夢のような✂️ ~pixiv版~


私は昔っからの断髪フェチだった。
自分の髪型が(坊主やおかっぱだったら・・・)って鏡で想像してときめいたり、
美容室でなんでもないカットの時に
(こんな風にザクザク切られてたら・・・)って内心鏡に浮かべて楽しんでる、ちょっと変わったフェチ。
家族や友達、誰にも明かした事はない。
周りに同じ趣向を持つ子もいない。
私一人の孤独な世界。
でも世の中には同じフェチの人達もいる。
私の世界はその人達のSNSを眺めるだけの狭い繋がりだけ。

断髪フェチになったきっかけなんて覚えていない。
美容院に行くのは昔から好きだった。
親に連れて行ってもらえる日は喜んでた。
鏡の中でじっと…して、変わっていく自分が好き。
委ねてる感じも好き。
昔からずっとお願いしてるお姉さん肌の美容師さんも好き。
でもいつの日からか、
突然、今のこの髪の毛がばっさり無くなったら…なんて事ばかりを考えるようになった。
中学生になり、ネットの世界に触れてからは沢山の動画や小説を読んだ。
素直に、ドキドキした。
胸がときめいた。
これが断髪フェチって事に気づくのは、そう遅くなかった。

だからって、
私自身が何か行動しているか、と言ったらそうじゃない。
第一、行動できない。
今は一人で美容室に行くけど、今のお姉さんにはとても打ち明けられない。切ってほしいとも思わない。
切ってもらうなら、見ず知らずの全く知らない人がいい。

学校での建前もある。
あくまでも女子中学生。私が切ってもらいたい髪型なんて言語道断。
坊主は校則的にも無理。
同じクラスにはベリーショートの子、流行りのマッシュショートの子もいる。
ソフトな女の子の刈り上げのベリーショート。
おかっぱみたいな、マッシュショート。
でも、それはこれは違うんだよね。
今の長さから切ったら、それなりにはドキドキすると思うけど、本当に私がやってみたい髪型・体験じゃない。

普段は裏稼業でコソコソやってるフェチでも、
唯一、断髪フェチのスイッチが表で入る日が私にはある。
マッシュショートの子が美容室に行ってきた翌日。
2ヶ月に1度の突然来るイベント。
(佐藤さん、そろそろ美容室で切ってこないかな・・・)
いつも近くなると、視界に入るだけでこんな事ばかり考えてる。
「朱音は触るの好きだね」
って言われながら、刈り上げをちょっと触らせてもらう。
恒例になってた。いや、そうした。
ジョリジョリって感触。
表向きは「すごいね〜」って顔をする。
だけど裏ではすごくときめいてる。触り心地が気持ちいい。
私もこんな襟足にしてみたい。
でも、もっと、青白く。

中学生の甘いひと時はこんな感じで過ぎ去った。
染める事以外、特に髪型についての校則もない、普通の高校に進んだ。
一応、進学校って部類の。

高校入学が終わって、
高校生初めての友達もできて、
授業も始まり、部活も文系のゆるい活動を選んで、
マッシュショートの刈り上げに触れる日々は消えてしまったけど、
やっぱりそういう髪型の子は居て、
(あっ、切ってきたのかな・・・)なんて月曜日がたまに楽しいくらい。
特になにもなく、秋が訪れた。

ある日の夜。
勉強、夕飯、風呂、勉強。
全て終わらせて、お母さんに「もう寝るね、おやすみ」って声をかけて、
自部屋を閉めた後、ベッドに入る。

そして、目をつぶる。。。
(今日はどんなシチュエーションにしようかな・・・)

まっしろな美容室…
それとも木目調の落ち着いた美容室…?
はたまた床屋さん・・・
まぶたの裏に思い浮かべる、今日の場所。

刺激のない私にとって、唯一の楽しみ。
気分がドキドキしてきて、それっぽくなると、いい傾向のサイン。
(どうしよう・・・)
(どんな感じにしようかな・・・)
ちょっとずつストーリーが決まっていく。
学校で…
家で…
それともおばあちゃん家で…

(お母さんに「切りなさい!」って言われたことにしようか・・・)
(それとも演奏会で仕方なく・・・か)
(学校の校則が変わっちゃったりとか!?・・・)

どうしようもなく、
嫌々じゃなく、
ドキドキするような、
最高の体験がいい!

