よし子ちゃん(仮名)

(※ヘッダーは拾い画)

小学校のときの男友達(仮に加藤くんとする)が、それまで「カトちゃん」と呼ばれていたのに、中学(別々の学校だったが、塾が一緒だった)に入ったら「カトツー」と呼ばれていた。
ツーって何?と聞いたら、その学校には加藤くんが三名いるので、番号をつけられた、という。
つまり、
「カトちゃん」「カト2(ツー) 」「カト3(さん)」
というわけで、何を基準に序列をつけられたかは知らないが、彼は校内の加藤界において二番目と位置付けられており、カトツーのツーはミュウツーのツーと同意であった、ということが判明した。
悪気のないあだ名であるだけに、なにやら物悲しいものがあった。

そんなカトツー的あだ名を撲滅するためか、最近の小学校ではあだ名よびを禁止している、というから驚いた。
校内では男子も女子も「○○さん」と呼び合うというのである。
ケンちゃん、とかミホちゃん、とかもNGであるという。
なんだそりゃ!
いじめをなくすことが目的なんだろうが、どんだけ校内で「砂東さん」と呼ばれていようと、学校の外で「ソバカスマン(※小四の頃、砂東さんが一回だけ面と向かって呼ばれて大泣きした)」とか呼ばれてたら意味ないじゃないか!

かくいう私は(上記の一件を除き)あだ名らしいあだ名をつけられたことがない。特定の友人が気まぐれで名前をもじる、ということはあったけれど、何しろ名字が珍しく語呂も良かったので(注:砂東真実は本名じゃありません)、男からも女からもそろいもそろって苗字を呼び捨てられた。

***

かつて母は、女の子につけたい名前があったという。仮によし子とする。
母は膨らむお腹に向かって「よし子ちゃん、よし子ちゃん」と話しかけていたという。
しかし当時、よし子はメジャーすぎる名前だった。
父親は生まれる間際になって

「よし子なんてつけてみろ。名前を呼んだとき、五人は振り向くぞ」

と言い出した。
んなバカな、と思いつつも、紆余曲折あり、私の名前は真実(仮名)に落ち着いた。
仮名ではあるが、本名もよし子と真実レベルでがらりと異なるため、よくそこに持ってったな!とわが親ながら切り替えの早さに感心しきりである。

そして15年後、父の予言は的中した。

すくすくと(ややひねくれて)育った真実さんの入学した高校には、よし子ちゃんが四人いたのである。
高校時代は何故か「みんな名前で呼ぼうね」的な空気が蔓延しており、名字で呼ぶ、という選択肢はほぼなかった。
もしも私がよし子と名付けられていたならば、父の言う「五人は振り返る」状態に陥ることは必須である。
「よしツー」どころか「よしご(5)」とか「よしファイ(5)」になる危険性もあったのだ。父の先見の明に感謝した。

で、問題は四人のよし子ちゃんだ。

学年全体の女子の人数が少なかったこともあり、四人は三年間で何度かクラスが一緒になったり、授業が一緒になったりして、自然と四人の呼び分けが行われた。

「よし子」
「よし」
「よっちゃん」
「トシ(仮)」←仮名だが、このくらい本名とまったく関係なく、かつ男性ぽい名前だった。

「よし子ー」
と呼べば、よし子を割り振られた子が振り返る。
「よっちゃんー」
と呼べば、よっちゃんを割り振られた子が振り返る。
さすがというかなんというか、順応性の高い女子高生であった我々の呼び分けも、本人たちの自己認識も完璧である。
三年間、特に困ることもなく、高校生活は終了した。

***

話は高校卒業から12年後に飛ぶ(12年とかいてみて気が遠くなったアラサー)。

会社帰り、私は電車に揺られながら出入り口付近で本を読んでいた。
電車が駅に止まり、人が群れになって降りていく。
そのとき、

「真実!」

と誰かが私の名を呼んだ。

ふっと顔を上げると、そこにいたのは高校時代の同級生のよし子ちゃんだった。

(よし子ちゃんだ……!)

同じ電車に乗っていたらしい。ドアをすり抜ける直前に気がつくなんて、なんたるドラマチックであろうか。
互いに外見も(多少は)変わっている。
ものすごく仲が良かったわけではないから、本当に久しぶりに会うし、声をかけられたことにもびっくりだし、結構うれしい。

「あっ……」

ここで、ふと疑問が生じた。

(あれはどの「よし子ちゃん」だ……?)

顔も覚えている。
フルネームも言える。
思い出もある。

だが、私が、というかみんなが彼女を何と呼んでいたのかが思い出せない。
トシではないことは確かだったが、それだけ思い出してもどうしようもない。

12年という月日は残酷であった。

「久しぶり……!」

今思えば、普通によし子と呼べばなんの問題もなかったのだ。だって彼女の名前はよし子なのだから。
でも、私の中にほんのちょこっとだけ残っている女子高生が、私にそうさせることを拒んだのだ。

女子高生「だって、『よし子』じゃなかったらどーすんの!? 『えっ、そんな呼び方してなかったじゃん……忘れたの?』て白い目されたらどーすんの!?」

三十路も間近でそんなこと気にしねぇよ!!

とアラサーの私は心で叫ぶが、女子高生の私は頑ななのだ。そんな小さなことにこだわっていたから生きづらい十代を送るはめになったのだとこんこんと説教をしてやりたい。

「じゃあね!!」
「またね!!」

と私たちは手を振り合った。

ばか……!!
女子高生の私ばか……!!

制服を着た私が心のなかで「えー、だってー」とぶうたれている。
……いや、ちがう。残念なのは低下しきった私の記憶力であり、ばかなのはアラサーの私である。
パーマひとつかけたことのない、ショートカットのさらさらバージンヘア(だったのだ、15歳の私は)を脳内でぽんぽんとなでてあげ、アラサーの私は読書へと戻ったのだった。

今度、件のよし子ちゃんは、Facebookででも探してみようと思う。

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砂東真実

アラサー女子、かく語りき。

三十路を目前に控えた女の日常エトセトラ。
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