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『安倍晋三回顧録』を読む②米国・内閣法制局・財務省が長期政権のカギ

安倍2次政権が長期にわたった背景は『安倍晋三回顧録』のメインテーマで良く論じられるところです。


(1)日米同盟(外交安保)は最重要

『回顧録』での外交国際政治については奥山真司氏の解説が痛快です。

『回顧録』を読んで当然のことですが日米同盟が最重要課題だと改めて強く感じました

民主党政権での日米関係で焼け野原状態からのスタートです。オバマ政権の「とっつきにくさ」によく取り組み、広島訪問を実現しました。またトランプ大統領に速攻で会いに行く行動力、「猛獣使い」ぶりも安倍総理の高い手腕と評価があるべきところで『回顧録』での見どころです。特にトランプ大統領との関係は、トランプさんのキャラが立っていたこともあり面白く拍手喝采しました。

一方でやはり「とっつきにくいオバマ」にアプローチした手法の方が難易度の高さを当時から感じましたが、これは『回顧録』からも読み取れます。

安保政策の実績が米国の信頼のカギ

長期政権の中曽根・小泉も米国との安定的な関係の共通項があります。いずれも安全保障政策に注力し、軍事同盟として米国の信頼を得ています

中曽根内閣
中曽根内閣では防衛費の増額と対米武器技術供与の取組。いずれも大蔵省主計局と内閣法制局が抵抗した問題でもあり、今回の『安倍晋三回顧録』でも同様にこの二つの抵抗が共通していることは注目されます。

小泉内閣
911後にテロ対策特別措置法成立。米国のアフガン侵攻では海上自衛隊をインド洋派遣。イラク戦争後は米国主導のイラク復興事業に支援活動として陸空の自衛隊の派遣を実施。いずれも法律の壁で内閣法制局に苦労はしています。

安倍内閣
国家安全保障会議(NSC)推進。防衛省昇格。集団的自衛権行使是認。武器輸出三原則に変わる防衛装備移転三原則閣議決定。日米豪印戦略対話推進。日韓秘密軍事情報保護協定(GSOMIA)締結。共謀罪法成立。特定秘密保護法成立。平和安全法制成立。

改めて列挙してみると安倍総理の実績が凄すぎます。具体的な法案成立で日米同盟を安定化させたことで米国の信頼を得ている政権であることは間違いありません。

百回の記者会見よりパフォーマンスが同盟を印象付ける

今後、国際政治の専門家の論考での検証もあると思います。しかし外交安保についての「難しい」話も大切ですが、百聞は一見に如かず。いずれもパフォーマンスで盛り上がってて面白いですが、「パフォーマンスできる余裕がある」安定した同盟関係の証明と見ると重要な点です。「強固な同盟関係」を演説で百回言うよりパフォーマンスでアピールすることが大事です。長期政権3人ともパフォーマンスがうまい共通点あります。

中曽根:レーガン大統領との関係は有名

日の出山荘でお茶をたてました
ほら貝を吹きました。プォ~。
キャンプデービッドでおそろいジャンバーのロンヤス。

小泉:ブッシュ大統領との関係は話題になりました。

キャンプデービッドでのブッシュさんと。官房副長官の安倍さんの姿も。

小泉さんはプレスリーのマネ。実に楽しそうだなぁ。ブッシュさんも苦笑。

エアフォースワンでおそろいジャンバー。

安倍:トランプ大統領との関係は「絵になります」。それにしてもゴルフ好きだったなぁ。

日米首脳ゴルフ決戦。強烈な「ともだち画像感」

そういえば『回顧録』にこんな一節もあってコダワリを言ってます。

役人は政府の動画や写真はどれだけ見られているのかを気にしないのです。ただ予算を黙々と消費しようとする。私は「それじゃダメだろう」と言っていろいろな動画について細かく指示してきました私は映画好きだからビジュアルにはうるさいのです。

『安倍晋三回顧録』354P

(2)「内閣法制局との戦争」が安全保障課題の本質だったのか

今回の『回顧録』では財務省との関係が大きく話題になっています。一方で「内閣法制局との戦争」についてもっと注目され、検証されるべきと感じました。

国滅びて法制局残る、では困るんですよ。第一次内閣の時も、法制局は私の考えと全く違うことを言う。従前の憲法解釈を一切変える気が無いのです。
槍が降ろうが国が侵略されて1万人が亡くなろうが、私たちは関係ありませんと言う机上の空論なのです。でも、政府には国民の生命と財産に対して責任がある。法制局はそういう責任を全く分かっていなかった