いつ、どこで、どうして。
決めてるうちに、胸がどんどん高まってときめいてく。
ドキドキが大きくなって。

・・・・・・・・

ピィィィィィーーーーー!!!!!

「こらー、朱音ー、起きなさいー!」

窓からうっすら日差しが差してる。
目覚まし時計を止めた。
いつもの朝。
制服に着替えて、寝癖を直して髪を巻いて。
下に降りて朝ごはんを食べる。
で、学校に行く。
本当にいつも通りの朝。

想像をした次の日はどこか気持ちいい。
昨晩の想像も結局どうなったか覚えてない。いつも途中で眠りにつく。
どうなってたかな…なんてふと考えるけど、
(いけない、いけない!)
スイッチが入っちゃうから、強引に正気に戻る。

キーンコーンカーンコーン
「ねぇねぇ」
「うんうん」
いつものように過ごす学校生活。
今日は金曜日。
髪を切ってきた子なんていないし、いつも通りの日。
強いて言うなら、
2,3日に1回自分で切ってる真野さんがまた前髪がほんの数ミリ短くなったくらい。
私もいつものように少ないお友達と喋ったり、あとはずっと本を読んでる。

今日もいつものように…、のはずだった。

「ねぇねぇ、朱音」
「髪短くしたいの?」

「ひぇっ、へっ!?」

突然のワードに驚く。
思わず友達の顔をガン見した。

「あっ、そんなに驚いちゃう?笑」

芽衣はケラケラ笑ってる。

「えっ、いきなりどうして?」

「朱音がこないだ出かけた時に、ちょっとだけiPhone見えちゃったんだよね」
「英語の通知で何だろって気になっちゃったんだ」
「それはごめんなんだけど・・・」

「それで英語って…?って調べたの」
「そしたら髪型をいじれるアプリ?だったから」

あっ、あれ…。
心当たりがある。

「500円もするアプリだったから」
「朱音がそんなの入れてるなんてびっくりしちゃって」
「こんな大人しいのに」
「どうしたの?ってずっと聞くか迷ってたんだよね」

「あっ………うん………」

(どうしよ)
(どう返していいか分からない!)
『Hair make change-up!』
もちろんフェチ用に入れてるアプリ。
自分の写真を撮って、私が美容室にいる風景になって、他のヘアスタイルの画像を貼って、AIで分析でイメチェンできる。
ってアプリ。
日本語版は当然リリースされてない。
アプリ内で課金もしてる。
普段は見られないようにアプリボックスに隠してたのに!
そのアプリが普通じゃないことが知れたら…
(なんとか上手く誤魔化さなきゃ)
(だけど・・・どう説明したらいいんだろう・・・)
芽衣に本当のことは絶対に言えない。
芽衣は勘が鋭いから、下手に嘘つくと怪しまれるし……。
気が動転しちゃって、自然と時が経ってた。

「あっ、ごめん!」
「聞いちゃいけなかったよね」
「ほんとごめん、朱音」「気にしないで」
「大丈夫ならいいんだ」
「本当にごめん」

芽衣が突然頭を下げてきた。

「あっ、うん・・・」

その場はそれで終わった。
私は何も言うことができなかった。
パニックってより、ドキドキ?
知られちゃいけない事に、触れられた、見つかったことが。
いつもは違う。
誰にも知られたくないから、私一人で楽しむことだから。
今日は今までで一番ドキドキした。
ドキドキして、張り詰めた心が緩んでくると、どこか気持ちいい。

でも・・・
芽衣には悪いことしたな・・・
って感じは拭えなかった。
(どうしよ)
(明日芽衣に会ったら・・・なんて言おう?)
ごめんね、って謝るべきだよね……。
(でも言えない秘密を知られちゃったし・・・)
私はその日寝付きが悪かった。
上手く誤魔化せなきゃって思うと余計に眠れなくなった。
想像することなんてなく…
(やっぱり明日何とかしよう)
そう思って寝た。

