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「世界で一番美しい墓地」 アイスランド/シンクエイリ/2014.11

一目見た瞬間から、おもっていた。
「ここは世界で一番美しい墓地」なのだと。
まるで時が止まったかのように、静かで冷たく澄んだ空気。海と低い山に囲まれた西部フィヨルドの小さな町で、その墓地に出会った。

生まれてはじめて、お墓を美しいとおもった。

シンクエイリ(Þingeyri)に到着したのは、たっぷりと日が暮れた夜だった。スティッキスホールムル(Stykkishólmur)からフェリーに乗ってノルウェー海を北に突っ切り、西部フィヨルドの地に降り立った。Flókalundurのフェリー乗り場に着いた時、すでに日は沈んでいた。辺り一面は街灯も少なく、ただただ暗い。他のどの同船車とも、同じ道を行かなかった。再び北上し、予約を取っている宿がある町へと車を走らせる。真っ暗になった夕暮れのアイスランドの道路は、悪路や荒い運転者に熟れたフランス人でも、多少は骨が折れるらしい。整えられていない砂利道を、前方に気をつけながら慎重に車を走らせる。下手をすると車が道から外れてしまいそうである。時に激しく、小石が車にぶつかる。これでもし悪天候だったらとおもうと、暗いことは抜きにして、今夜のドライブは悪いとはいえない。記憶が定かではないが、フェリー乗り場からシンクエイリまでの走行中、反対車線の車とすれ違うことはなかったようにおもう。あったとしても、一度か二度の程度だ。日が暮れてしまった真っ暗な道を、誰も通る者はいないのだろう。普通はフェリー乗り場から西に進んでフィヨルド側の道を通るに違いない。とにかくも私たちは、暗闇のアイスランドの道路を北に向かって走る。

幽霊が出てきそうな佇まいのゲストハウスでの一夜が明けた。昨晩は宿に到着するのが遅かったこともあってか、宿の印象がいいとはいえなかった。オフシーズンで宿泊客は私たちの1組のみ、宿の母屋とその管理人の女性の奇妙な風貌、部屋の壊れたドア…。小さな二階建てのゲストハウスは、どこか平穏さを欠いていた。しかし一晩を過ぎてしまえば、夜明けは遅く朝は暗いとはいえ、それはさっぱりとしたものになった。昨晩は不思議に見えた母屋とその管理人も、やはり個性的ではあるが太陽の下でその存在を確認すると、きちんと整っていた。夏場に訪れたならば、きっと彼女らへの印象は違ったものになるだろう。

出発前に少し周辺を散歩する。雲が厚く被っておりいい天気とは言い難かったが、それでも人気を感じない静かな場所を歩くのは気持ちがいい。凍る寒さもまた、アイスランドの風景の一部である。
宿からさほど遠くないところで、低い白塀の囲にあたった。中は木がたくさん立っており、公園か何かだろうとおもった。白塀に沿って下ると、低い柵が立った中央に入り口がある。それは、墓地だった。

入り口が開いているので、墓地に入ってみる。整然と建てられたお墓を、ひとつひとつみて周る。どのお墓も単一的ではなく、それぞれに個別のデザインを持っていて、どれも素敵でため息をつかずにはいられない。鳥の飾りや、故人が好んだであろうお花を添える。お墓をみて、何度「かわいい」と言ったことだろうか。お墓についての自分の狭い概念が、大きく崩れ落ちた。私は今まで知らなかったし、考えもしなかったのだ。お墓は自由に楽しんで作っていいものであると。木が植えられていて開放的であって、かわいいお墓が立つ墓地。その周りは静かで雄大な海と山。

心から、おもった。

「ここは世界で一番美しい墓地」

お墓に眠る人々に頭を下げ、宿の駐車場へと来た道を戻った。今日は一日をかけて、西部フィヨルドを車で走る。
いつかまた、この場所に来ることがあるだろうか?きっとあるだろうと、墓地での余韻に浸りながら再訪を願った。


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