を選択すべきです.
従って, 一般的な診療で肺炎に対してオラペネムが選択される余地はまずないと考えられます.

<参考文献>
*2: 小児呼吸器感染症診療ガイドライン作成委員会作成. 小児呼吸器感染症診療ガイドライン2017


急性中耳炎

急性中耳炎は小児でよくみられる感染症の1つで, また抗菌薬治療が行われる理由となる疾患のなかでも特に頻度の高いものの1つです.
急性中耳炎では全例で抗菌薬治療が必要ではありませんが, 必要となる症例はあります.

抗菌薬治療が行われる場合, 第1選択薬として推奨されているものは上述の肺炎と同様でアモキシシリンです. 理由としては多くの場合有効であること, さらに抗菌スペクトラムが狭くコストも低いことが挙げられます.
また, 最初から耐性菌が原因となっているリスクが高いと考えられる場合もあります. そういった場合にはアモキシシリン・クラブラン酸(クラバモックス®)が選択されることもあります.

従って急性中耳炎で抗菌薬治療が必要となった場合, アモキシシリンかアモキシシリン・クラブラン酸のいずれかが選択されます(アレルギーがある場合は除きます).
その他, ガイドラインでは第3世代セフェム系(フロモックス®, メイアクト®, バナン®)やトスフロキサシン(オゼックス®), そしてオラペネムも併記されていますが, 多くの場合いずれも診断して最初に選択する抗菌薬としては好ましくありません.
患者さんの状態などにもよりますが, 多くの場合には原因となっている菌が検査で判明したあとで考慮されうる選択肢となります.
特にオラペネムはこれらの抗菌薬の中でも特に注意が必要なものであることから優先度は下がり, 必要となる状況はとても特殊な状況に限られると思われます.
以上から一般的な診療で急性中耳炎に対してオラペネムが選択される余地はまずないと考えられます.

<参考文献>
*3: 小児急性中耳炎診療ガイドライン 2018年版


急性副鼻腔炎

急性副鼻腔炎は小児でみられやすい感染症の1つです. 自然治癒する例も少なくありませんが, 時に抗菌薬治療を必要とする場合があります.

抗菌薬治療が行われる場合, 第1選択薬として推奨されているものは上述の肺炎と同様でアモキシシリンです(*4). 理由としては多くの場合有効であること, さらに抗菌スペクトラムが狭くコストも低いことが挙げられます.
また急性中耳炎と同様に, 耐性菌が原因となっているリスクが高いと考えられる場合にはアモキシシリン・クラブラン酸が第一選択薬となります.
(注: アモキシシリンの添付文書上では, 副鼻腔炎は適応症に入っていないという問題はあります)

急性副鼻腔炎ではクラリスロマイシン(クラリス®)やアジスロマイシン(ジスロマック®), そしてオラペネムが選択されている場合がありますが, 肺炎や急性中耳炎と同様で第1選択薬とはなりえません. つまりアレルギーなどの事情がない限り, 通常は診断がついて最初に処方される抗菌薬ではありません.

合併症がある場合には確実に治療効果がみられる抗菌薬を選択しなければならない場合も少なくなりません. ただその場合には静注の抗菌薬治療が必要となるため, オラペネムが選択されることはありません.

以上から一般的な診療で急性副鼻腔炎に対してオラペネムが選択される余地はまずないと考えられます.

<参考文献>
*4  Clinical Practice Guideline for the Diagnosis and Management of Acute Bacterial Sinusitis in Children Aged 1 to 18 Years. Pediatrics. 2013 Jul; 132(1): e262-80

まとめ

上記からまとめると, 一般的な診療でオラペネムが選択される余地はまずないと考えられます.
ごくわずかに必要となる症例があるかもしれません. ただそれはかなり特殊な場合に限られるため, そういった症例は感染症の専門家による治療が必要な例だと思われます.

何よりも目の前の患者さんを大切にして, 少しでも失敗のないような治療を行いたいという気持ちは大切です. しかしこの薬剤でなければならない理由はなく, また潜在的に耐性菌のリスクを増大させていることもまた, 目の前の患者さんに影響することですので, それらを総合して治療を行なっていくのが好ましいと思われます.

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