・・・・・・・・・・

「おはよ〜」
「おはよ〜」

その時は早く訪れた。

「朱音、昨日は本当にごめんね」
「私触れちゃいけない所だったよね。スマホ見ちゃったのもだし、お節介だったと思う」
「本当にごめん!」

開口一番で謝ってきたのはまた芽衣だった。
私にとってはさらに気が辛くなる。

「あっ……うん」
「私もごめん」
「全然気にしなくていいよ」

(私がちゃんと説明してないのが悪いんだし・・・)
芽衣は勘が鋭いから、下手に嘘つくと怪しまれるし……。
自然と髪をいじりながら……
次の言葉を考えてた。
言う…って決めたら、言えるのに。
それができない。

「ほら、あかね」
「また髪いじってる」

「えっ?」

自然に右手の人差し指に絡んでる髪の毛。

「大丈夫?」
「私でよかったら相談のるよ」
「切りたいなら」
「あかねにどんなの似合うか」
「あかね、迷ってない?」

「えっ………え・・・・・・」

言葉に詰まる。
昨日以上のドキドキが迫る。
(今日は・・・)
(今日は言うしかないよね・・・)

“ う、うん・・・ ”

言葉には発せなかった。
少しだけ頷いた。

「やっぱりそうだよねー!」
「そうだと思ったんだよねー」
芽衣は続けざまに言ってくる。
「私の行ってる美容室で切ったら、きっといいんじゃないかな?」
(えっ!?)
(え……)
一気に話進みすぎ!
昨日よりもドキドキしてくる。嬉しいのか何なのか分からないくらい、胸が鳴る。
いや・・・私は今から何が起こるか分かってないだけかも・・・。
「ここからそんな遠くないよ!」
「えっ?」
「いつも行ってるお店」
「えっ、えっ!」
「私も一緒についていってあげるよ」
(えっ、え、え、え………)
「○!※□◇#△!」
思考回路はショート寸前!
もう言葉にはできない。
心臓のドキドキが止まらない。
「だめ?」
芽衣は笑ってる。
言葉にならない言葉が、口をついて出る。
ごもごも………
「あっ、朱音がイヤなら」
「ごめん」
「また私やっちゃった」
急に黙り込んだ私を不審に思ったのか、芽衣が少しフォローしだす。
もう止まらない。
けど待てもしない。
言ってしまえ!
“ ううん ” と頷いてみた。
芽衣はにこっと笑って、
「じゃあ決まりね!」って笑顔で・・・・・・

その日の授業は全く手につかなかった。
「イメチェンするのは任せて!」
「私の美容師さん、得意だから!」
「今日帰りに予約入れてあげるよ」
芽衣のたった3言。
ずっとそわそわしてたせいで・・・。
ぐるぐる。
ドキドキ・・・ モヤモヤ・・・。
(髪型って、どんなのが似合うかな・・・)
(美容師さんって男の人なのかな・・・)
考えだしたら止まらない。
もう自分ではどうにもできない。

楽しみ・・・
楽しみなんだけど、ちょっと違う。
この髪を切るって実感もない。
友達と一緒に行くのも。
でもすっごく胸が張り裂けそうなくらい、ただドキドキしてた。
どうなっちゃうんだろう・・・・・・
どんなとこなんだろう・・・
想像しながら・・・・・・・・・ その日はあっという間に過ぎた。

・・・・・

「朱音〜、そろそろ行ける〜?」
「あっ、うん」
急いで荷物をまとめて、教室を後にする。
学校はいつも通り終わって、私は芽衣と一緒に美容室に行く。
いつもと変わんない雰囲気を装う。
とってもドキドキして、たまらないのに。

「朱音はどんな風にしたいの?」
「えっ、あっ」
突然の質問にびっくり。
ほとんど想像できてない、が正解。
「うん・・・。どうしようかな………」
「イメチェンはするんでしょ?」
(う、うん・・・)
照れながら、ちょこっと頷く。
認める度、動揺しちゃう。
「そっか〜」
「朱音にはどんなの似合うかな〜…」
私の顔を見ながら芽衣は言う。
自分の髪を伸びた分以外も切っちゃうなんて……。それ自体も久しぶり。
保育園の時だったかな……記憶ないからもっと前かも? 切ったことを覚えてないし・・・今のイメージしかないし・・・。

