小室圭さんの受けているニューヨーク州司法試験(NY BAR)は簡単ではないという話

1 はじめに

小室圭さんがニューヨーク州(NY)の弁護士になるために司法試験(NY Bar exam)を受験しています。報道を見ている人の中で結構な方がこのような疑問を持っているのではないでしょうか?


「ところでニューヨーク州司法試験ってどのくらいの難易度なの?」


本稿では比較的最近の同試験合格者として、客観的&主観的な観点からニューヨーク州司法試験の難易度を伝えていきたいと思います。また、試験の雰囲気を掴んでもらう為に、さわり程度ですが試験内容の説明も付記しておきます。

2 ニューヨーク州司法試験の難易度は日本でいう医師国家試験的な位置づけ

巷で報道されているようにニューヨーク州司法試験の合格率は7月試験で65%, 2月試験で45%程度です。またアメリカの3年過程ロースクールを卒業した人だけに限れば7月試験は75%, 2月試験で50%程度の受験生が合格します。

ところが合格率だけを見て簡単な試験と判断することはできません。なぜなら米国の司法試験を受ける人たちは基本的に優秀かつ裕福かつ真面目な人だからです(例外もちろんあり)。3年間の厳しい授業をこなしてきた真面目な学生が3か月の詰め込み勉強をして臨む試験が米国の司法試験です。それだけ受験者層のレベルが高いにもかかわらず、全体の4分の1の学生が受からないのです。そう考えると決して簡単な試験ではないという評価が妥当ではないでしょうか。

現に昨今受験生の間では「今の試験は難しすぎる。弁護士になるための最低限の力を計るという建前と矛盾している。」「Diploma privilege (ロースクール卒業後無試験で合格にすること)を制度化すべき。」という声が多く挙がっています。

「他の資格試験と比較して合格率が低いわけではないが、そもそも受けている層が優秀なので試験自体の難易度が低いわけではない」というのが私の意見です。このような性質の試験の難易度を何で例えれば良いのか、私は受験者層の質と合格率に照らして日本の医師国家試験にも近いのではないかと考えています。

3 アメリカのロースクールを卒業するのに必要な授業料は約2500万円。彼らが人生を賭けて受験して落ちる試験が米国司法試験。

私が米国の司法試験がほかの試験より日本の医師国家試験に近いと考える理由のうちの一つが授業料の高さです。一般的なロースクールの授業料は年間55,000ドル程度です。さらに寮費や教科書代を足すと最低でも年間70,000ドルが必要になります。とすると卒業までに210,000ドルの費用がかかります。もちろん奨学金を受領できる学生が多いのも事実ですが、費用のスケールという点ではこれほど受験するのにお金のかかる試験はなかなかありません。多くの学生は借金をして試験に臨むことになります。

受験者の頭の良さや勤勉さは授業料だけから測ることができるわけではありません。しかしながらそれだけの授業料(一部だとしても)を出すことが出来る家庭環境が幼少期からの教育にも影響を与えている確率や、自分の能力に自信があるからこそ進学するのだろうという推測を踏まえれば、やはり受験者のレベルは高いと考えるのが妥当ではないでしょうか。また、これだけの投資をして落ちる訳にはいかないというプレッシャーがあるため、試験対策に対する熱量も半端なものではありません。また多くの学生は試験に受かるという条件付きの就労オファーを持って受験することになり、職場からのプレッシャーも相当なものです。

4 基本的に外国人は祖国の弁護士でも受からない試験

ニューヨーク州司法試験は外国人に広く門戸を開いていることから外国人受験者が多いことが特徴です。しかしながら彼らの合格率は7月試験で40%、2月試験で30%程度です。

外国人がニューヨーク州司法試験を受けるためにはLLMという米国ロースクールが開講する1年の短縮コース(正確にはロースクール卒業後に進学する為のコース)を修了する必要があります。外国人がLLMコースに入学するにはTOEFL100点前後(TOEICで言えば900以上)というかなり高レベルの英語力が必要です。

また外国人の多くは祖国の弁護士です。英語圏やコモンロー圏(英国など)から留学してきている人も多くいます。

にも拘らず司法試験の結果が奮わない事実は、米国司法試験の要求するレベルが世界的にみても低いものではないことの証でしょう。

5 英語のできる日本の弁護士が言う「簡単」は一般的には簡単ではない。

想定される反対意見の一つに「日本人のNY州弁護士が簡単と言っていた」というものがあるでしょう。しかしこのような言説は次のような点を加味して評価しなければなりません。