『安倍晋三回顧録』106P

自衛権の解釈は戦後70年間、迷路に入ってたんですよ。その迷路から出るために、内閣法制局が新たに迷路をつくっていたのです。

『安倍晋三回顧録』124P

私が従来から思っていた内容そのままが安倍総理の口から飛び出たことが驚きと痛快と共感でした。内閣法制局の欺瞞を丹念に検証したのが樋口恒晴氏の著作です。

従来は集団的自衛権に関し、国際法上と憲法解釈上で違いがありました。国際法では、米軍に基地を提供し駐留していること自体が既に集団的自衛権の行使です。政府(内閣法制局)はこれまで「行使していない」と主張してきましたが、今後は国際法上での概念に統一するだけの話です。私に言わせれば(私でなくても他識者言ってますが)、内閣法制局の「行使していない」と言う珍論は外国政府の意思を日本の国内法で縛れと言ってるのと同じでしした。

この「内閣法制局との戦争」で亡くなった小松一郎氏の著作に、その奮戦の痕跡が読み取れます。記して追悼したいと思います。

『回顧録』の中でも、先年亡くなられた岡崎久彦先生が小松氏と一緒に安倍総理にレクしたことが述べられています。

岡崎先生の飄々とした語り口が懐かしく思いだされます。

(3)財務省との関係(内政)もカギ

日米同盟は在日米軍と「外務省外交」だけでなく「財務省サブチャンネル」が重要

さらに重要なのは、米国との安定的な関係は「外務省の外交」だけではない点です。

為替相場も基本的に円安基調での「円安株高」が演出されています。これがアベノミクスを後押しした点も見逃せません(その当否は置くとして)

日米関係を「財務省のサブチャンネル」による「米国債買入」から見る必要もあります。安全保障の立場からも非常に重要なポイントです。

米国債の保有の1位と2位は圧倒的に日本と中国です。極端な言い方をすると「ドルは日本と中国が支えている」のです。通常の借金で考えてみましょう。債権者(貸してる側)の圧倒的な1位と2位がグルで仲良しになることを債務者(借りてる側)はニコニコするはずありません。

民主党政権下から安倍二次政権で米国債保有残高で中国と1位と2位が入れ替わっています。日米関係にとって米国債の買入は米中関係を睨みつつ重要なポイントです。

https://home.treasury.gov/data/treasury-international-capital-tic-system-home-page/tic-forms-instructions/securities-b-portfolio-holdings-of-us-and-foreign-securities

【米国財務省による米国債保有残高国別一覧】
https://ticdata.treasury.gov/resource-center/data-chart-center/tic/Documents/mfh.txt

この米国債を通じた日米関係の側面について読売は全く質問していません。知らないはずもなく、もう一つのポイントである財務省との関係もあって回顧録でなぜ取り上げなかったでしょうか。公開されてる情報で秘密でも何でもありません。

ちなみに1997年6月橋本龍太郎首相(当時)が米コロンビア大学での講演で、「私は何回か日本政府が持っている財務省証券(米国債)を大幅に売りたいという誘惑に駆られたことがある」と述べたことで、証券NY市場で株や米国債が急落したことがありました。

米国債買入について総理の具体的な指示は無くても、何らかの形で日米関係を重視する政権の意向が強く反映されているように思えます。この点は麻生副総理兼財相へのインタビューで聞いてほしいところです。

財務省OB解説

さて、今回の『回顧録』の目玉とも言うべき点が財務省との関係です。これについては高橋洋一氏の解説が痛快です。

高橋洋一氏と安倍総理の最後の会話は「高橋洋一チャンネル出る出ない」だったようです。もし出てたらド級発言飛び出ただろうと思います。なお高橋洋一氏面白いですがそれだけでは偏りがありますので、東京財団の森信茂樹氏(財務省OB)の論考も参考になるのでつけておきましょう。

長期政権は財務省との関係を構築できている

しかし、考えてみれば長期政権はいずれも何らかの形で財務省と関係を構築できています。

中曽根 売上税導入失敗するも取組。行革や国鉄改革での歳出削減
小泉 郵政民営化による財務省との関係構築
安倍総理の場合は消費税率引上を2回決断

このように見れば、財務省との関係が長期政権のポイントであることは間違いありません。ただし、財務省主導(要するに財務省言いなり)にすれば、長期になるという意味ではありませんので重要な点だと思います。

なお、岸田さんによれば「財務省による『安倍おろし』は感じたことが無い。」そうです。ふ~ん。

岸田さんは総裁選出馬のときも岸田BOXに「財務省の言いなり」との指摘が大量に来てコメントしています。どうなんでしょうね。

2015年に出た日経新聞の清水真人氏の著作は参考になります。

財務省との関係は政治学でこれまでも論点になってきた

実は学術的(政治学・行政学)にも「大蔵省財務省と政治」は意外に良く取り上げられるテーマでした。最近急にスポットがあたるのもどうか感もあります。

今回の『安倍晋三回顧録』で話題ではありますが、これをきっかけに財務省側の取材も含めて「財務省と政治の関係の学術研究」が進むように期待したいところです。

まとめ

長期政権の条件は、米国、財務省、内閣法制局との関係がカギであることが『回顧録』からも再確認できました。岸田内閣ではどうなんでしょうか。

さらに、ポスト岸田の力量を見るバロメータとしてみると面白いかもしれません。


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