「ここだよ」
1軒の美容室の前につく。
芽衣はいつものことみたいに入っていく。
「こんにちはー!」
「あっ、いらっしゃい」
お店の人も見慣れた感じで迎えてくれる。
「こんにちは・・・」
「こんにちは、いらっしゃいませ」
私に対しても笑顔で接してくれる男の人。
「予約は、、そちらの芽衣ちゃんのお友達さんの方で良かったですか?」
「はい」
「では2人とも上着とお荷物、お預かりしますね」
私は上着を預ける。
芽衣はあっという間に荷物を預けてる。
(慣れてるな……)
「では、こちらの用紙にご記入ください」
私と芽衣はすぐ近くのソファに座る。
美容室のカウンセリングシートを渡された。

「ありがとうございました」
「では、橋本さんこちらへどうぞ」
ついに施術ブースへ・・・
手前の白い椅子がくるっとされた。
「こちらのお席でよろしいですか?」
「は、はい」
言われるがまま椅子に座り、鏡が見える位置に向く。
「本日カットを担当する真壁です」
「よろしくお願いします」
「は、はい……」
男の美容師さんって初めてでオドオド・・・。
「では失礼しますね」
美容師さんの手が頭に触れる・・・。
コームでゆっくり髪を梳かして。
すごくドキドキする。
異性に髪を触られることの緊張と、優しい手つきに。
「本日はイメチェンということでしたので、朱音さんに似合うような髪型にしていきますね」
「は、はい・・・・・・」
(イメチェン・・・!)
(最初っからイメチェンって言われたら・・・!)
ドキドキ度合いが倍増する
「どんな雰囲気がいいとか、希望ありますか?」
「え、えっと・・・」
あまりの緊張に言葉がたじたじ。
瞬発的にだけど、鏡越しで芽衣に目を合わせた。
「朱音、どうするの?」
「う、うん・・・」
茹でたこのわたし。
「そうだなぁ・・・。私に一つアイディアあるよ」
(えっ?)
「このくらい切ってみるとか・・・」
指先が“ぽっ”と肌に触れる。
鏡越しに芽衣の指がわたしの髪の毛に触れた。
耳の上あたりの毛を・・・・・・・・・
「ショートカットかな?」
「はい」
「朱音には似合うと思うんだよね」
「このくらいのショート」
芽衣がスマートフォンの画面を見せてくる。
それは有名な芸能人の写真だった。
(まっ、まっ・・・)
「そんなに!」
ようやく言葉になった。

「うん、朱音にこれ似合うと思うんだ」
「ええー…」
とってもドキドキする。
こんなのあり?
芽衣が見せたのは、私でも知ってる芸能人だけど、ボーイッシュに近くて、
芽衣みたいな女の子って憧れる!って雰囲気のヘアスタイルだった。
こんなのにしていいのか、本当は不安。
だけど心のどこかで疼いてる・・・。
その疼きが心を駆り立てる。
止められないくらい。
切ってみたい・・・
その髪型で学校行く自分を想像するだけで、胸が締めつけられる・・・!
きっと生きてて一度きりのチャンス。

「ね、芽衣・・・」
鏡越しに目線を合わせる。
「ほんとに似合う・・・?」
「絶対だよ、似合う!」
自信満々に断言されてもう止まらなくなった。
「じゃっ、じゃあ・・・それで・・・」
私は・・・・・・ “ こくん ” ・・・って頷くだけ・・・。
「かしこまりました」
芽衣が「私に任せて」ってウインクしてくる。
「じゃあこのくらい切りますね」
美容師さんが今の髪をくすっと持ち上げた。
頬がすっかり出ちゃうくらいに。
(うう、そんなに切っちゃう・・・・・・・・・)
私の気持ちとシンクロしてるみたいに、不安と期待で胸がドキドキする。

「じゃあタオルとケープ、失礼しますね」
くるくるっとセミディの髪を、頭に巻きつける。
お団子みたい。
白いタオルを首にかけられる。
そしてケープ。
“ バサッ ”
「袖がないので、そのままでお願いしますね」
(えっ・・・)
「は、はい」
伸ばしてた手の上に、真っ白なケープがかかった。
手の行き場を失う。
すごい・・・
もう逃れられない・・・
まるで意思のない人形みたいに、ただ動かないで鏡を見つめるしかない。