まず、日本人合格者は優秀層であり、かつ資格試験強者という事実を無視してはいけません。彼らは基本的に大手の法律事務所から派遣されている人間です。日本人の場合上述したように米国のロースクールの中のLLMという1年のコースを卒業して司法試験を受験します。上述したようにLLMコースに入学するにはTOEFL100点前後(TOEICで言えば900以上)というかなり高レベルの英語力が必要です。
基本的な法律知識と法律実務経験と高い英語力があれば、日本人であっても米国のロースクール生(JD)に対して司法試験という土壌では互角以上の戦いをすることができます。なぜなら日本人は一度日本の司法試験を体験しているため、法律試験対策能力という点では日本のLLM生は米国のロースクール生を凌駕しているからです。
これだけのスペックの人が一発合格して「簡単だった」という感想が出る気持ちはわからなくはありません。しかし①英語のできない日本弁護士や②法律に触れたことのない英語が堪能な日本人を含む一般人にとって簡単な試験かと彼らに聞けば、また回答は違うでしょう。

また、実際のところは日本人弁護士もちょくちょく落ちています。受かった人の声は表に出ますが、落ちた人の声を探すことは難しいのです。

その他、①弁護士という商売は個人の看板で商売をしている側面がある以上、「難しかった。」という事を言うこと自体が自分の評価を下げる可能性がある②生存者バイアスがかかっている、という点も無視できません。

6 実際の試験内容について

MBE:1問にかけられる時間は1分48秒だけ

MBEとは短答式試験のことです。200問を6時間で解く必要があります。科目は①憲法②契約法③財産法④刑法および刑事訴訟法⑤証拠法⑥不法行為法⑦民事訴訟法から出題されます。選択枝は4つです。

多くの受験生が時間の制約に苦しむことになります。一握りの優秀層は30分ほど余らせて退室しますが、時間が無いため数問は適当にマークする受験生も少なくありません。

NY州の場合、合格点は200点満点中133点です。一問当たり何点という配点はなく、過去に出題した内容を再度ダミー問題として課すことで受験者間の得点調整をするなどのプロセスが入るため複雑な配点がなされます。

日本人はこのMBEを得点源にして合格していきます。

MEE: 外国人にとっては論述速度が鬼門

MEEとは論文式試験のうち実際の法律に基づいて論述をする試験のことです。日本の司法試験とは異なり条文などの参照資料はありません。試験科目はMBE7科目に加えて①代理・パートナーシップ法②会社法③家族法④遺言法⑤信託法⑥担保付取引法⑦法の抵触に関するルールの7科目を加えた14科目からランダムで6科目が出題されます(融合問題もあり)。

個人的にネイティブとの差を大きく感じるのがこの試験です。日本人にとっては論述を考えた後にそれを英語で表現するところで第1の壁が、また和文タイピングと英文タイピングの微妙な指運びの違いに起因するミスタイプを減らさなければならないというところに第2の壁があると思います。
また1問当たりにかけられる時間は30分と短いので、聞いたことが無い論点が出た場合は即興で規範を立てることが出来ないと一発アウトになるおそれがあります。

MPT:独特の癖がある仮想の法律問題

MPTとは仮想の州(フランクリン州)の仮想の法律及び判例に基づいて、ボス弁護士が作成する書類の手伝いをするという試験です。

問題の形式も様々であり、フォーマットも指示がある場合と自分で考える場合とがあるなど、なかなか対策の立てにくい試験です。
MEEが一問30分のスピード勝負なのに対して、MPTは1時間30分の長丁場です。ただし読む資料の量が膨大な為、これもまた日本人には不利な試験と考えています。ネイティブであっても小問(タスクのひとつ)をまるまる1つ落とすことは珍しくありません。

7 米国人にとっても難しい試験、外国人にとっては英語と異国の法律の両方理解する必要がある難しい試験

以上に述べたようにこの試験は米国内外通じてかなりの優秀層が受ける試験であるにも関わらずネイティブでも4分の1、外国人弁護士に至っては半分の受験生が不合格になる試験です。不合格になった層は職場解雇のリスクにおびえながら、これが最後という覚悟で受験をしても半分以上の受験生が不合格になります。

合格率の多寡で試験の難易度について判断を行う事は妥当ではありません。私自身かなりの準備をして合格をしたという事情に加えて、私の知り合いには複数回落ちて合格した人、諦めた人、挑戦し続けている人がいます。彼らのためにも実体の難易度を少しでも正確につかんでいただければと思いこの記事を作成しました。





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