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ガチャは良い文明であると考える理由

2019年、始まりました。お正月はどのように過ごされていたでしょうか。何をしましたか?

お正月と言えばそう、各ゲームのお年玉ガチャですね。

ガチャのあるスマホゲームはシーズナリティを大切にしており、クリスマスにはクリスマスイベントとクリスマス限定ガチャを、夏には水着イベントと水着限定ガチャが開催されることが普通です。
当然、新年・お正月もイベントと限定ガチャが開催されるゲームが多く、福袋という以前からあるリアルガチャとの相性もあって注力されがちです。一応新年のお祝いなので、お正月イベントではゲーム内通貨(いわゆる石)が振舞われたりしますが、それを上回る課金が煽られるのが常。まぁ新年なので。運試しですね。

射幸心を煽ることから何かと悪者にされがちなガチャ。その存在はゲームデベロッパーだけでなく一大メーカーの利益やら株価やらを支えるほど大きくなっているのが現状。

では果たしてガチャは悪い文明なのでしょうか?

私の持論ですが、「コンテンツの値付けを引き上げた」面からガチャを肯定したいです。

アニメコンテンツの収益は、製作委員会方式か否かでビジネスモデルは異なりますが、グッズ展開などの2次利用展開でどれぐらい稼げるかにかかっています。特に製作委員会方式の深夜アニメの場合、Blu-rayやDVD(いわゆる円盤)の売り上げへの依存が大きい。しかし3〜4話ほどしか入っていないBlu-rayでも1万円近くすることもあり、関与度が非常に高い超コアな層からお金を取っていく形になっています。中には、限定イベントの抽選券を入れて複数枚買いも視野に入れているものもあります。

これでは、コア層の動きだけで全てが決定してしまい、そのコンテンツにどれほどの価値・パワーがあるのかわかりません。そもそもアニメコンテンツの楽しみ方は多種多様であり、円盤を保有したいとは思わない層の指示がアニメの収益に反映されないのは正常ではないと考えます。

その状況を打破し、コンテンツってもっと稼げるものなんだよと示したものの1つがスマホゲーム、そしてガチャだと思っています(もう1つは配信サービス)。

これはもちろんFateのような自前のゲームを持つアニメでなくても、各ゲームにコラボとして関わる(利用権を販売する)ことでどのコンテンツも参加できる話です。実際、スマホゲームのCMで訴求されるのはコンテンツとコラボするイベント/ガチャの告知が多い。

このように新しい収益方法が確立され、稼ぐ方法が増えたことはコンテンツにとっては良い話であり、その状態を生み出せたためガチャは良い文明であると考えます。

ここで「データにお金をかけるなんて/終了すれば無価値になるものにお金をかけるなんて」という論は的外れでしょう。そもそもお金でデータを買う行為は流石にもう一般的ですし(NetflixやApple Musicも否定する気なのでしょうか?)、消費のモノからコトへの移行は何年も前から言われている話で、その時が楽しいことにお金を払う行為はなんら不思議なことではありません。

もちろん、ガチャのみを肯定するわけではなく、例えばスマホゲームでも別の課金方法でも良いと考えています。ただ、運営が必要で売って終わりではないゲーム/サービスにおいて買い切り型の課金方法はマッチしないでしょうし、利用量/期間に応じて課金する方式がネットによって常態化していることも考えれば、他の課金方法をとる難易度は高いと言わざるを得ません。実際、ガチャ方式を採用しないゲームもリリースされてはいますが、長く持たずサービス終了に追い込まれていることが多いです。考えられるとすれば「月額課金制」のゲームは有り得る(収益化できる)かもしれません。

今後の課題としては、このガチャによるコンテンツの現状の値付けが正しいものになっているかでしょうか。ただこれは難しく、現実的には収益パターンを増やす、つまりユーザーにとっては課金手段(=コンテンツ愛の表現方法)を多様化することでトータル的に正常値に近づけていくことになると思います。

以上、FGOのガチャでジャンヌダルクオルタを引いた僕からお送りしました。

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