「朱音、動画撮ってもいい?」
「えっ」
(えっ!)
いきなりの芽衣の発言に驚いた。
「だめ?」
ちょっと上目遣いでかわいく聞いてくる。
私は“うっ”と喉をつまらせるだけ。
どんどん私を緊張が襲う。
本当はやっぱり少しだけ恥ずかしい……
けど、撮ってほしい………ってなる欲には勝てない・・・。
こんなにドキドキしてては・・・抗えない。
「い、いいよ・・・」
小声で返事した。

“しゅる”ってケープにのっかるように、頭から落ちたセミディの髪。
美容師さんの手にはコームとハサミが握られてた。
(いよいよだ)
ドキドキが止まらない。もう止められない・・・。

「最初はざっくり切りますからね」
「は、はい……」

美容師さんは丁寧にコームで髪を梳かす。
(早く切ってほしい・・・)
(いや、もっとゆっくりと時間かけてほしいかも・・・)
そんな矛盾した気持ちで胸がいっぱいになってた。
もう今からカットが始まるって思うだけで……心が熱くなる……。

「じゃあ切っちゃいますね」
美容師さんのハサミが髪に触れる。

“ ジョキ、ジョキ、ジョキ、ジョキ… ”
“ ジョキ、ジョキ、ジョキ、ジョキ、ジョキッ! ”

バサッ、バサッ、とそこそこの長さの髪の毛がケープに落ちる。
真っ白なケープをつたって、足元に。

“ ジョキッ、ジョキ、ジョキッ……”

毛束がどんどん落ちてきてる・・・
セミディの髪が……
あっという間に肩につくくらいの真っ直ぐな髪になった。

「先に前髪から切りますね」
「はい」
美容師さんは前髪の束を取って、耳横の髪と分けていく。

「どんな風にしたいですか?」
「・・・」
「オン眉でちょっとソフトな感じにできますか?」
いきなり横から挟んできた芽衣。
また芸能人の写真を見せてる。
(オン眉・・・?)
そのワードにも、私は弱い。
………
「じゃあこんな感じで切りますね」
「は、はい」
ちょっと照れながら、返すしかないわたし。
人生初めてのオン眉。
「じゃあ切っていきますね」
おでこに指が入ってきて、髪を勢いよくたくし上げられる。

(一気にそんなに!?)
“ ジョキッ ”
“ ジョキ、ジョキ、ジョキ、ジョキ、ジョキ… ”
“ ジョキ、ジョキ、ジョキ、ジョキ、ジョキ… ”

美容師さんは手際よく、勢いよく髪を切っていく。
(はやっ、早すぎ・・・!)
頭の上で何度も何度も音がする・・・
今まで眉を隠してた髪が、ひらひらって舞ってく・・・
(ほっ、ほんとに眉毛が見えちゃうくらい、切ってるんだ)
頬をつたう汗が止まらない。
まるで心拍がそのまま冷や汗になってるように・・・。
前髪は少しソフトな感じで仕上がった。

そして美容師さんはついに横の髪に手をかけた。
・・・
「……………耳にかかるくらいに・・・」
芽衣が美容師さんに細かく注文してる。
その声が遠い。
私はわたしの世界にいた。
緊張の渦に。
「ここから一気に短くしますね」
「は、はいっ・・・!」
美容師は耳にかかってる髪を持った。
鏡越しでよく見える位置、
美容師さんの指がほっぺたに触れた。
(そ、そこで切るの・・・!)
はさみが近づいてくる……
髪にかかって……

“ シャキン! ”
“ シャキン! ”
“ パラパラ…… ”
“ スッー ”
(・・・・・・・・・・!!)
固まってしまうわたし。
高鳴る鼓動が止まらない。
“ シャキン!、シャキン! ”
“ パラ……、パラ…… ”
白いケープをつたって床に落ちてく。
とっても長い髪。
ほっぺたの横にあった髪が無くなるのも感じた。
(うぅぅ!)
人生で初めてのばっさり。
長い髪を切られる感覚、身震いしそう。
“ シャキ、シャキ、シャキッ… ”
“ シャキ、シャキ、シャキン… ”
“ シャキ、シャキッ、シャキン……
あっという間に耳が隠れるくらいの長さ。
「反対側も切りますね」
(っ・・・!)
どんどん髪が短くなってく。
“ シャキン!、シャキン! ” はさみは止まらない。
何度も何度もはさみが頬をかすめる・・・。

