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走馬灯前に何本映画を観れるか勝負しよう。

【最近観た映画は何か】


こう聞かれて3秒以内に答えられない人はすぐにPCを閉じて映画を観にいくべきだと声を上げてオススメさせていただきたい。

ぼく達に最も身近で親しみを持っている芸術は映画だと思う。
3年前まで映画監督になりたかった贔屓目もあるのはどうかご容赦して欲しいが。

映画とは、第八芸術ないしは総合芸術だと言われている。
少なくともwikipediaにはそう書いてある。

身近で親しみを持っているという言い方をしたけれど、同時に映画は死に最も近い芸術だとも思っている。

走馬灯とは、死の間際にこれまでの人生の様々な思い出が映像として見える体験のことだと言われている。
これはwikipediaには書いてなかった。

人生の最後に観る映画は自身の走馬灯なんだろうと思ったりしている。
ぼくはまだ死んだことがないのでよく分からないのだけれど。
どうやら、そうらしい。
そうということにしておいた方がロマンがある気がする。
曖昧なものを曖昧なままで微笑んで受け入れられることをぼくは余裕がある状態だと呼んでいる。
ぼくは余裕のある大人でありたいという野望があるので、走馬灯というものがあると信じることにしている。

もし本当に走馬灯なるものがあるならば、日本の働き手たちはもっと映画を観るべきだ。
来たる走馬灯としての模擬試験として映画を見続けることは、死の輪郭にまどろみながら観る走馬灯のイメトレになる。

そうすれば、
やっておいた方がよかったこと、もしくはやらない方がよかったこと
言葉にして伝えてあげた方がよかったもの、何も言わずに肩を抱いてあげた方がよかったもの、
やりたかったのにやらなければならないことに逃げていたこと、本当はやりたかったのに気にするに値しないものを気にして蓋をし続けたもの

それぞれどちらを選べば良いいのかという選択の精度が上がるはずだ。
過去の反省にも通じ、未来へのPDCAが回せるんとちゃうんか。ちゃうちゃうんとちゃうんか。

【戦略的淑女へ至るまでに観るべき映画10選】


例えばだけれど。
もしあなたが渋谷で働くごりごりのキャリアウーマンだと仮定して。

今のパートナーと別れようが別れまいがどうか迷ったならば、
「そんな彼なら捨てちゃえば?」
を観ると良い。
いずれにせよ、あなたは幸せになる。

振ってなんだか全部を放り出して旅をしたくなったならば、
「食べて、祈って、恋をして」
を観ると良い。
この映画のモデルになった女性は今は女性と恋に落ちている。

男なんかに構わず今はバリバリに働いて稼ぎたいと思ったならば、
「ウルフオブウォールストリート」
を観ると良い。
お金は信頼の媒介物なんて綺麗事が言えない世界で生きる男もまた可愛らしいと思えるようになる。

なんか自分って欲深いなぁと思ったならば、
「ミスト」
を観ると良い。
人間の業の深さを骨の髄まで味わって、自分はまだまだだぁと思えるようになる。
代償として、多分死にたくなる。

自己嫌悪と後悔の渦に巻き込まれて死にたくなったら、
「ダンサー・イン・ザ・ダーク」
を観ると良い。
堕ちてる時に、ポジティブな刺激物なんて食らったら本当に死んじゃう。
頑張れない時に言われる「頑張って!」は暴力だ。
一旦、底に足がつくまで堕ちてみて、またどうすればいいかもしくはどうもしないか考えればいい。
マリアナ海溝といえど10,911mくらい沈めば地に足が着ける。

別れない方が幸せだったかもという疑念が拭えなければ、
「ブルー・バレンタイン」
を観ると良い。
どんな相手との関係性であれ停滞は避けられない。

なんか全部もどうでもいいやぁと思ったならば、
「美しき緑の星」
を観ると良い。
宇宙人視点すらも身につけ最早訳が分からなくなる。
これで、晴れて一人前だ。

ふといきなりムラっと来て、色気のある男を見たくなったら、
「ゆれる」「ミゾンドヒミコ」のオダギリジョーを堪能すればいい。
色気があると思う男性は?と聞かれたら
間違いなく、オダギリジョーかイアンサマーホルダーと答える。もしくは、アランドロン。はたまた、マッツ・ミケルセン。
ちなみにオダギリジョーさんは横文字だけれど日本人俳優です。

自分も色気を身につけたいと思ったならば、
「卒業」のロビンソン夫人から学ぶのがいいと思う。
真似できるかは置いといて、イタリアの宝石モニカ・ベルッチもオススメ。
女の色っぽさがこの世に形として生を受けたらああなる。

んで、また愛というものを信じてみたくなったら、
「ラブ・アクチュアリー」
を観ると良い。
真実の愛というのはいつもそこにあるらしい。

こーゆー話ができる女子会がもしあるならば、ぼくも是非とも参加させていただきたい。議事録ちゃんと取るので。
ここまできたら女子会という言葉なんて使わず、淑女会とでも呼ぶべきか。

女子から淑女になるのは、経験と知性と後悔とともに年を重ねないと無理なのかもしれない。
年を重ねるというのは、豊かになるということだ。
豊かになるということは、物事を見る角度の幅が増えて美しさを見出せる余裕を持つことだ。
だから、アンチエイジングは死語にすべきだとぼくは思う。

仕事とジムとダイエットをサボるのは戦略的小休止と言えるが、感性を磨くことを怠るのは罪だ。

しかるにやはり、
冒頭で勧めるという優しい表現をしたけれど、申し訳ないが訂正させていただきたい。


観ろ。映画を。


そして、
走馬灯前に何本いい映画を観れるか競える友達を大事にしよう。

この御恩は100万回生まれ変わっても忘れません。たぶん。