豆まきと漆黒のバイト


世の恵方巻き信仰を、若干苦々しい気持ちで見つめている。

「恵方」なんて言葉も知らなかったであろう関東圏在住の人々の間で恵方巻がヒットしたのは、
「豆をまくのはめんどくさい、でも何かやらなきゃ鬼が来そう 」
という後ろめたさを埋めるのにちょうどいいアイテムだったからではないだろうか。

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実家の節分は、現代にしては本格的だったと思う。

各部屋を回って窓を開け、「鬼は外、鬼は外、福は内」の掛け声と共に豆をまく。鬼は外を二回繰り返すこと、福は内を分けずに言うことがポイントであろうか。
定年した父親が豆まき人員に加わったときは、そのあまりの本気かつ大声の掛け声におののき、当時大学生の娘(私)が「ぎゃあああご近所に恥ずかしいいいいいい」と止めに入った。
大学生の姉弟が両親と豆をまくのは珍しい光景かもしれないが、砂東家は代々日本の伝統的な行事を大事にする一族であったため、めんどくささより「やらないと呪われるかも」という恐怖が勝ったのである。のろのろと数粒の豆(後の掃除を考慮)を投げながら、口のなかでもごもごと掛け声を呟くのであった。
その後父は、鰯の頭と柊の葉を使って、魔除けのまじないをかける。家中の門や扉にくくりつけておしまいだ。この鰯の頭と柊の葉は、同年代もしくは一世代上くらいの人に話すと「ナニソレ知らない」と言われることが多く、伝統はこういう風に消えて行くのだなとしみじみ思ったものだった。

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とはいえ恵方巻きを嫌うのは、何も豆まきびいきをしているからではない。

学生の頃、塾講師のバイトをしていた。
健全な会社があったら非常に申し訳ないのだが、塾業界というのは、大学生にとっては非常にブラック度合いの強いバイトである。
賃金は授業をしている時間分しかもらえないため、準備の時間や、生徒に請われて居残り自習に付き合った時間のバイト代はゼロ。時給換算400円という日があってゾッとしてみたり。
生徒が自己都合で休んだ日の授業は、問答無用でバイトがない別の日に振り替えさせられたり。
モンスターペアレントにキレられたり。
話がそれた。
そんな塾の目の前には、セブンイレ○ンがあって、貧しい学生講師たちは、だいたいそこで夕飯や飲み物を調達していた。塾とセブ○は切っても切れない関係だったと言えよう。

ある年の1月。出勤して、自分に与えられた授業準備用の引き出しを開けて、首を90度近く傾げた。

『セブンイレブ○の、恵方巻き予約受付中!』

でかでかとした文字が踊った注文書。もちろん、自分で入れた覚えなどない。
ふと、前後左右の引き出しを見てみると、そこにも同じ紙が詰め込まれているのが確認できた。
何だコレは。
すると、社員の一人がニコニコしながら、講師すべてに聞こえるようなハツラツとした声でのたまった。

「前のセブンイレブ○さんが、予約ノルマがあると困っていらっしゃいました。みなさん、恵方巻きを予約してあげましょう! 一人一本、よろしくお願いします!」

この時、自分がどんな顔でその声を聞いたか定かではない。何人が恵方巻きを買ったか知らないが、私は可愛いげのないバイト講師であったため、すぐに予約用紙を捨てた。

ブラックバイトを強いるブラック企業がブラックノルマを強いるブラック店舗を救おうと立ち上がる、漆黒の美談である。

***

今年は豆をまかなかった。

昨年まいて残った豆が、袋の空いた状態で、つい一ヶ月前まで食料庫に置かれていたためである。
鬼は来ずとも、もったいないお化けに呪われる。

節分に必要な豆は、まく分&食べる分。とはいえ賃貸物件にまく豆がさほどの分量であるとも思えず(掃除を考えなければ思いきりまけるのだが……)、またアラサー夫婦に必要な食べる豆はせいぜい六十粒前後。
「お一人様用豆 60粒入り」
「お二人様用豆 100粒入り」
という小分け販売はいかがだろう。現代の核家族、個の多様化に即していると思うのだが。

そもそも旦那が豆嫌いである。
正月の黒豆も食べなければ、蒸し大豆も食べない。いくら縁起物と言えど、豆は己を嫌う生物までも守る余裕があるのだろうか。
そこで今年は豆まきカット。大事なのは心です……と自分を納得させて、「鬼は外、鬼は外、福は内」 と呟いた。

その日の夕飯はキムチ鍋で、私はそこにきまぐれで豆苗をいれた。安いからだ。
すると旦那は言った。

「今日、節分だから豆苗なの?」
「はい?」

節分→豆まき→豆はない→豆苗食べよう!

あーあーあー、そういうことね!
まったく微塵も関係ないけどね!

いずれ豆まきも「ナニソレ知らない」と言われるのか。
伝統がこんな風に消えて行く寂しさはいなめない。

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砂東真実

妻仕記(さいじき)

『すてきなあなたへ』みたいな季節の衣食住についてかかれたエッセイが大変好きで、「自分でも季節の家の話を書き留めよう」と思い、書き出したはいいものの、当たり前だが全然違うものと化しました。大橋鎮子さんに平謝りしたい。 妻が家と仕事を両立しながら春夏秋冬を生きていくよ、という...
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