もうセミディの面影なんてない。
(もうこんな短くなった……)
(アハハッ・・・)
もう笑うしかなかった。

後ろのブロッキングが始まる。
“ プシュ、プシュ、プシュ… ”
(つめたっ・・・)
霧吹きの水が首にかかって、刺激になる。
水がかかった所が、切る場所・・・。
考えるだけで心臓がドキドキする・・・!
………
コームの先っちょが首にささる・・・
“ シャキ、シャキ…… ”
“ チョキ、チョキ、チョキ… ”
冷たいはさみの刃が、首にダイレクトに当たった。
やば、やば・・・
襟足ではさみが自由に動いてる・・・
何度も、何度も、刃が首に当たるのを感じる。
“ チョキ、チョキ…… ”
“ チョキ、チョキ…… ”
ブロッキングがまた落とされて、一段ずつ長い毛が被せられて、
また首が透き通るくらい、短くされる。
はさみの刃先がつっついて、襟足を刺激してくる、、、
もう鳥肌が収まらない・・・!!!

後ろが終わって、
トップの髪が持ち上がる。
びよーん、って鏡越しに頭の上に髪が伸びてく。
“ ジョキッ!、ジョキ、ジョキ… ”
(ひぇっ…!)
“ バサ、バサバサッ… ”
頭の上にたくさんの髪が降りかかる。
(……うぅぅ……!!)
“ バサッ、バサッ ”
つむじの上に次々と髪が、、
溢れかえって、前髪から落ちてく・・・
…………
自分の頭にあった髪の毛が、切られて頭に切り落とされてく
こんなのって・・・!!

“ ジョキ ”
“ ジョキ、ジョキ、、 ”
“ ジョキ、ジョキ、、、”

「じゃあ一旦シャンプーしょっか」
はさみの手が止まった。
切った毛で真っ黒になった白いケープが外される。
(うわわ・・・)
今まで見たことない、真っ白なケープから毛が落ちてった。
「じゃあこちらへどうぞ」
シャンプー台へ案内される。

頭も、心もついてかない。
頭の中がふわふわで真っ白だった。
“ ジャー……… ”
” シャカシャカシャカ…… ”
……………
心臓の鼓動が早い。
さっきのことを思うと、そわそわして落ち着かなかった。

シャンプーから戻ってきた。
さっきの椅子にまた案内される。
いつもと変わらぬ、頭にタオルのターバン姿。
そこに真っ白なケープが広げられる。
また手が出ない。
癖でケープに手がぶち当たる。
(もうやだ、ほんと)
大きな鏡に自分が映る。
真っ白のわたし。
手が出ない、ドレスじゃないとすごくダサい。
てるてる坊主みたいで。
“ バサッ ”
頭のタオルが外された。
ドライヤーの風が首筋に当たる。
手もなにも触れてないのに。
暖かい風が首をさらう。
もう髪ないんだ・・・。
ドキドキ感よりも、その実感の方が勝った。

しばらくローラーボールで放置されて・・・
美容師が戻ってきた。
「じゃあそろそろいいですかね」
機械が外されて、
再び椅子がせり上がる。
“ カコン、カコン、カコン ” って揺れるたびに、心臓も一緒に跳ねてるみたい。
さっきまでよりも高い。
(えっ、それ、)
美容師がワゴンからあるものを手に取る。
それを首にぴったりつけた。
「苦しくないですか?」
「は、はい・・・」
ネックシャッター。
お馴染みの。
今まで断髪動画や写真ではずっと見てきたもの。
(私にもつくんだ・・・)
ちょっと嬉しいし、恥ずかしい・・・
意識したら、首が少しだけこそばゆい。

