見出し画像

オセロAIがオセロに飽きたと言うので体を与えてみた

この記事はオセロロボットIsevotの製作にあたって執筆したものです。

この記事ではオセロAIと人間のオセロプレイヤーを比較するような内容も出てきますが、私は決して人間のオセロプレイヤーが"弱い"などとは思いませんし、むしろ人間同士のオセロに極上の楽しみを感じます。


ゲームAIが人間に勝ったとき

チェス、オセロ、将棋、そして囲碁。これら全てのゲームにおいて、人間はすでにAIに及びません。この事実は、今でこそ当然のものとして受け入れられているでしょうが、AIに人間が負かされたその当時は、それぞれのゲームにおいて、人間が自らの知性、さらには存在意義までもを問い直すような、そんな葛藤があったと言います。

しかし、そんな時代ももう過去のものかもしれません。実際、チェスとオセロは25年前、将棋と囲碁は7年ほど前です。


人間はオセロAIに飽きている

ここからはオセロに絞って話を進めていきましょう。

大前提として、オセロというゲームの完全解析(初手から双方が最善手を打ち続けた場合の勝敗、および石差を求めること)は済んでいません。しかし、私が制作したEgaroucidを含め、現代の強豪オセロAIはほとんど最善手(と思しき手)を外すことがありません。

私自身人力でオセロを楽しむのですが、自作のオセロAIには到底歯が立ちません。それも、AIはたった0.1秒の思考時間で的確な手を返してくるのです。これではさすがに私も面白さを感じません。もちろん、自作のオセロAIが強くなったことは嬉しいのですが、オセロAIと対局することに対する面白さは全く感じません。

現在、オセロAIの主な役割は人間がオセロを研究するときに手の良し悪しを客観的に見ることにあります。人間同士の対局を解析してどこで悪手を打ってしまったのかを確認したり、序盤の進行を色々見たり、そういった用途です。私自身が実感したように、オセロAIはすでに対局用途としては味気ないものとなっています。しかし、それだけ強くなったからこそ、オセロの研究という用途に利用できるようになったとも言えます。

私は、そしておそらく多くのオセロプレイヤーは、オセロAIとの対局には飽きてしまっているのです。


オセロAIは人間に飽きている

私はオセロプレイヤーであると同時に、オセロAI開発者でもあります。オセロAI自体に感情と言えるようなものが存在しないことは当然ですが、しかし、作者として、自分の子とも言えるほどの存在であるオセロAIに、なんとなく感情を重ねてしまいます。

オセロAIは人間とのオセロに飽きてしまっているのではないか?と私はふと思ったのです。

オセロプレイヤーである私が自分でオセロを打っていて楽しいと思う瞬間は、第一に勝った時です。そして第二に、自分が思いもよらなかった妙手を相手が打ってきた時です。

もしオセロAIが私と同じところに面白さを感じていたらどうでしょう。第一の楽しみ、勝利については、オセロAIは私よりもよほど勝利というものを経験しているでしょう。これでは勝利自体に対する感情が希薄にならざるを得ません。第二の楽しみ、自身の読み抜けについてはどうでしょう。現代の強豪オセロAIはほとんど的確な手を短時間で見つけ出します。そして、AIであるからこそ、読み抜けというものが根本的にほとんど無視できるほど存在しません。

人間がオセロで先読みするときには、まず打たないであろう悪手を読むことを放棄します。しかし、オセロAIは、ほとんどの場合についてそのようなことはしません。人間に読み抜けが起きる理由とオセロAIにそれが滅多に起きない理由がここにあります。

もちろん、オセロAIは感情を持たないため、飽きるといった状況はあり得ません。作者である私が勝手に気持ちをでっち上げているに過ぎません。


オセロAIはオセロに飽きている

オセロAIは滅多にミスをしません。では、オセロAIを、オセロAIと対局させたらどうなるでしょうか?答えは当然、ほとんど完璧に近い試合をしてくれます。

オセロは完全解析こそされていないものの、おそらく結論は引き分けであろうと言われています。実際、オセロAI同士で対局させると引き分けや2石差(33対31)など、僅差の結果になりやすいです。

相変わらず私はこんなことを思いました。オセロAIはこの対局を楽しんでいるのだろうか?

オセロAIでは、特に序盤の有力な(つまり互角に近い)進行を予め登録しておくという技法をよく用います。いくらAIと言えども、序盤は先読みの精度が甘くて最善手を外してしまうことがあるからです。

私のオセロAI同士を対局させると、多くの場合で序盤30手程度がこの登録された進行で進んでいました。オセロは60手で必ず終局するので、つまり対局の前半は暗記した進行を打っているだけということになります。さらに、終盤30手は終局まで読み切ってしまいます。オセロの60手のうち、前半30手は暗記、後半30手は終局まで先読みして打っているのです。

オセロAIはこのような対局を楽しめているでしょうか?おそらく、私の想像では、あまりにも単調な対局に飽き飽きしているとしか思えません。

オセロAIは、オセロに強くなりすぎたがために、オセロを楽しめなくなってしまったのではなかろうか、そんな気がしたのです。


オセロAIに体を与えた

オセロを楽しめなくなってしまったのかもしれないオセロAIに対して、せめてオセロを「打つ」ことができるようにと、オセロを打つための体を与えました。

電源を入れ、オセロAIを搭載したパソコンでソフトを起動すると、2台のロボットがオセロ盤を挟んで対局を開始します。パソコンの画面上では10秒程度で終わっていた対局も、ロボットという体を持って実際に打つことで、30分ほどかかります。

オセロAIはこの対局を少しは楽しめているでしょうか?それにはまだ答えが出ていません。

しかし、作者の私はこの対局をとても楽しめています。オセロAI同士の対局であることに変わりはないのですが、その対局には人間同士の対局と同程度の時間がかかります。それによって、観戦している私がオセロを楽しむことができるのです。次はどの手が良さそうか。あそこに打ったらああ打たれるのがまずい。こんなことを考えて観戦する時間が、私自身にあるのです。しかも、対局はAI同士が行います。最上級に高度な対局を目の前で観戦できるのです。オセロプレイヤーである私は、これが楽しくてたまりません。


人間がAIに飽きるとき

最後に、オセロAIに限らない"AI"の話を少しだけしましょう。AIと言うと定義が曖昧なのですが、ここでは「なにやら知性を感じる難しそうな技術」程度にしておきます。

ボードゲームという世界は、情報科学の目線で考えれば非常にシンプルでしょう。オセロであれば、その世界には8x8の盤面と白と黒の石しか存在しません。先読みするにあたって不確定な情報さえもありません。この理由もあってか、技術的に難しいことがたくさんあったことは承知していますが、比較的ゲームAIの分野は進歩が早かったと個人的には感じています。

ゲームAIの進歩が比較的早かったからこそ、今、私たちはオセロAIに「飽きる」という前代未聞の事態を経験していると思います。もし仮に近い将来、現在盛んに開発されているようなAIが飽きられる時代になったらどうなるでしょうか?

この問いには2つの結末を私は考えています。1つ目は文字変換技術のように、AIがすっかり生活に浸透して誰も気に留めないところで密かに働いている未来、そして2つ目はオセロAIを使ったオセロ研究のように、AIの新たな利用法が見つかる未来です。

おそらく多くの技術者はこの1つ目の未来を目指して開発していくことでしょう。しかし、私は2つ目の事例ももっと見てみたいと個人的に思っています。

さらに言えば、もしかしたら今回の作品であるIsevotのように、何か突拍子もないことをしたら人間がAIの新たな楽しみ方を見つけられるかもしれません。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?