「じゃあ量を減らしていきますね」

セニングシザーが頭の上で輝く。
“ シャキ、シャキ、シャキッ… ”
“ シャキ、シャキッ… ”
何度もハサミの音がして、
銀色の刃先が髪の毛を切り落としていく。
耳にも触れて、、
首の生え際もなぞられて、、、
髪を切られてるだけでこんなにドキドキするのは初めて。
さっきほどの緊張はなくなって、
慣れてきたけど、
(もっと切ってほしいな)
(まだ切っちゃうのかな……?)
(どんどん短くなる・・・)
ドキドキは収まることを知らない。
真っ白になったケープにも、次々に黒髪が切り落とされてって、落ちるたびに少しずつ、ぱさっ、ぱさっ……ってケープが揺れる。
ふさっ…、ローファーにまで黒髪が舞い落ちてくる。
・・・・・・・・・
美容師さんのセニングがどんどん研ぎ澄まされていく。
“シャキ、シャキ、シャキ…”
ハサミの刃先が髪を通る音がとってもいい。
心地良い時間はしばらく続いた・・・。

・・・・・・・

「じゃあこのくらいでいいかな」
美容師さんがはさみを手から離す。
「どうですか?」
両開きの鏡がぱっくり開いた。
(わわわ……)
わたしじゃない誰かがいた。
これまでの自分の長さなんて感じさせないほど短い髪型がそこにあった。
「かわいいよ〜!」
芽衣がすぐ横で声を上げる。
知ってたけど、本当に後ろの髪がない・・・・・・。
ミディアムの頃のわたしの面影一つない・・・・・・。
鏡を呆然と見つめてる自分がいる。
「お客様、いかがですか?」
「・・・は、はい」
「いいです…、ありがとうございました」
今のわたしにはこれが精一杯。

「じゃあ仕上げして終わりにしますね」
美容師さんはネックシャッターをはらった。
首まわりを小ほうきではらう。
このかさっ、っていう感触も新鮮だった。
鏡にうつる新しい自分。
ふさっ、と顔に黒髪が落ちる。
(はぅ……)
こそばゆくて頬が緩む・・・。
(へっ・・・?)
鏡越しに美容師さんが黒いものを持ってるのが見えた。
(はわわ……)
慌てるわたし。
「じゃあちょっと下向いてくださいね」
くっと俯かされる。
“ ピィーーーーーーー……… ”
(う・・・うそ……っ……)
“ ジッ ”
“ ジジジジジ・・・ ”
(ひっ!)
「動かないでくださいね〜」
“ ジジジジジ・・・ ”
くすぐったい、うつむき我慢できない・・・
バリカン・・・!!
首筋から背筋にゾクゾクって・・・
………
………
………
「はい、もう大丈夫ですよ〜」
おそるおそる顔を上げる
「うなじ、きれいにしましたからね」
(・・・・・・・・・)
(最後にこんな・・・)
ちょっとだけ冷めて心地よかった心も、一気にのぼせ上がる。
また真っ赤っか………。
そんな私をよそに、ケープが外される。
椅子がくるっと。
「はい、お疲れ様でした〜」
茹でたこ状態のわたしを立ち上がらせる。
お会計をして、
荷物を受け取って、
「またのご来店お待ちしております」
美容師さんのにこやかな声……
さっきのこと嘘みたいに・・・。
“ ガチャ…… ”
扉がひらいて外に出された。

「朱音、めっちゃ可愛くなったよ〜!」
「私の思った通り!」
「う、うん・・・」
今のわたしには芽衣の声も少し遠い。
「あはは・・・なんか朱音の目が変、どうかした?」
「えっ?」
「うんん」
「せっかくだから、おしゃれなカフェにでも行く?」
芽衣がぐいっと腕を引いた。
余韻に浸かってる私を引っ張って・・・。
長い髪を切ってもらう瞬間の気持ちよさって、こんなにもドキドキするものだったなんて・・・。
ドキドキしながら、毛束をいじってみる。
つるんつるんだった髪は、思ったよりふわふわと柔らかい。
髪と髪の間の空気までもが新鮮だった。
襟足ばかりを触っちゃう。
すっきりしてて、シュッとしちゃってる。
オン眉も……恥ずかしい・・・・・・・・・けどすごく照れる……。

断髪フェチのいつかの憧れ
ずっと前から、これくらい短くしたいって思ってたんだ・・・
その夢が今日叶った。

(ちょっと癖になるかも・・・・・・・・・)

ーおわりー

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